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共同生活って意外と大変なのかも

「控えめに言って大迷惑っすよ」


「控えめなのか大をつけて主張したいのかどっちなんだ」


「両方な気分」


 そう、雛子は俯きがちに言った。

 黒髪ロングの雛子がそんな態度なのだから真面目に見えるのが卑怯だ。


 場所はエイミー邸。俺達五人の新居である。

 最初の来訪者は六華と雛子だった。


 六華は嫌なことに俺のスマートフォンのGPSを探知できるのですぐに引っ越しに気がついたのだ。


「有名になったのが嫌になったって説明で納得はするけど、バイト先にドタキャンってのはないんじゃない? 遥さんもそういうことをする人だとは思わなかったよ」


 妹である六華に言われると情けないばかりである。

 しかし、流石に陰陽師に襲撃されたから引っ越しますとは言えない。

 事情をある程度知っている雛子ならともかく、なにも知らない妹に言っても与太話と思われるのが関の山だろう。


「ごめんね、六華ちゃん。色々事情があるの」


 遥もそう言うしかないのだろう。

 申し訳無さげだった。


「色々……って、言えないんですか?」


 六華が不安げに言う。

 六華は遥の誠実さを信じている。

 隠している、ということは、本当に複雑な事情があるのだと察したのだろう。


 それなら兄の誠実さも信じてほしいものである。


「とりあえず、これからしばらくは、私と、エイミーと、雫と、アリエルと、岳志の五人でこの家に住むことになるわ。籠りがちになると思う。今はそうとしか言えないの。けど、将来的には全て元通りになるから。信じてとしか言いようがないわ」


 六華はしばらく黙り込んでいたが、折れたらしく、頷いた。


「わかりました。遥さんがそこまで言うなら」


 あれだけ兄の恋路を邪魔してきた妹だが、遥のことは認めているらしい。

 うんうん、成長が見受けられて兄は嬉しい。


「それでー」


 雛子がおずおずと口を開く。


「控えめに言って広い家ですね?」


「うん、まあ、そうだな」


「空いてる部屋があったりとか」


「……雛子?」


 六華が疑わしげに雛子を見る。

 雛子は慌ててまくしたてる。


「だってさ、私だって二人が抜けたシフトの穴埋めで大変なんだから、ちょっとぐらいご褒美あったって良いじゃんね? 仮面家族続けてけるほど私の精神太くないんじゃあ!」


「あー、つまりその、雛子もここに住みたいと」


「駄目かな? 岳志君」


 上目遣いで言う。

 小悪魔め。清楚系キャラに見えるぞ。

 いつからだろう。

 女子が清楚系な外見のほうが男子ウケしやすいと気づいたのは。

 仮面を剥げばその下は一昔前のギャルと変わらない、なんて事例はたびたびあるものだ。


「あー、いいぞ。ついでに六華も越してきていい」


 守るべきものは一箇所に集中していたほうがいい。

 ここなら幸い天使のアリエルが守護できる。


 思わぬ言葉に六華がきょとんとした表情になった。


「またお兄ちゃんと暮らせるの?」


「ああ、そういうこった。これだけ大人数ならお前も迫ってこないだろうしな」


 空気が凍った。


「迫るって六華、あんた……」


 雛子が疑うように言う。

 遥も気まずげだ。


「お兄! 馬鹿言ってんじゃないの!」


 そう言って六華は踵を返す。


「引越し準備してくる! どうせうちの両親お兄以外にはそこまで興味ないから!」


 六華は早足で歩いていった。雛子もその後にウキウキでついていく。


「こっちももう一人増えるよー」


 エイミーが階段を降りてくる。

 玄関から突き当りに二階に登る階段とバルコニーがあるのがこの家の作りだ。


「陰陽連から紗理奈さん。私に転移の術を教えに来てくれるらしいの」


「紗理奈かぁ」


 まぁ近接格闘に特化している刹那ではその役は果たせまいな。

 友達と過ごす経験を積ませてやりたかったところだが、彼女には学校でそれをやってもらうことにしよう。


「しばらくは緊急転移が使える。これで前みたいに人質を取られてアップアップってことはなくなるんじゃないかな」


「ナイスエイミー。今じゃお前のが陰陽連とはツーカーだな」


「なんなら政府ともツーカーだよ」


 芸能界で地位を確立し政界にもコネを持つ女。

 幼馴染なのになんか怖いと思ってしまった。

 そもそもこの家自体東京の地価を考えれば数億円の物件なのでは? もしくはそれ以上?

