岳志!
「岳志くーん!」
自転車に乗る幸子が叫ぶ。
「ペース落ちてます。まだ一時間経ってませんよー」
「うい」
俺は持久力向上のためのロードワーク中だ。
対面にはスマホのカメラを構えた六華。
「お兄ちゃーん、四十分じゃ耐久動画にならないなー」
「……うい」
なにせ、ピッチャー一人だ。
長いトーナメント戦を投げ切るには何事にも体力だ。
コントロールを司るのはフォーム。フォームを維持するのは体力。体力を鍛えるにはランニング。古風だが単純な図式である。
この図式、近年では疑問も呈されているらしいけれど。
投手歴が浅い俺にはそこまで新しい情報はインプットされていない。
俺は重い足と悲鳴を上げる脇腹を無視してペースを維持した。
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「岳志君、いくよー!」
雛子がそう言ってノックを始める。
これが器用なもので捕れるか捕れないか微妙なラインを攻めてくる。
ロードワークで息も切れ切れの俺には少々きつい。
「タケちゃん久々なのに頑張るねえ」
「頼もしいこっちゃ」
おじさま達は呑気なものである。
俺は必死に白球を追った。
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「岳志!」
「なに?」
「ホットスナックの補充!」
「やべ」
遥に言われて気がついた。一品切れている品がある。
慌てて揚げに走る。
「久々だからって容赦しないわよー。ここじゃ同僚だからね」
「うい」
野球に仕事に。
日常って色々やることが沢山だ。
それが中々やりがいがあったりする。
「じゃ、私大学行くけど、夕方からは勉強会だからねー」
そう言うと、遥はロッカールームへと引っ込んでいった。
抜けなく仕事をこなさなければ。
俺は気を引き締めた。
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「岳志君!」
昼休憩時間、あずきから電話がかかった。
なんだろうと思う。
「うい」
「今から生放送して旅行の振り返りするから、良かったら見てね」
「うい」
それだけ言って、電話は切れた。
あずきの放送は俺の心の癒やしだ。
昼休憩にそれがあるなんて最高ではないか。
日常の癒やしの一時を俺は噛み締めることになる、と思った。
配信画面に出てきたアリエルのアバターを見るまでは。
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「岳志」
勉強会も何もかもすべて終わった夜。
あとは寝るだけという幸せな時間。
アリエルの声が頭上から降ってきた。
珍しく神妙な声だった。
「私の精霊が怪しい地点をキャッチしたにゃ」
「怪しい地点……と言うと?」
「パワースポットにゃね」
俺は体を起こした。
「早いな」
日常に帰ってきた、と思った途端にこれか。
この調子じゃ先が思いやられる。
こうしてみると、今日一日がどれだけ恵まれていたのか思い知らされるのである。
「場所は?」
アリエルの口から出てきた地名に俺は驚いた。
それは、俺が生まれた地。
エイミーとの思い出の地。
全ての始まりの地だったからだ、
場所は北陸。
冬には雪が積もる雪国だ。
続く




