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紗理奈の到着

 あずきと並んで台所に立つ。

 俺は味噌汁を作り、あずきは何合かわからぬ米で大量のケチャップライスを炒めている。

 凄い量なのに器用に炒めるものである。


 なにせ七人の大所帯だ。

 食事は一度でも大量になる。そこに、ただでさえ作る量が元々多いあずき。

 量は必然と跳ね上がる。


「エイミーも雛子も帰って来ませんねえ」


 淡々とした口調で言う。

 時計の針は既に七時だ。

 六華は部屋で勉強しているし、アリエルはVtuber活動に精を出しているらしい。

 らしい、と言うのは俺があの迂闊な駄猫の失言を聞きたくなくて放送を極力見ないようにしているせいだ。

 遥は部屋の整理だと言って引きこもってしまった。


 案外、傷心なのかも、と思う。

 男前というのは最近のことで、過去には強盗に脅されて涙を流したり、上級生に睡眠薬を盛られて男性恐怖症になったりと、それらを乗り越える前には年相応のメンタルの弱さはあった。


「皆揃って晩御飯っていうのがエイミーの決めたたった一つのルールだから。守ってあげましょう」


 あずきは優しい口調で言う。

 小柄だけど大きな人だよな、と思う。

 俺は小腹が空いてきたところだ。


 味噌汁の味を見る。

 薄い。

 やはり作る量が違うと勝手が違うものだ。

 俺は味噌を淡々と加えた。


 ドアホンのチャイムが鳴った。


「私、見てるから。岳志君出てきてくれる?」


「わかりました」


 言って、玄関に出る。

 ドアホンの画面を見ると、見知った顔が一人。

 所在なさげにしている紗理奈だった。

 俺は相好を崩す。


 女性比率が上がるのは正直抵抗があるのだが、それでも京で共に戦った友人だ。

 俺は玄関を出て、広い庭を歩くと、門の鍵を開けた。

 スーツケースを引いた紗理奈が安堵したような表情で入ってくる。


「初めて東京来たけど人多いわねー。軟式王子、元気してる?」


「ああ、元気だ。刹那はどうだ?」


 俺の目下の心配どころがそれだ。

 あの不器用な年下は友達を作れるようになったのだろうか。

 紗理奈は戸惑うように言う。


「結構感情を出すことが増えたわね。付き合いも良くなったし。貴方どんな魔法を使ったのかしら?」


 俺は思わず微笑んだ。


「変わったのは刹那だよ。俺はきっかけを作っただけだ。歓迎するよ、紗理奈」


 そう言って、紗理奈を中に誘導し、門の鍵をかける。

 そして、家の中へと案内した。


「祭りでもやってるのかと思ったわ。人多くて」


「京も大概だろ。観光客も多いし」


「まあほどほどにはね。けど流石に東京のラッシュにはまいったわ」


「転移は使ってこなかったのか?」


「京都東京間のゲートともなるとトップしか使えないし、力もかなり使うからね。けど大丈夫よ。東京二十三区ぐらいなら私の術でも賄える」


「それは心強い。俺達の拠点はそんなに広くないから万全だな」


 術に関しては心強い。なにせ悪霊つきの本場京で活躍する六大名家の当主、その中でも術式に特化した家系の一人だ。

 それにしても。


「相変わらずちっさいなーお前」


 俺の胸元ぐらいの身長しかない。本当に大学生なのだろうか。


「五月蝿いわね。また背伸びたんじゃない? やだやだ、年上には口の効き方には気をつけなさいよー軟式王子」


 紗理奈は拗ねたように言うと、前をずんずんと歩いていった。

 背、伸びたのだろうか。

 半年前に測った時は百七十三センチだった。

 その前までの一年ちょっとで、七センチは伸びた。

 少し遅い成長期だ。


 俺は紗理奈の小さい背中を苦笑交じりに追い抜くと、玄関に招き入れた。


「金かかってるわねー。プールといいバスケットコートといい」


 紗理奈はバルコニーを見て呆れたように言う。


「お金持ちの当主でもそういうこと思うんだ?」


「東京は地価もかかるでしょ。お腹空いたわー。晩御飯食べさせて」


「ああ、調理中だ。もう少し待ってくれ。この家のたった一つのルールだ。晩御飯は、皆で食べる」


「お預けかー」


 所在なさげにお腹をさする。


「私の部屋に案内して。荷解きしたいから」


 俺は頷くと、紗理奈を空いている部屋に案内した。

 紗理奈はまず東京の地図を広げると、それを眺めて集中し始めてしまった。

 流石はそこはプロといった感じだ。仕事の準備に余念がない。

 邪魔をするのもなんなので、キッチンに戻って調理を再開する。

 味噌汁は大体出来上がっていたので微調整して完成だ。


「将来は遥ちゃんとこうしてキッチンに並ぶのかしらねえ」


 味噌汁の味見をして頷きつつあずきは言う。


「そうなると良いんですけどねえ」


「……なんかあった?」


 流石歴戦のコラボ魔。相手の感情を読むのが得意だ。


「ちょっとすれ違い? みたいな」