 俺はそこで考えるのをやめた。


「幸子さんは……無理だろうなあ。ありゃ普通の家の人だし、交流も野球の練習ぐらいだから狙われる可能性はそこまで高くないし」


 雛子は親が毒親気質だから外泊も許してくれるし、うちの親は俺の野球の腕以外には興味がないから長女の六華の外泊も許してくれる。普通の家庭に育っている幸子にはそうはいくまい。


「問題は遥だよなあ。家があの有り様なら敷金戻らないだろうし、親にも連絡行くだろうし」


 俺の言葉に、エイミーはありゃりゃ、とでも言いたげな表情になった。


「言われてみればまずいね。遥の親って確か一般人だよね」


「すげー常識人だぞ。俺挨拶した時俺の今後の進路について父親が心配してて、母親がそういうこと初対面で聞くんじゃないってビシッと嗜めてた。心配するのも嗜めるのもザ・常識人って感じ」


「そりゃ娘の相手がフリーターじゃ心配だわねえ」


 痛いところを突く。

 軟式王子だ高認だと言おうが今の俺の立場はフリーターなのだ。いや、アルバイトを辞めた今は無職か?


「今頃説明に奔走してるのかな……」


 そう言って、エイミーは遥の部屋の方向を見た。

 俺は、なんとなく二階の遥の部屋に向かっていった。

 その背を、エイミーが軽く押した。


 遥の部屋の前に立って、ノックする。

 遥は、すぐに返事した。


「いるよー」


「入って良い?」


「あー、駄目。部屋の中今整理中。君ん部屋に行こう」


「了解」


 俺達は俺の部屋で向かい合った。

 俺は椅子に、遥はベッドに座る。

 俺の部屋も散らかっている。

 荷物は少ないとはいえ整理するには時間が必要だ。

 押し入れにしまっておいた得体の知れない箱なんかも出てきた。


「相変わらず荷物が少ない部屋だねえ」


 遥は感心したように言う。


「親への説明、難航してるんじゃないの?」


「うん、とりあえず警察の事情徴収と現場検証が必要だって時点で親の声がひっくり返ってた」


「あー……そりゃそうなるわな」


 親元を離れて暮らす愛娘の部屋の玄関が爆破された、なんて事態になれば普通の親なら腰を抜かすだろう。


「とりあえず物騒だから引っ越すとは伝えたよ。安全な場所にいるとは伝えてある。休学についてはまだ話してないけど……今期が終わった時に単位取得状況を大学から実家に郵送するからその時にバレるね」


