見ちゃった
刹那は重度の火傷だ。いつ生命活動を停止してもおかしくないほどの。
なんのためのレベルアップだ。
俺は、刹那の体に手を添えた。
そして、唱える。
「ヒール!」
清浄な光に包まれて、刹那の体からみるみるうちに火傷がひいていく。
そして、玉のような肌が現れ始めた。
(ん、玉のような肌……?)
少し違和感を覚えたが、今の俺は必死だ。
そして、治療が終了した。
刹那の体には傷一つなかった。
(よし)
そこで思考がフリーズする。
刹那の服は一部を除き大半が焼失している。
見えている。
俺は慌てて目を逸らした。
あかねが歩いてやって来て、上着を脱ぐと、刹那に向かって放り投げた。
呆れたように刹那を見下ろす。
「馬鹿ね、六階道。防御に振り分けるだけの魔力は渡したはずだけど?」
「……私にそんな器用なマネ、できるはずない」
バツが悪そうな声だった。
あかねは深々と溜息を吐いた。
「それならそれで次善の手を打ったわよ! なんであんたはそんな壊滅的な手を打つの!」
「犠牲者が沢山出てた」
芯の通った声で刹那は言う。
「私が止めないと、と思った」
あかねは唖然とした表情になり、そして深々と溜息を吐く。
「あんた、そもそも安倍晴明復活賛成派じゃなかったの? なんでそんなに身をやつすの」
「眼の前の犠牲者を放置しておけるほど、私も器用じゃない」
あかねは、再度溜息。
「ほんっと、あんたって昔から純情っていうかなんというか……」
あかねは刹那から目を逸らして背を向けた。
「岳志君。この世界を閉じて。私は現実に向き合わなければならない」
その言葉の意味は良くわからなかったが、俺はクーポンの世界を閉じた。
焼け焦げた建物が視界に広がる。
傷の治療に奔走する陰陽師達がそこにはいた。
どよめきが起こる。
あかねは視線を張り巡らせる。
「十七人。十三人も死んだか……」
なるほど、現実に向き合うとはそういうことか。
責任者も中々に大変だ。
彼女はその重荷を背負って今後も戦うのだろう。
「あかね様、炎の精霊は……」
「私達三人が倒しました。けど、敵はいつ再度進行してくるかわからない。追加人員の補充を要請するから、各々次の襲撃に備えて」
返事の言葉が唱和する。
統制の取れた良い組織だ。そう思う。
半数近くの犠牲が出ていながら士気が落ちていないのは立派なものだ。
「あんた達はこれで帰っていいわよ。またなにかあれば援護を要請する。と言っても、今回は相性が悪すぎた」
あかねはバツが悪そうに言う。
「わかった。私も流石にこの格好だと恥ずかしい」
そう言った刹那は、あかねのパーカーを着て屈んでいる。
俺はズボンを脱いで、無言で刹那に差し出した。
刹那は申し訳無さげにそれを履く。
「ぶかぶか。線が細そうに見えても男の人なんだね」
「筋肉、結構あるつもりなんだけどな」
そう言えば、プロテイン等栄養学を取り入れたトレーニングはしていない。
プロも視野にいれるならそう言ったトレーニングも必要になってくるのだろうか。
プロ球界の大砲は大柄な選手が殆どで、中には肥満体にも見える選手もいるほどだ。
それに比べれば、確かに俺はまだまだ細いかもしれなかった。
と言っても、まだ本来なら高校二年生の年齢。遅いということはないだろう。
一旦俺達はヘリに戻り、帰路に着く。
「死ぬなよって言った傍からこれだ」
俺は呆れ混じりに言う。
「けど、あの場所ではあれが最善の策だった」
感情を感じさせない声で刹那は言う。
その頭を俺は何度も小突いた。
「あーかーねーもー次善の策があったって言ってたろ。先走りすぎ。自分の命を軽んじ過ぎじゃねえか?」
「……以後気をつけます」
今回は流石にライン超えかと思ったのか、刹那も流石に愁傷だった。
その日、俺は妹の連絡先を刹那に伝えた。
そして、六階道邸で刹那と別れた。
帰り道、妹に電話をかけて刹那と話すように頼む。
ポムポムプリンが好きなこととコミュニケーションに少し難があること、しかし純粋なことを伝えた。
とりあえず、精霊を二体。
残る敵は後何体だろうか。
未知数だった。
それにしても。
(生まれて初めて女の人の裸見た……)
悪いと思いながらも、刹那の生まれたままの姿が脳裏にこびりついている。
心の童貞ここに極まれりと言った感じだった。
悪いから早く忘れなければ。
そう思うのだが、あの綺麗な肌は、中々忘れられそうにない。
俺は頭を抱えて唸りながら歩いた。
(初めては先輩の予定だったのに~!)
ファーストキスはエイミーに奪われるしあられもない姿は刹那のものを見てしまうし。
俺、今なんか変な運気に恵まれている? そんなことを思うのだった。
けど、思い返してみれば女性の裸なら模造神事件の時にエイミーのものを見ているのか。
あの時は動転していてそれどころではなかった。
そして、それを思い返して、なおさら唸るハメになるのである。
(ああ、童貞である自分ってこんなに情けないんだ……)
いや、この年頃ならそんなもんか?
悩みながら一歩一歩、鈍い足取りで帰路に着く今日この頃だった。
+++
黒猫は意外な思いで飛び立つヘリを見ていた。
炎の精霊は人間にとっては鬼門。
相当苦戦して、引き分けに持ち込むかと思っていたが、アテは外れた。
なら、次を待つだけだ。
黒猫はその場をゆっくりと去る。
そして、次に精霊や天使が動き出した時にエネルギーを察知できるように、四方八方に手持ちの精霊を飛ばした。
黒猫は待つ。
次を待つ。
それが、岳志にとっては死闘になると知りながらも。
続く




