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楽しい大会に

「皆ー」


 優勝賞品に不本意ながら祭り上げられた俺は、提言した。


「楽しかったって思えるような試合にしような!」


「……ええ」


 エイミーが目を細めて言う。

 さっきの返球の本気具合が気に障ったらしい。


「はい」


 言うが、刹那は目がマジなままだ。


「わかってるよお」


 ニコニコしているが六華は目がキマっている。


「六華、そうだよ、エンジョイだ、エンジョイ」


 俺に便乗して勝機を見出そうとするちゃっかり雛子。


(ああ、全員本気だ……)


 憂鬱になってきた。

 雛子と六華の試合は一方的だった。

 六華が力で押す、押す、押す。

 その一方的な速度に雛子は反応できない。


 身体能力で相手に勝るのは刹那も同じだが、エイミーとの間には技量差があった。

 エイミーは経験でなんとか対応しようとする。

 何度もラケットに球があたる。

 しかし――。


「くっ」


 ラケットに当たった球は、勢いを殺しきれずに、高々と天井に向かって跳ね上がった。

 刹那の勝利である。


 こうして、決勝戦は刹那と六華で争われることとなった。

 二人共目がマジだ。

 今にも殴り合いそうな雰囲気がある。


「大した身体能力……術もなしにその能力は特筆すべきものがある」


 刹那が淡々とした口調で言う。


「そちらこそ。全力を出した私と同じ領域に来れるのは私かお兄だけだと思ってた。本気を出せそうだね」


 六華は余裕の笑みで応じる。

 日常サイドの人物の癖に戦闘サイドの人物に牙を向いてやがる。


 なんなんだうちの妹……やっぱスペックおかしい。

 脳のリミッターが常時開放されているというだけでこれだ。人間の可能性を感じさせる存在ではある。


 二人は、卓球台を挟んで向かい合った。

 エイミーが刹那に球を渡す。


「私に勝ったんだから負けんじゃないよ」


「わかった」


 刹那は前を見たまま頷く。


「エイミーとか刹那とか遅刻組なんだよね。年季の長さじゃ私達が上だ」


「私が一番上よ」


 雛子の応援に六華が前を見たまま呟く。


「そう、私が一番上。ずっとずっと、前から。そして、私が一番強い。ずっとずっと、誰よりも」


(なんかラスボスみたいなこと言い出した……)


 脳のリミッターを解除した天然の人間と、半神の血を引いた術師。

 どちらが勝つか。

 皮肉にもそれは、数日前に刹那が直面した力関係の逆転現象だった。

 人が勝つか術が勝つか。


 さて、どうなる。

 刹那が球を、高々と放り投げた。

 サーブが放たれる。


 速い。

 矢のように放たれた球は一瞬でネットの上を通り抜ける。

 たった一試合で、順応した。

 これが六階道家が気の遠くなるような期間をかけてノウハウを作り出し、十五年の鍛錬を課して生み出した戦闘経験の化け物。


 しかし、六華は反応する。

 的確にラケットの中心で球を弾き返した。

 後は乱打戦。


 乾いた音が勢い良く響き渡る。

 白球が流れ星のように両者の陣営を行き来する。

 両者の動作に無駄はなく、両者の振りは雷光のようだ。


 安倍晴明と殴り合ってた奴となんで一般女子高生がタイマンできてるんだ?

 これがスポーツって土俵の不思議ってやつか?

 なるほど、確かに俺とエイミーに付き合って六華は卓球を少し齧っている。

 その経験値分の上乗せがあると考えても……。


(やっぱおかしいってこれ)


 頭の中でツッコむ。

 相手は六大名家当主だぞ? 気の遠くなるような時間を技術の向上に当てたその末の結晶だぞ?

 それと何故張り合える? 立ち向かえる?


 いや、違う。

 均衡は徐々に崩れつつある。

 刹那は汗一つかいていない。それどころか、徐々に競技に順応しつつある。

 しかし、六華は汗だらけだ。


 そのうち、六華が返球をミスした。

 球が高々と跳ね上がり、点々と転がる。


 刹那がガッツポーズを取る。


「あずきさん、パス!」


 六華が鋭い口調で言う。

 あずきは気圧されながらも、拾った球を投げた。

 六華は受け取ると、すぐさまサーブを打ち込む。


 また、激しいラリー。

 しかし、まもなく結果はやってきた。

 再び、高々と跳ね上がる球。

 六華は再び返球をミスった。


「そんな……上達の速さが尋常じゃない……こんな短時間で私の回転にも適応してる」


 六華は頬を緩ませた。


「あんた、凄いよ、刹那」


 刹那は、驚いたような表情になる。


「私の負け」


 そう言って、六華はラケットを置いた。

 唖然とした刹那がその場に残される。


「じゃあ、優勝はせっちゃんで。優勝賞品岳志君一時間独占コースは温泉に浸かった後でね~」


 刹那が少し気恥ずかしげにこちらを見てくる。

 様子を伺っているようだ。

 俺は苦笑して、その頭を撫でた。


 六華はどんな無茶を言うかわからないが、刹那ならそんな無茶も言わないだろう。

 そんな安堵感が、俺を包んでいた。

 そして、俺は六華の頭も撫でる。


「お前も大人になったなあ」


「良いライバルが出来たよ。今までは隠すしかなかった私の力。刹那相手なら十全に使えそうだ」


 そう言うと、六華は楽しげに微笑んだ。

 こいつは本当に人間なのかなあ。

 生まれてこの方何回妹を怖いと思ったかわからない俺である。


「お兄」


 急に鋭い声で呼ばれて、俺はどきりとした。


「せっちゃんに変なことしたら、骨の一本や二本じゃ済まないよ」


「……信用ないのな、俺って」


 刺すような表情をしていた六華は、その返答を聞いて頬を緩めた。


「信じてるよ、お兄ちゃん。考えてみれば、私はいつでもお兄ちゃんを独占できるって思ったしね」


 そう言うと、六華は上機嫌に部屋を出ていった。

 やっぱ怖いこの子。



続く

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