岳志の誤算
マンションに帰って横になる。
なんか一日フル稼働した気分。
人死に瀕死になった刹那、炎の精霊とのギリギリの命のやり取りと気苦労に満ちた半日だった。
この後も襲撃はないとは限らないのが怖いところだ。
六階道邸に本格的に拠点を移さなければいけないかもしれない。
(刹那と一つ屋根の下か……)
また先輩が嫌な顔をしそうだなと思う。
ふと、周囲を見回す。
アリエルが帰ってきていた痕跡はないかと自然と探してしまう。
けど、そんなものはありはしない。
(ほんと、どこに行っちまったのかなああの駄猫)
こっちはこんなに大変な思いをしているというのに。
そもそもあいつは俺の補佐が仕事だったんじゃなかったっけか。
これでは職務放棄だ。
考えれば考えるほど虚しくなる。
いくら責めても、アリエルは帰っては来ないのだ。
なにか理由があるのだろうとは思う。
なら、それならそれで事情ぐらいは話してくれても良いのではないだろうかとも思う。
気まぐれにポケットWi-Fiを起動してYouTubeを開くと、あずきとエイミーが配信している最中だった。
どちらの配信を見るか迷い、エイミーの方をまず開いてみる。
あずきの方は多分ゲーム実況だろう。多少遅れても間に合いはする。
開いて出てきた画面にぎょっとした。
まず、Vtuberのアバター。現実のエイミーに準拠した可愛らしいアバターだ。
それが死んだ目で下を見ている。
画面の左端にはコメント欄。こちらは英語で一杯だ。
そして、右側半分には七輪で焼かれる魚。
(なにやってんだ……? これ……)
エイミーは炭の火を強くしたいのか内輪を忙しなく動かしている。
芸能人って暇なんだろうか。
なにやってんの?
日本語で打ち込んでみた。
エイミーは英語で二言三言オーバーリアクション気味に喋った後、日本語に切り替えた。
「日本のお客様いらっしゃーい。エイミーはね、今魚を焼いてるの。無心に魚を焼いて無心に食べる。無心に片付けて無心に仕事に行く。心洗われるよね」
疲れてんの?
日本語でまた打ち込んでみる。
「マネに京都にお忍びで行ったのがバレてさー。ガチガチに拘束されてるのよ。心が死んでるのよね」
低い低い声で言う。声が死んでいる。
そして再びエイミーは英語でコメント欄の外国人達と会話し始めた。
なんか、今は絡むのやめとこう。疲れてるみたいだし。
あずきの実況に行ってみた。
「アリエルと音信不通なのよねー、ここ数日。京都へ行くとは言ってたんだけど」
タイムリーな話題に俺はギクリとする。
心配がる言葉でコメント欄が埋まる。
行方不明?
失踪?
仲違い?
なんか嫌われるようなこと言ったとか。
お前らがクソ雑魚エルとか叩くのが悪い。
叩いてねーよ愛だよ愛。
「まあアリエルのことだから、スマホ落としたーとか財布落としたーとかそういうのだと思うけどね。同行した友達はしっかりした子だから大丈夫だと思ってるよ」
ベッドに寝転がる。
(ごめんなさい。全然大丈夫じゃないっす)
「アリエルが帰ってきたらやってほしい企画とかあるー? 夏までには帰ってくるって言ってたのよね」
そう。夏までには帰りたい。
草野球の大会の準備に関しても、バイト先を空けることに関しても、先輩と離れたまま過ごすことに関しても、夏までには解決したい。
また、皆で過ごす毎日に戻りたい。
あずきやエイミーが普段通りの日常にいるということが知れただけでも、俺にとっての励ましになった。
雛子辺りはどうしてるかな。俺の部屋、散らかってないと良いけど。
この際、あずきに電話をかけて一回聞いておくのも手だった。
その際、アリエルについて訊かれるのが不可避なのでかけづらい面はあったが。
その時、電話がかかってきて動画が一時中断された。
妹からだ。
刹那と電話はしたのだろうか。
電話に出てみる。
「もしもしー。元気でやってるかー?」
「お兄ちゃん? 紹介してくれた人、おっもしろい人だねー!」
お、これは予想外。
好感触だ。
「そうか。友達になれそうか?」
「んー。なんていうかもう友達? 親友? みたいな? 雛子とも最近話す機会が減ったから寂しかったんだー」
「で、ポムポムプリンの話題で盛り上がったのか」
「いや?」
(ん?)
