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決戦、シュリアル

 俺はゾーンに入っていた。

 スポーツに携わっていたらそういうことがままある。

 自分がどう動けば良いのか理屈ではなく感覚でわかる。

 この先相手がどう動くか手に取るようにわかる。

 全てが見通せるような万能感。


 こう動けば良い、という答えが提示されている感覚。

 それをなぞるように動けば良い。


 敵の首筋に短刀を走らせる。

 敵はそれを防ぎにかかる。

 一度動いた体は急に反転できない。

 そこに蹴りを入れることで相手の体勢を崩しつつ反動で自分の体を逆回転させる。

 

 雷光のように走る短刀が堕天使の首を見事に断った。

 想定よりも速い。


 エリセル戦でのレベルアップの恩恵は自分が思っている以上のようだ。


 そして、残った堕天使は一人。

 全ての首謀者。シュリアル。

 白い空間の上空に飛んでいる。


「遅かったわね、井上岳志。そしてアリエル」


 シュリアルは勝ち誇ったように言う。


「安倍晴明は復活した。今頃貴方の仲間は物言わぬ屍になっている頃でしょう」


「それほど俺の仲間はやわじゃない」


 言いつつも、冷や汗が背筋を流れるのを感じた。

 半神。

 神格と二度対峙したことがあるからわかる。

 あれは人類の手に負える存在ではない。

 自我を失い破壊を目的としていないエイミーですら十数分でタワーマンションを半壊させてしまったのだから。


 時間が足りない。圧倒的に足りない。

 こんな女にかまけている時間が勿体ない。


「お前を倒して駆けつけさせてもらう」


「神を相手にお前になにができる? お前に神を殺した実績などないだろう? あっても女神の恩恵があってだ。今回の安倍晴明は半神。半分は人間。天界は手助けしてくれんよ」


 俺は反論の言葉を封じ込められる。

 しかし、即座に言い返していた。


「勝つしかねえんだろ。なら、勝つさ」


 勝負なんて腐る程してきた。

 負けられない戦いもしてきた。

 それで負けたこともあるが、全力を出し切るメンタルも、勝つためにアドリブをこなす力とその土台の分析力も養ってきたつもりだ。


「強気ね。その前に……」


 シュリアルの周囲に、氷の槍が数百本浮かび上がった。


「私に、勝てるかしらねえ」


「アリエル、炎のコントロールを俺によこせ!」


「勝算は?」


「今更俺の勝負師としての手管を疑うか?」


 アリエルはその言葉が気に入ったらしく、満面の笑みで目を細めた。


「任せたにゃ!」


 アリエルが俺の影に沈む。

 その瞬間、俺には神格と呼べるだけの魔力が備わっていた。


「フレイム――ヴォルケイノ!」


 見様見真似で炎の嵐を巻き起こす。

 氷の槍が雨のように降り注ぐ。

 それは両者の間で爆発を起こした。


 爆煙の中で縮地とも言える速度で相手に肉薄する。

 煙を抜けると、相手は槍を構えていた。


 この短刀の前では魔法生物も魔術も一刀両断できる。

 しかし槍は、短刀をしっかりと受け止めた。


「この槍は天界の金属で作られた一種のアーティファクトでね。人間如きに斬れる代物ではないさ」


 そう言って、槍で弾かれる。

 地面に着地すると同時に移動。

 氷の槍の雨の中を移動する。

 短刀を一本投げる。


 相手は怪訝そうにそれを槍で弾く。

 別方向からもう一本を投げる。

 相手は滑稽そうに再び弾く。


 そして、相手に向かって突進した。


「仲間のピンチで焦ったかい? 素手じゃないか! 女神の切り札と言っても所詮は人間ね!」


「フレイム――ヴォルケイノ!」


 掌に炎を宿し、炎の軌跡を残しながら突進する。

 相手は氷の壁を作り、冷静に対処する。


 俺は微笑みそうになったが、真顔を保つ。


(勝った!)


