そうだ温泉に行こう
雛子の大掃除も無事終わり、俺がアパートに戻れたのは東京に帰ってから二日目だった。
雛子はまた自宅に戻り、しばらくは我慢して家族と過ごすらしい。
一人暮らしをしてみて、お金のやりくりの大変さに気づいたそうだ。
寮付きの良い就職先を探すのが目下の目標なんだとか。
雛子はなんだかんだで律儀な奴ではあるので、元より綺麗な状態で部屋を返してくれた。
「いやー、久々の自宅は落ち着くにゃあ」
アリエルが床に大の字になって寝転がる。
「お前居候だけどな。ま、その感想には同意しとくよ」
ベッドに腰掛ける。
こうしてアリエルと二人でくつろぐのも何日ぶりだろう。
いつも戦闘と隣り合わせだった京を思えば平和そのものだ。
「岳志くーん」
あずきだ。
部屋の前でノックしている。
「はい」
立ち上がって、玄関まで歩いていって扉を開けた。
「岳志君、今、バイトお休み中で、悪霊つき関係の仕事も終わって、言わば暇なんだよね?」
「あー……暇っちゃ暇っすね」
「じゃあ、大仕事を片付けたご褒美として、慰安旅行なんてどうかなあ。皆で。丁度後数日で週末でしょう?」
「いいっすね」
「良かったー。グループラインで皆に連絡取っててね。他の人には大体オッケー貰えてたんだー」
「……」
そのグループライン、俺入ってないんだけど。
除け者にされるようなことしたっけ。
思案に移る刹那、歴戦のコラボ魔あずきは思考に蓋をしにかかった。
「あ、男の人いたら踏み込んだ話出来ないでしょ? だから岳志君は入れないよ」
(なるほどね)
「行き先とかも決まってる感じで?」
「うん。温泉街で良いとこあるんだ。そこでゆったり過ごそうかなあって。若い子にはちょーっとウケ悪いかな?」
「いいんじゃないですか。女の子は好きでしょ、美容効果とかそういうの」
「じゃ、決まりね。週末空けといてね」
そこまで話していて、ふと思う。
うちの妹。彼女はきちんと部屋を整理整頓しているのだろうか。
うちの親は俺には過干渉だったが妹は放任気味だった。
俺も寮に入っていたりなんだりで妹の部屋はあまり見れていない。
ちょっとチェックが必要かもしれない。
実家に帰るのは抵抗がある。
なにせ、勘当された身だ。
しかし、雛子が散らかした惨状を見た後だと、同年代の妹はどうしているだろうかというのが気になった。
あずきが帰った後、六華に電話をかける。
ワンコールで相手は電話に出た。
「もしもし!」
大音量で鼓膜が破れるかと思った。
兄の電話になにを興奮しているのだこの妹は。
「声、でかい」
「もしもし」
「遅い」
「ごめん、なんか用?」
「今度、そっちの家で会えるか?」
「うち、来るの? お父さんと和解して、高校通うんだね?」
「いや? 親父とお袋がいないタイミングで。ちょっと忘れ物を思い出してな」
口実だ。
「ふーん……明日の夕方なんてどうかな。お母さんもパートで夜までいないし。私も部活じゃ控えだからある程度融通効くし」
数年前の今頃は兄離れさせようと妹に部長になれと必死に勧めたものだったなあと懐かしむ。
その妹もまた新人からやり直しか。
運動神経が良いからまた上り詰めて行くんだろうな、と思う。
「じゃ、決まりだ。温泉の話は聞いてるか?」
「うん。お兄ちゃんも行くんだよね?」
「ああ。ちょっと色々疲れることがあったからな。滋養強壮に参加しようと思ってるよ」
「そっか。刹那も喜ぶよ」
「……そっか、刹那も入ってるんだそのライングループ。へー」
新参も新参の刹那が入れて俺が入れないライングループ。
いや、考えるのはやめよう。
しかし性差というのはそこまで重要だろうか?
というか当主って暇なんだろうか。
「じゃ、明日ね。楽しみにしてる」
上機嫌にそう言うと、妹は電話を切った。
今思えば、刹那の部屋は年相応で可愛らしいものだったなと思う。
ああいう部屋であって欲しいものだ。
しかし、六華の親友は雛子。類は友を呼ぶという。
(油断ならないなー)
嫌な予感を覚えて、俺は冷や汗をかいた。
続く