「なにやらかしたのよ」


 するすると話題を引き出そうとする。

 思わず話しかけて、思いとどまった。

 元カノの思い出の品を後生大事にとっていたのを見られて気まずくなった、だなんてみっともなさ過ぎて言えない。


「ちょっと、ね」


「そ、早く解決するんだよー」


 優しく言うと、あずきは再びしゃもじとフライパンを振るい始めた。

 気遣いのできる人で助かる。


 俺は仕事がなくなったので居間に戻ると、やることもないのでテレビをつけてみる。

 俺のパソコンは目下あの駄猫が占領中だ。

 ポケットWifi経由でスマートフォンでYouTube鑑賞しても良いのだが、エイミーは出ていないだろうかとなんとなくテレビをつけてしまった。

 テレビなんて見るの何年ぶりだろう。


 実家を勘当されてからというもの部屋にはテレビがなかったし、中学時代の寮にもテレビがなかった。

 久々に見るテレビは、知らない芸能人ばかりで、たまに見知った顔があっても随分と老けていた。

 白髪になっていたり、ほうれい線が出ていたり。


 歳月って流れてるんだなってぼんやりと感じていると、雛子が帰ってきた。


「ただいまー岳志君。つーかーれーたー」


 そう言って隣に座り、体重を預けてきた。


「重い」


「だるい」


「重い」


「だるい」


「勉強もしろよー、良いとこ就職できねえぞ」


「勉強ねー。資格でもとっときゃ良いのかなあ」


 少しだけ親近感。皆仕事を持っていたり将来の夢を持っている中で、こいつだけは俺と同じで未来のビジョンが不鮮明だ。


「今バイトいくつ掛け持ってるの?」


「三つ。コンビニとマックと新聞配達。一つは年齢偽ってるけど」


「どこも大手だろ。在学証明書とか求められたりしないの?」


「そこは店主が結構適当な人だからー」


 そう言ってからからと笑う。

 ギャルは強し。


 しばらく二人でテレビに見入っていた。

 お腹が鳴った。

 時計を見ると、八時半。


「エイミー、遅いねえ」


 ぽつり、と雛子が言った。

 実感はなかったけど、忙しいのだろう。あれで売れっ子なのだ。

 六華が階段を降りてきた。

 雛子の逆隣に座って、対抗するように体重を預けてくる。

 後輩二人に伸し掛かられた程度でへたるような鍛え方はしていないが、少々鬱陶しい。


「お前ら重いんだけど」


「いいじゃんたまにはー」


 雛子が気だるげに言う。


「そうだそうだー」


 六華が便乗する。

 そのまま、何の話をするでもなく三人でテレビに見入った。

 時計の針が九時を指した。金曜ロードSHOWが始まった。

 そうか、今日は金曜日なのか、とぼんやりと思ったのだった。


 あずきが台所から出てきて呆れたように言う。


「甘えたがりさん達ねえ」


 そう言って、床に座る。

 遥も降りてきた。


「エイミー帰ってないのねー。忙しいんだ」


 心配するように言う。

 そして、同じく床に座った。


 五人でテレビを観る。

 なんだか貴重な時間を過ごしているような気持ちになった。


 この感覚は久々だ。

 小学生時代に家族揃ってテレビを見ていた時のような。

 あの頃は俺も無邪気で、親に誕生日のプレゼントがどうだのと頼んでいたものだ。

 親の正体も知らずに。


 今ここにいる人間は信じても良いのではないか。

 そんなことを思う。

 守るべき人。守りたい人。

 俺が巻き込んでしまったがゆえにこの家に集まった人々。


 新しい家族。

 俺が守ってみせる、という決意を胸に刻んだ。


 気になるのは遥。

 テレビに集中して俺に視線を向けもしない。あずきと世間話をしている。

 昨日のこと、気にしてるかな。そんな不安ばかりが大きくなってくる。


 そんな時、玄関の扉が開いた。


「お待たせー、遅くなったー」


 エイミーが苦笑顔で早足で歩いてくる。

 そして、あずきが手を叩いた。


「さ、食事にしましょ」


 八人で食卓を囲む。

 話題の中心はエイミーだ。

 今日の仕事はなんだったか、どの番組にどれぐらいかかっていたのか、どんな人間と関わったか。

 芸能界の話題に皆興味津々と言った感じ。


 テレビを普段見ない俺は芸能界について詳しくないのでついていけなかったが、和やかな空気の中にいるのは悪くない。

 アリエルはつまらなそうにもぐもぐと食べていたが、駄猫が少々退屈にしていてもまあいいだろう。


 新しい家族。

 そんな実感が俺の胸を高揚させる。

 親に勘当されて以降、自覚がないだけで寂しかったのかな、と少し思った。


 その日は、良い夢を見た。

 思い出せないけれど、多人数で騒いでいる夢だったということはぼんやりと覚えている。

 そして俺は、部屋の扉が開く音で目を覚ました。



続く



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