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策略合戦

「刹那、わかっているわね」


 あかねが、冷静さを取り戻したらしく淡々とした口調で言う。


「わかってる。冷静になればわかるロジックだった」


 刹那も冷静さを取り戻し、平素の感情を殺した声で言う。


「今の私の拳で本体を消そうとしたら、安倍晴明は復活する」


 あかね以外の四人が動揺したのが背中越しに感じられた。

 眼の前にある安倍晴明の本体。

 封印され、光に包まれ、胎児のような姿になっている。


 彼は言った。

 結界の封印の第二段階は、六大名家の当主の力を注ぐことによって開放される、と。

 つまり、ここまで行われたことは全て仕組み。誘導。罠。


 刹那に力が注がれたのは必然。

 いや、刹那でなくても良かったのだ。

 一人に力が注がれさえすれば良かった。

 六人の当主の力が注がれたその一人が、本体に触れれば、その瞬間に封印は解ける。


「なら……どうすれば? 安倍晴明を消すには、六大名家集束状態の刹那の光の力しかないように思うが」


 与一が戸惑うように言う。


「私に力を返して」


 あかねが言う。


「紗理奈と一緒に封印してみせる。以前より強固に。これでも、術のコントロール方面じゃ五百年に一人出るかどうかの天才なんだから」


 その自信に、刹那は心の中で苦笑しつつも頷いた。

 本当は晴明にトドメを刺してあげたかった。

 生き地獄とは、今の正にこの状態だろう。

 けれども、平和に生きている人々の日常と秤にかけられるものではない。


 刹那は、自らに宿った力を開放しようとした。

 その瞬間、衝動が刹那を襲った。


「その力を手放すのかい? 本当に?」


 誰かが囁いた。


「返したとたんに君はまた孤立する。晴明という共通の敵がいたから共に歩めた。けど、いなくなれば利用価値がなくなった君はまた放り出される。コミュニケーションに難がある君を世間は受け入れてはくれない。誰もが誰もクラスの中心メンバーにはなれない。村八分にされる人間というのはどの時代にも出てくる」


「違う……違う!」


 刹那は叫んだ。

 戯言だ、と思う。

 それに、孤独には慣れている。


 そのはずなのに、なんだろう、この言葉は。

 心の弱いところに、的確に滑り込んでくるかのような。


「なにが違うんだい? こいつらには散々否定されてきただろう? たった一つ思想が違うというだけで、別種のように扱われ、軽蔑され、呆れられ。良い解釈で天然キャラ、中間でマイペース、悪い解釈で自己中心的な電波女」


「違う……ちが……う……」


 岳志の顔が脳裏に浮かぶ。

 岳志に会いたかった。

 彼ならばきっと、こんな言葉、くだらないと一刀両断してくれただろうに。


「どうしたの? 刹那」


 紗理奈が心配そうに近づいてくる。

 彼女は敵か? 味方か? そんな問答が錯乱寸前の心の中で繰り広げられる。

 否定された過去が、脳裏をよぎる。


「近寄らないで!」


 しゃがみ込んで、刹那は光を放った。

 与一が紗理奈の腕を引いてすんでのところで回避させる。


「なにを考えている、六階道! もう少しで紗理奈を消すところだぞ!」


「せつ……な……?」


 紗理奈は唖然としている。


「ほうら始まったぞ、迫害だ。与一などもう呼び方を刹那から六階道に格下げしている。有事以外のお前などいらぬということだ。勘違いをせぬことだ。お前のような不良品は世間から迫害されるためにしか存在していない。それはたまにお優しい御仁もいるだろう。けれどもそういう人間がお前を拾い上げてくれると思うか? そのような人間が既に伴侶を見つけていないと思うか? そのような人間が誰にも愛されずに生きてくる偶然などあると思うか?」


(岳志には……恋人が……)


「やめろ、やめろ、やめろォ!」


 刹那は叫び、光を四方八方に撒き散らす。

 結界の空間は所々が欠け、宇宙のような様相から、所々黒い無が剥き出しになった。


 あかねが歩いてきた。


「できるだけ落ち着いて、刹那」


 冷静な口調だった。


「あなたは、晴明の幻影に取り憑かれているわ。不覚だった。格闘術方面では確かに貴女が上を行った。けど、呪術関係では上を行くという自信が相手にはあった。その結果が、今」


 あかねは、刹那の前に堂々と立つ。


「アンタなら、打ち勝てると信じてる。何年私達と喧嘩して一人でやり過ごしてきたのよ。そんなタマじゃないでしょ、アンタ」


 その瞳には、刹那への信頼がある。

 刹那の瞳から、涙が一筋流れ落ちた。


「私は……私は……」


「無駄だ」


 晴明の幻影……いや、幻影ですらないだろう。幽体ともいうべき残りカスが、刹那の背から浮かび上がった。


「この娘は元から私の素体として選んだ逸材。私の転生先よ。そうと選ばれて生まれてきた。お前達との絆が物心ついてからここ七年で築かれたものならば、こちらは生まれてからの十五年の呪縛。根の深さが違うのだ」


「晴明……」


 あかねが不快げに晴明を睨む。


「つまり、こういうこと? 刹那の、魂も、心も、貴方次第だと」


「そういうこと、全ては私の掌の上よ。そして最後、私に欠けていたもの。格闘能力の補填としてこの娘の体は私に捧げられるだろう」


 晴明の高笑いが空間に響き渡った。

 刹那はその言葉の意味がわからず、自分の身体を抱きしめて震えた。


 選ばれて生まれた?

 晴明に捧げられるために?

 それならば、自分の苦悩はなんのために?

 自分の孤独はなんのために?

 岳志との、他の当主との交流はなんのために?


 刹那の中で、ふつりと、糸が切れるような音がした。





続く


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