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戦後処理

 あかねは慰霊碑の前に立っていた。

 代表として献花する。

 周囲には喪服の人々。

 皆、一様に顔を伏せている。


 涙を見せるものはいない。

 皆、覚悟がある。

 陰陽師の一族なんてそんなものだ。


 しかし、今回は少しばかり犠牲が大きかった。

 責任者として若干後ろめたさを感じる。


 五秒稼いでくれ。

 あの指示で何人犠牲が増えただろう。

 そんなせんのないことを考えてしまう。


 しかし、緊急事態もこれで終わりだ。

 天界大戦で京に流入した堕天使達もこれで一掃出来た。

 休学期間を終えれば、また大学に通うことになるだろう。


 紗理奈にラインする。


『ねーねー、後期あんたなんの単位とんの?』


 数秒で返事が来る。


『どうせ陰陽師の仕事入って中途半端になるからなにとっても一緒』


『けど将来設計とかさあ』


『どうせ陰陽師になるんだから一緒』


 しばし、指を止める。


(教師になりたいんだけどなー、私)


 六大名家の当主である以上、陰陽師という進路は避けられないだろう。

 しかし足掻くように土曜の授業に出て単位だけは取っている。

 我ながら無駄なことをしているな、と思う。

 そう言えば、あの問題児はなにをしているだろう、と思う。


 ラインをインストールしたと風の噂で聞いたが、一向に連絡をしてくる様子はない。


(こっちからリアクションしなきゃ駄目なのかなあ。けど戦友だよねの一言で結構なリアクションな気もするんだよなあ)


 ま、成り行きに任せるか。

 そう思い、あかねはスマートフォンを待機モードにした。

 空を見上げると、青空に入道雲が広がっていた。


「夏も近いなあ」


 思わず、呟いた。



+++



「え、ハリウッドの話本決まりになりそうなんですか?」


 げ、と言いかけて、え、に慌てて言い換えた。

 アメリカと日本の往復さらには芸能活動と俳優の二足の草鞋だなんて自由時間はどこへ行った状態になるのは目に見えている。

 確かに乗り切れば大きなしのぎになるだろう。


 しかし、その苦労を眼前に突きつけられると、え、もげ、になるというものだ。


 マネージャーは満面の笑みでニコニコしている。


「主人公の親友役だよ。結構出番も多いし好印象抱いてもらえそうなキャラだしやりがいあるんじゃないかな」


「あー、出番多いっすかー」


(やっべー。滞在日数何日になるんだこれ)


「ちなみに主人公はゲイだから恋愛描写もないから安心してね」


 ベッドシーンやキスシーンはお断りしたいところなのでそれはありがたい。

 エイミーも中々売れっ子だ。ある程度我儘は効くようになっている。

 とりあえず一回脚本を読んでみなくては、と思う。


 それにしても、思うのだ。


(せっちゃんとライン交換し忘れたなあ……)


 ブランコに一人乗っていた頃の自分を思い出す。

 彼女を見ていると、当時の自分を思い出してなんか放置しておけなくなるんだよな、と思う。


(まあ私には王子様がいたんだけどね)


 少し和む。


(まだ現役で王子様やってたらちょっと修羅場かな)


 想像で少しピキる。


(まあもう他人の彼氏ではあるんだけど、それはそれで問題だからなあ)


