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いやいやいや……

 湯船にたっぷり浸かって温泉を出る。

 夜の温泉街は浴衣の人で一杯だった。

 部屋に一人戻る。


 刹那が部屋の中央でちょこんと正座して待っていた。


「おう、刹那。一時間よろしくな」


「うん、よろしく」


 刹那は緊張した面持ちで答える。

 そして、沈黙。


 なにを意識しているのだろうこいつは。

 ただ一時間駄弁るだけだ。

 六階道家に居た時はそれ以上駄弁っていたではないか。


「それにしても安心したよ。お前が六華達に馴染んだみたいで」


「う、うん。ちょっと頑張った」


 刹那はそう言ってガッツポーズを取る。


「偉い偉い。その調子で友達増やしていこうな」


「……最低限度でいいかな。あんまり私社交的じゃないし」


「まあ、誰とでも仲良くする必要はないのは事実だな」


 俺は練習試合でも友達作ったりするけど。

 そこは生き方の違いだ。


 そして、再び沈黙。

 なにを意識しているのだろうこの女。

 なにか言い辛そうにもじもじとしている。


「どうしたんだー? 刹那。言いたいことがあるならはよ言え」


「それがね」


「うん」


「六階道家は陰陽師の旧家なんだよね」


「知ってる」


 再度、沈黙。


「と、当主の跡継ぎに求められるのは、優秀な術師の血……」


 おや、と思う。

 雲行きが怪しくなってきた気がする。

 刹那は真っ直ぐに俺を見た。

 真剣な目だった。


「岳志の血が欲しい」


 いやいやいや……。

 安倍晴明戦での俺の一撃はそんなに刹那の脳を焼いていたのだろうか。


 迫られている。

 その事実に、心音が跳ね上がる。

 一歩、後退る。

 刹那が、膝を一歩詰める。


 一歩、後退する。

 刹那が、膝を一歩詰める。


 そして、気がついた。

 刹那の目に、涙が一雫。

 勇気を振り絞って言っている。


(密室で女の子が俺に迫っている密室で女の子が俺に迫っている密室で女の子が俺に迫っている密室で女の子が俺に迫っている密室で女の子が俺に迫っている)


 久々に発動、心の中の童貞。

 バイバイ童貞? いや、俺には遥がいる。

 けど、その遥のお墨付きがこの一時間ではないのか?

 けど、初めては遥がいい。


 と言うか、最初から最後まで遥一人がいい。

 しかし刹那は本気だ。

 どうしたものだろう。


 刹那は徐々に距離を詰めてくる。

 そして遂に、俺の両肩に手を置いた。


「こうなったら、力付く」


 刹那は半べそをかきながら言う。

 俺はスマートフォンを取り出そうとポケットに手を伸ばす。

 その手を掴まれた。


「クーポンの世界は使わせない」


 やばい。刹那は、本当に本気だ。

 え、俺こんなところで貞操を失うの?

 そんなことを考えていた時のことだった。


 部屋の扉が開いた。


「刹那ー、岳志ー、今いいー?」


 エイミーの声だ。

 刹那が後方に跳躍して、正座する。


「エイミーさん、一時間独占の約束……」


「それは悪いんだけど、せっちゃんと個人的に話したくてさ。駄目かな」


「大歓迎だよ!」


 俺は両手を打って歓迎する。

 刹那がやや不満げな表情になる。


 エイミーは刹那と俺の間に座った。

 俺は壁際から移動して、二人と距離を保って座った。


「私ね、昔地元で孤立してて、一人でブランコで座ってたんだ」


「うん、六華から聞きました。今のフランクさから想像つかないけど」


「だから、これから友達増やそうって頑張ってるせっちゃんには親近感を覚えるというか……応援したいって気持ちがあってね」


「私は貴女のように器用ではない。前途は多難でしょう」


「そんなことないんじゃないー? 初めての旅行で友達こんなに増えて。上々でしょ。仕事忙しいだろうに良く来れたね。それだけで努力が伺えるよ」


「あかねと母親に相談したら、仕事変わってやるから是非行って来いって言われて……」


「そっか。理解してくれる人いるんだねえ」


 エイミーは嬉しげに微笑む。

 俺は心の中で安堵していた。

 まさか刹那があんな突拍子もないことを言い出すとは思わなかった。

 けど、これなら平和に話が進みそうだ。


 これなら、平和にUNO大会に移行して、その後は。

 山を探索しなければ、ならないだろう。

 老人のことは、既にアリエルに相談済みだった。




続く

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