 炎を消し、ポケットからお守りを取り出す。

 その瞬間、それは短剣に姿を変えていた。

 退魔の短剣。

 対魔法生物特化の陰陽師御用達の武器。


 分厚い氷をバターのように断つ。

 相手は目を丸くする。

 それはそうだ。なにもないところから退魔属性の武器が出てきたのだから。

 京都に出てから俺が新たに得た相棒だった。


 縮地とも言える速度だ。

 それは本当に、本当に一瞬の駆け引きだった。


 シュリアルの首を断つ。


「馬鹿……な……」


 シュリアルの体が砂となり消えていく。

 そして、空間が歪み始める。

 俺は短剣をお守りに戻し、落ちてきた槍をキャッチすると、アリエルに訊ねた。


「アリエル、安倍晴明の位置はわかるか!」


 アリエルが俺の影から出た。

 周囲は薄っすらと山林の中に変わりつつある。同時に、異空間にしか存在できない天界の槍も消えつつあった。


「このオーラはわかるにゃ。わかるけど……結構距離あるにゃよ~……」


「全速力で山を降りてヒッチハイクするとして何分かかる?」


「十五分ってとこだにゃ」


 アリエルの視線の先を追って、俺は絶句した。

 黒い雲が渦を巻いて地面に向かっている。稲光が所々から見える。

 まるで、世界の終わりがそこにあるかのようだ。


「……生きるって言ったよな、刹那」


 俺は祈るように呟いていた。



+++



「うむ。防御面では急拵えにしては十分だろう。攻撃面も後一歩じゃな」


 白髭の老人はエイミーの術を見て満足気に頷いた。


「力を使いこなせるようになって感じるようになった……禍々しい気配が、強くなりました」


「うむ。安倍晴明が復活したのじゃろう」


「安倍晴明? あの、陰陽師の? 映画とかに出てくる?」


「ああ、お主は背景とかは知らんのだったな。半分神と書いて半神とだけ知っておけば良いよ」


「半神……」


 エイミーは息を呑む。

 エイミーは模造神だという。半神とどちらが強いのだろう。

 と言うか、意識を失った模造神状態の自分ですらタワーマンションを半壊させるという不祥事を起こしているのだ。

 明確な破壊の意思を持った半神など相手にしたくない、というのが本音だ。


「げっそりした表情をしておるな。大丈夫。お主も十分に人類から見れば化け物じゃよ。かっかっか」


 老人は愉快げに笑う。


「岳志の友人達が防備に出ているんですよね? その、大丈夫でしょうか……」


「大丈夫のようじゃな。相手が半神なら、こちらはその半神の子孫六人だ」


「はー、こんがらがってきそうです……」


「つまりな。化け物クラスしか今の戦場には介入出来ぬというわけよ。防御面は教えた。残り十分じゃ。残り十分でお主の力の使い方をそのクラスまで押し上げる。と言っても懸念は勝負勘と反射神経じゃがなあ。そこらは女神は良い人選をしたもんじゃよ」


 エイミーはそんな状況ではないと思いつつも思わず誇らしくなる。


「岳志なら勝負勘も反射神経も人並み外れてますからね」


「……この戦いが終わったら本格的に陰陽連に来る気はないかね? ちょっとお主を本格的に鍛えてみたくなった」


「うーん。まずは残り十分をこなして、全部終わらせてから考えさせてください」


 本音を言えば、芸能人としての長期契約や俳優としての拘束が色々残っているので当分は無理だ。最近では歌ってみた動画を見た事務所の人々が歌手デビューさせようという目論見まで生まれつつあるし、交渉段階だが元々のアメリカでの知名度を利用したハリウッドデビューの話なども来ていたりする。

 配役次第では本業のYouTubeチャンネルの登録者がどれほど伸びるかわからない。そのピークにグッズでも売り出せばどれほどの利益が生まれるだろう。夢は広がるばかりだ。


 ある種の現実逃避。

 十分後に命がけの戦いがあるから、そこから一時的に意識をスキップさせて一時間後以降に意識をやっている。


「何か邪念を感じる返答じゃのう」


 エイミーはぎくりとする。


「うむ。才気あふれる模造神よ。お主に破壊の本質を教えよう」


 そう言って、老人は防御結界を形成した。

 エイミーは息を吸って、吐くと、命がけの戦いに向けて準備すべく心を落ち着けた。

 力を持ってしまったのだから、それを守るために使うのは多分きっと義務なのだ。逃げることはできるのだろうけれども、岳志がそれを良しとしない以上、彼一人に背負わせるわけにはいかなかった。

 それに、泣いていた、自分に似た誰かのことも気にかかっていた。

 彼女は、生き残れるのだろうか。

 それだけが気がかりだった。



続く

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