 心の中でブツブツ言いつつも、あの少女の今後はもちろん岳志の恋愛事情にも注目しているエイミーなのだった。



+++



「うはー、やーっとラブホの受付から脱出できたー」


 陸がスタバのテーブルに突っ伏して満足気に言う。


「私なんて半日ずっと通学バス前待機よ。スマホいじって余所見するわけにもいかなかったし。気が狂いそうだったわ」


 あかねはそう言ってストローでずずずっとフラッペを飲む。


「僕、スタバってもっと上等なものかと思ってた」


 はじめはその音を聞いて幻滅したようだ。


「夢は壊れるのさベイベー。与一は紗理奈と離れ離れでさびし?」


 あかねの指摘に与一はぼんやりとした表情で答える。


「ん?」


「……駄目だこりゃ、無になってる」


 陸が呆れたように言う。


「任務に縛られてない紗理奈なんてどこに着弾するかわかんないミサイルみたいなもんだからなあ」


 はじめも追随する。


「だからさー。ここは俺で縛ってやんよってぐらいの積極性がないと駄目だとお姉さん思うのよね」


 あかねは冗談交じりに言う。

 与一はすっくと立ち上がった。


「ちょっと紗理奈と会ってくる!」


「今から!?」


 はじめが戸惑うように言う。


「今から」


「アポ無しで?」


 あかねが若干呆れたように言う。


「アポ無しで」


「話す内容決めてんのか?」


 陸がどうでも良さげに訊く。


「……決めてないけど行く!」


 そう言うと与一はずんずんと去っていった。


「若いねー。お姉さん応援しちゃう」


 あかねはそう言うと、再びずずずと音を立ててフラッペを飲んだ。


「だーかーらー、その音ー」


 はじめが心底嫌そうに言う。


「ところで刹那は?」


「誰か呼んでると思ってた」


「そもそも連絡先を知らん」


「私もなのよねえ。任務でも当主クラスはよほどのことがないとかち合わないし」


 あかねはやれやれとばかりに言う。


「あの子元気なのかしらねえ」


「最近あかね刹那の話ばっかだな」


 はじめが呆れたように言う。


「ばっかって言うほどそんな頻繁に会ってないわよ私達」


 あかねが恥ずかしげに反論する。

 その話はそれでお流れになった。



+++



 俺が地元に帰ってドアを開けたら、待っていたのは三つ指ついて待っていた一人の少女だった。

 まあ有り体に言えば土下座する雛子だった。


「サーセン岳志君! どうか、三日以内、三日以内には片付けるから!」


 そう言われて周囲を見渡すと、惨い景色が広がっていた。


「うわあ……」


 流しは洗い物だらけでコバエが湧いているし洗濯物はあちこちに脱ぎ散らかされているしペットボトルやコンビニ弁当のゴミが当たり前のように地面に落ちているし足の踏み場がまるでない。

 良くぞここまで汚したと逆に褒めてやりたい。


「わ、汚したわね」


 背後にやってきたあずきが部屋の惨状を見て呆れたように言う。


「あずきさん指導してやってくれなかったんすか?」


「それがある時期から部屋に入るの拒否られちゃって。ご飯もウチで食べてたし」


「あずきさんちでご飯食べてんのになんでコンビニ弁当の容器あんのよ」


「それは、その、食欲が暴走した結果というか……」


「お前、一人暮らし、無理」


 うなだれる雛子だった。


「てか他人と共同生活できんのかこれ……良く今まで親になにも言われなかったな」


「家じゃ全部お母さんがやってくれてたから」


 あ、色々な話総合してわかった。

 典型的な場当たり的な毒親。


「三日ほどホテルに泊まるから片付けとけよな……カビとかあったら敷金分もらうからなマジで」


「へい」


 再びうなだれる雛子。

 適当にアパホテルにでも泊まることにする。


「アリエルちゃんうちに泊まりなよー。しばらくチャンネル更新してないしどどーっとコラボしよう」


「いいにゃいいにゃ。帰ってきたーって感じするにゃー」


 うん、この感じ、帰ってきたって感じする。

 そして俺は、なんとなく会話に混ざらず、適当に二言三言残してその場を去った。


 先輩にラインを送る。


『帰ったよ』


『お帰り。デートいつ行ける?』


『寂しかった?』


『ほどほどに』


 生意気言うな、とかそういう系統のこと言われるかと思っていたので意外な返事だった。


『じゃ、今から行こうか。久々に東京回りたい』


『任せとけ』


 うんうん、今日も先輩は男前だ。

 そういや。


(結局刹那のライン聞けずじまいじゃん)