彼女達の共通の話題と言えばポムポムプリンぐらいしかないと思うのだが。
「お兄ちゃんとエイミーの初恋話で盛り上がった」
ベッドに倒れ込む。
「後ねー、お兄ちゃんのランニング耐久動画とかホームラン集とか勧めておいた。そうそう、お兄ちゃん今度動画撮らせてね。半年前ぐらいからうちのチャンネル新しい動画ないかって問い合わせ多いんだよ」
頭を抱える。
そうだ。こいつはこういう奴だった。
カウンセリングに連れて行くか迷うレベルのブラコン。
雛子によれば口を開けば六割ぐらいは俺の話が出てくるという。
脅威の六割バッターだ。
(人選間違えた……雛子にしておけば……けどあっちはあっちで陽の者過ぎて陰陽反発して爆発しそうだしなあ)
悩むところである。
大勢の中で過ごしてきたと言っても、同年代の女の知り合いはそんなに多くない。野球一筋だったし、高校は早期に中退してしまったから尚更だ。
刹那に紹介できそうな人材は他に誰かいたっけ。
いっそあずきなら……あの歴戦のコラボ魔ならコミュ障気味の刹那とも上手くやれるだろうか。
しかし年の差が邪魔をして友達という関係にはなれない気もする。
その後、妹は井上岳志語りフルコースを語り尽くして満足したところで一方的に通話を切った。
嵐のような奴だった。
こいつはこいつで日常の中にいると思うと安心する。別の意味で不安になるが。
さて、刹那に詫びの電話をかけねばならぬだろう。
受信履歴から探し出して、刹那の番号に電話する。
数コールの後、刹那は電話に出た。
「もしもし、刹那か?」
「あ、岳志?」
おや、と思った。
今までは感情を感じさせない声だった。
それが、声のトーンが少しばかり高い。
「うちの妹一方的に喋ってただろ。悪いなー、人選間違ったわ」
「ううん、興味深い話色々聞けた。今勧められた井上岳志ランニング耐久動画見てたところ」
「……それ、面白いか?」
「今の岳志は青年って感じだけど、この頃の岳志は子供が背伸びしてる感じでなんか微笑ましい。なんか和む」
「そか、ならいいけど」
(こいつも変な奴だよなあ)
再実感。
「で、妹はなにを口走ったよ」
「エイミーさんだっけ? との出会いから別れ、運命的な再会から再度の別れまで。凄いね。国を超えた恋愛なんて。ドラマティック過ぎて少女漫画みたいだ」
「あれは前半は俺の暴走、後半はエイミーの暴走。お互いに若かっただけだよ」
「年寄りみたいなことを言うね」
興味深げに刹那は言う。
なんか、変だ。
なんか、好意的に見られているような……?
ズボンを貸したのはそんなにポイント高かっただろうか。
「……で、今は彼女、いるの?」
恐る恐る、といった感じで刹那は問う。
そう言えばこいつは一連の軟式王子騒動を知らないんだっけか。
去年の流行語大賞も知る由もないのだ。
「いるよ。大学生の年上彼女が」
数秒、沈黙。
「そっか。岳志は努力家で優しいもんね。素敵な人?」
「勉強教えてくれるし料理作ってくれるし仕事教えてくれるし今回みたいな急な出張でも快く送り出してくれるし。頭上がんねーわ」
「そっかそっか。それはいいことだ」
珍しく饒舌だなあと思う。
「それじゃあまた明日、私の家で。あ、部屋までは入ってこないでね。ロビーで待ち合わせ」
「わかってるよ。あのファンシーな女の子の部屋は若干居心地悪い」
「腹蹴るよ」
「内蔵破裂しちまう」
くすり、と刹那は笑った。
笑った? あの、刹那が?
「じゃあ、異変さえ起こらなければまた明日」
「ああ。また明日」
(なにが良かったんだ……?)
刹那が急に饒舌になった理由を考えてみる。
うちの妹と話して興奮していた?
エイミーとの過去の話が乙女心にきた?
命を助けたのが良かった?
服を貸したのがポイント高かった?
どれだろう。
想像もつかない。
(ま、いっか)
井上岳志ランニング耐久動画見るのだけは勘弁してもらって、後は仲良くできれば良いやと思った。
+++
「六大名家のうち五人が五つの結界の地に散っているようです。シェリアル様」
闇の中に声が響いた。
「ふむ……」
そう呟いた女性は、考え込むようにしばし黙り込む。
「残り一人は何故結界の地を任されていないのだ」
「信用が足りなかったようですな。遊撃隊的な地位にいて、便利屋として上手く働かされているようです。あの、井上岳志と共に」
「女神の傀儡か」
忌々しげに女性は言う。
「解析が完了しなかったのがつくづく惜しまれるな。残り一つの地。そこさえ掴めれば。歯がゆいものだ」
「今は待ちましょう。半分は人である安倍晴明さえ復活してしまえば、彼を矢面に立たせれば天界は我々に干渉しづらくなる」
「そうだな」
そこで、声は途絶えた。
続く