「……ほんと、悪いな」


「乗りかかった船だよ。私が選んだ人だ。仕方ない」


 今日も遥は男前だ。


「……? なに、この箱」


 遥はふと、俺のベッドの隅に置いた小さな箱に目を留めた。

 靴が入る程度の茶色の箱。

 まだ開けていないが押し入れから出てきてそのままだ。


「押し入れから出てきたんだ。なにが入ってるかはわかんない」


「開けて良い?」


「良いよー。どうせ確認しなきゃと思ってたんだ」


 遥は箱を明ける。

 出てきたのは、女物の下駄だった。

 浴衣に似合いそうな、下駄。


 マズイ、と思った。

 なんでこんな物を後生大事にしまい込んでいたんだ、俺。


「これって、エイミーの……」


 遥が察したように言う。

 ぼんやりしたような表情だった。

 その表情に、徐々に知性が蘇り始める。


「ねえ」


 遥は、俺を見て言った。


「時々思うんだけど、私、いないほうが良いんじゃない?」


「なんでそんなこと思うんだよ!」


 俺は慌てて叫ぶ。

 不覚だった。

 エイミーのことを忘れ、下駄のことも忘れ、時限爆弾を抱え込んでいた。


「エイミーなら自分のことは自分で守れるわ。模造神? とかいう奴なんでしょ? けど、私は一般人。それに、私がいなければ、元恋人同士、元鞘に戻れるよね」


「俺は遥がいない人生なんて考えられないから! 大学受験までつきっきりでサポートしてくれるんだろ?」


「けど、それは彼女でなくてもできる」


 遥は冷静な口調で言う。


「私、時々思うんだ。私はエイミーと貴方の邪魔をしているだけなんじゃないかって。ネットでもそう書かれているし、そういう手紙を送られてきた時もある」


 ああ、もう。俺以外にもここにもネットで病んでる人物が。


「ちょっと待って。冷静に話し合おう」


「私はとことん冷静だよ?」


 不思議そうに遥は言う。

 そうだ、遥は冷静なのだ。

 自然に思ったことを、当たり前に聞いているだけなのだ。


 言わばこれは自虐でも駆け引きでもなく、ただの質問。

 思ったことを思ったままに言っているだけ。

 男前である遥であるがゆえの駆け引き度外視の思考回路。


「だって私、貴方とエイミーお似合いだって思うもの」


「エイミーは俺にとって男友達みたいなもんなの。もうそういうんじゃないの、はいこの話終わり」


 そう言って手を慣らす。


「……私、まだ納得できないな」


 そう言って、遥は去っていった。

 同居早々暗雲到来。

 俺は下駄を持ち上げて、地面に叩きつけようとして、脳裏に浴衣姿の幼いエイミーが蘇って、叩きつけられずにもがいて、結局地面に頭を叩きつけた。

 結局男は、名前をつけて保存なのだ。



+++



(俺の前に下着姿の風呂上がりの女の子がいる俺の前に下着姿の風呂上がりの女の子がいる俺の前に下着姿の風呂上がりの女の子がいる)


 着替えを持って居間に行った俺はソファーにあぐらをかいて座ってアイスを食べている風呂上がりの雛子と出くわした。

 しかも下着姿。


「おっす岳志君」


(あ、胸意外とでかい)


 でかいじゃねーよ俺。


「お前その格好はどうかと、どうかと、どうかと……」


(俺の前に下着姿の風呂上がりの女の子が俺の前に下着姿の風呂上がりの女の子がががががが)


 心の中の童貞が爆発寸前。

 たまたま通りかかったあずきが事態に気がついて慌てて駆け寄ってきた。


「雛子ちゃん、なんて格好してるの! 男の子の前でそんな格好しちゃ駄目でしょ!」


「けど、ママ~」


「はいはい立って立って、歩く歩く。岳志君も突っ立ってないでさっさとお風呂入ってらっしゃい!」


「風呂上がりに下着でアイスが私のルーチンなんだよ~」


 慌ててあずきが解散させて、その場はなんとかなった。

 いや、今のはかなり心臓に悪かったぞ。

 共同生活にはこういう落とし穴もあるわけか。


 俺はバクバクと鳴っている心臓を抑えつつ、ふらつきながら歩いた。

 その様子は悲劇的な心臓病の少年にも見えるだろう。

 そして、悲劇的な少年はふと、ひらひらと動く影を見つけて顔を見上げた。


 女物の下着が複数、干されて風に揺られていた。

 心の中の童貞は爆発した。

 俺は頭が真っ白になった。


(駄目だ……俺の神経が保たん)


 共同生活って意外と大変なのかもしれない。

 そう思った共同生活初日だった。


「なに女物の下着見てるにゃ……?」


 駄猫は俺を見て不安げにしていた。

 俺を変態ではないと知っている駄猫は、その行動に疑問を持ったのだろう。


「いやな。俺、やっぱここ住むのやめようかな……」


「駄天使達が来たら誰が皆を守るにゃ?」


 駄猫の癖に正論を言う。


「俺だよ。俺の巻いた種だよ」


 溜息混じりに言って、俺は風呂に向かった。

 その背中はきっと敗残兵のそれに見えただろう。

 やっぱり俺は男友達も欲しい。女性陣の奔放さについてああだこうだと愚痴る相手が欲しい。


(せめて紗理奈じゃなくて与一が来てくれたら気苦労を共有できたんだろうか……)


 そこまで考えてふと気づく。


(あ、俺与一に、お前さえいなければとか言われてたんだった)


 駄目じゃん。

 女の敵は女というが男の敵もまた男なのだろうか。

 とぼとぼと歩く俺なのだった。




続く

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