 そんなことを今更になって思い出す。

 里心がついたのと刹那の母親の引き止めが必死だったので挨拶も程々に帰ってきてしまったのだった。


(あいつ、このままフェードアウトしていく気じゃねーだろうなー……)


 やっと笑うようになったんだけどな、と思う。

 笑うと可愛いんだ、あいつは。

 笑ってなくても造り物みたいに可愛いけど。


(……彼女いるのに人のこと可愛い可愛い言ってるの良くないなー)


 そう思い、一旦思考を停止する。

 一歩を踏み出すかどうかは、刹那に託そうと思った。

 一緒にいる中で、刹那は随分と変わった。


 それで俺に連絡がなかったら、それはもう、刹那が俺を必要としなかったというだけのことなのだ。

 そうやって連絡がつかなくなった相手はいくらでもいる。

 忘れた頃に連絡が来たりするのが面白いものだが。


(さて、どう転ぶかな)


 俺は先輩との合流地点に向かって歩き始めた。


(さーて、何から話そうかな)


 安倍晴明と戦ってきた、なんて言ったら先輩面白がりそうだなーと他人事みたいに思った。

 最後は鯱の化け物になる辺りZ級映画みたいだ。


+++



「やった~!」


 そう言って刹那は、ポムポムプリンの巨大人形を抱いてベッドに寝転がった。

 ラインの初期設定と必要な電話番号の入手が終わったのだ。

 後は入力するだけ。


 それだけで、誰とでもいつでも話せるようになる。

 それは、勇気が必要な一歩。

 けど、これからのために必要な一歩。


 立ち止まっているのは辞めた。

 刹那は既に歩き始めている。

 刹那は一人、挨拶の文章を考えつつ、まずはスマートフォンのアドレス帳に番号を入力し始めた。


 これから二十年、三十年と刹那は生きるだろう。

 何人友達ができるか、今から楽しみだった。

 指を止めて、少し思う。


(恋したりも……しちゃったりして?)


 岳志の顔が不意に脳裏に浮かび、慌てて打ち消す。

 そして、顔を真赤にして自分の今の脳内発言を打ち消した。


 そして、うつ伏せになると足を振りながら番号入力を再開した。

 刹那の日常は孤独と共にあった。他人は敵で、自分を迫害してくる相手か利用してくる相手しかいないと思い込んでいた。

 けど、今は違う。

 世界は優しさに溢れている。手を差し出せば、誰かが握りしめてくれる。岳志がそう教えてくれた。


(どんな話をしようかな~)


 ラインならば返事を考える時間があるから、コミュ障解決にも役立っちゃったりして。

 そんな調子の良い計画を立てている刹那なのだった。



+++


「結局雨月の行方は知れずか」


 白髭の老人がぼやくように言う。

 面長な老人が溜息混じりに返す。


「陰陽連最古参。結界の秘密などに精通していたことにより内通していたことがバレるのは時間の問題とは言え潔かったですなあ」


「他の場所に災いをもたらさなければ良いが……」


「そのために雨月の裏切りは大々的に知らせた。雨月を尊敬する陰陽師はいません。バックアップのない一陰陽師と同程度の力しか発揮できませんよ」


「しかし、術には長けておる。そのためにもエイミー・キャロラインを教育したつもりだったんじゃが。あの子は……若干あれじゃのう。マイペースと言うか掴みどころが無いと言うか」


「聞けばハリウッド進出との噂。日本に滞在する時間は減るでしょうな」


「……まあ現代っ子よな」


 ぼやくように言って、白髭の老人は顎髭を撫でた。


「しかし、安倍晴明が退治されて長年の憂いは消えた。今後京は千年の平和が齎されるであろう」


「……経済的な問題はどうなりますかなあ」


「そこは政府から直轄で資金が出ている儂らの管轄外。儂らのやることはパワースポットから悪霊つきを排除するだけよ。さ、今日も仕事じゃわい」


 そう言って、白髭の老人は腕を組んで背もたれに体重を預けた。



京都編、終わり


続く

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