あかねの奮闘
炎の精霊に急襲された建物の責任者は一階堂あかねだった。
一階堂あかねの得意分野は集束。
周囲の仲間の力を一点集中させることができるのだ。
しかし、三十人の陰陽師の力を集束させた氷の刃を持ってしても、炎の精霊の炎のオーラの前には蒸発するばかりだった。
後は、防戦一方。
既にあかねの意識は犠牲者を減らすことへと傾いている。
(そもそも柄じゃないんだよねー、責任者とか)
隙はないかと伺ってみるのだが、あの炎のオーラは常に炎の精霊を囲んでいるらしく、それを突破しえる一撃は既に放って無駄だとわかってしまった。
氷の壁を四方八方に立てて防戦に回るしかないというわけだ。
その壁も、バターのように溶かして、炎の精霊は縦横無尽に飛び回る。
体術を鍛えられているあかねはともかく、術だけを基本的に学ばされる一般陰陽師達にとってこれは厳しい。
一人、また一人と蒸発していく。
(……撤退するか。いや、しかし)
ここで結界を放棄すれば、後でもっと酷いことになる。
もっと多くの犠牲が出る。
この場の犠牲を良しとする訳ではない。
命の重さに違いはない。
それでも、この場を放棄することによって起こる最悪の可能性をシミュレートしてしまうと、放棄の選択肢は選びづらかった。
力を集められるうちに決定打を叩き込む。
それしかない。
(やってみたことはないがやってみるか。氷と風の合成術式)
あかねの一階堂家は紗理奈と同じく呪術に長けた一族だ。
術のコントロール技術は他家より先んじていると言って良い。
言わば、陰陽連指折りだ。
風で炎のオーラを散らし、氷の槍で心の臓を一突きすれば、いかな強大な炎の精霊でもひとたまりもないだろう。
ただ、それを可能にするには五秒の溜め時間が必要だと瞬時にあかねは計算した。
五秒。
縦横無尽に周囲を移動する炎の精霊。あちこちから上がる悲鳴。
この中で五秒。
中々に難しい。
こうしている間にも犠牲は増え、あかねの力は衰えつつある。
時間はない。
非情にならなければならない。
「五秒、稼いで!」
そう言うと、あかねはその場に立って目を閉じて、集中を始めた。
一旦、借りていた力を皆に返す。
借りるのは術式が完成してからでいい。
イメージする。
氷の槍を包む風のバリアを。
悲鳴が上がる。それに負けじと決起の声が上がる。
永遠のような五秒間。
四秒。
三秒。
二秒。
一秒。
あかねは目を開いた。
炎の精霊は、眼の前にいた。
力を集束させる。
一瞬で氷の槍が具現化され、風が荒れ狂う。
炎の精霊の目が一瞬まん丸になる。
次の瞬間、氷の槍が炎の精霊の胸に吸い込まれていた。
炎のオーラが、消えた。
炎の精霊が地面に落ち、倒れる。
「勝った……?」
あかねは、信じられない、とばかりに呟く。
歓声が上がる。
次の瞬間、爆炎がその場を支配していた。
火だるまになった陰陽師達が必死に地面を転がって己が身についた火を消そうとしている。
爆発的な魔力の高まりを感じて間一髪氷のバリアで防いだあかねだが、唖然としていた。
炎の精霊は立ち上がる。
「俺の肌は高熱でな。その程度の魔力の氷なら立ちどころに溶かしてしまう。お前では実力不足ということよ」
そう言って微笑み、片手を上げる。
「じゃあな」
あかねは観念して、目を閉じた。
その瞬間、ふわりとした感覚に身を包まれた。
誰かに抱き上げられた。
誰に?
目を開けて確認すると、まだ自分より年下の少年の顔があった。
「井上岳志……!」
周囲はいつの間にか白い世界になっている。
「援護部隊到着。良く持ち堪えました」
刹那が言う。
あかねは一つ安堵の溜息を吐いた。
「どうでもいいけどさ。そいつ、強敵だよ」
「けど、勝たなきゃいけない。そうでしょ?」
「そっの通り」
あかねは感じていた。
この世界でなら感じる。
岳志からも、精霊クラス、いや、それ以上の魔力を。
続く




