風が静かね
「風が静かね」
六階道邸の屋上で刹那は感情を感じさせぬ声で言った。
「ポムポムプリン好きなの?」
「……こういう風の日は平和に過ぎる気がするわ」
スルーされた。
あの巨大ポムポムプリン人形を抱いて寝ていたのは別人だとでも言い張る気だろうか。
それにしても人は見かけによらぬものである。
無感情に見えた六階動刹那さんともあろう人がポムポムプリンに熱を上げていようとは。
サンリオグッズとか意外と集めているのだろうか。
部屋を見回したら意外な品が結構あったのかもしれなかった。
が、後の祭りだ。
刹那は既に鎧を着込んだ。
その重い鎧を脱ぐのはきっと、心から気を許した人間の前でだけなのだろう。
学校にもいた気がする。
なにを考えているかわからないやつ。
周囲と迎合せず、孤独を貫き、なにが楽しいのかわからず日々をただ過ごしていた奴。
ああいう奴も意外と私生活を覗けば趣味があったりするのかもしれない。
それを他人に見せるのが下手なだけで。
つまりは極端に狭いパーソナルスペース。
他者への拒絶。
理解の諦め。
六階道刹那は常に孤独と共にあるようだった。
「そういう生き方してて楽しいかー? 六階道」
「……なにがよ」
「私はポムポムプリンが大好きですって言ってみろよ」
「……ほんと、風が静かね」
そのキャラを貫く気らしい。
「他人と趣味の共有をしようとか考えないわけ? 紗理奈とか意外とそういうの詳しいかもよ」
刹那は恨みがましくしばらく俺を見ていたが、そのうち諦めたように溜息を吐いた。
「子供っぽいって馬鹿にされるだけよ。あの子、ただでさえ自分の容姿にコンプレックスがあるんだから」
「ああ、逆効果って奴か。じゃああかねは?」
「そういう歳でもないわね、あの人は。大学生だし」
「大学生だから逆に趣味が広いって可能性もある」
「あなた、うちのお母さんみたい」
「ママ……」
「お母さん」
顔を赤くして訂正する。
「人に友達を押し付けようとするところがそっくり。私は一人でいいわ。その方が気楽でいいもの」
「けど、それってきっと寂しいぜ。俺はずっと野球やってたからな。多人数の中にいる方が慣れてるわけだ」
「ご相悪様。私は当主の中でも孤立してたからね。理解者が少ない中で生きてこなければならなかった」
それもそうか。
周りが安倍晴明に憤ってる中で一人だけ可哀想だなんて純粋な想いを抱いていたのだ。
純粋さが仇となり、孤独を産んだ。
彼女の人生は、ある意味それによって歪んだのだろう。
俺は、名案を思いついた。
「じゃ、俺と友達になろうぜ。年齢も近いし、丁度良いだろ」
「あんたと……?」
刹那は胡散臭げに俺を見る。
「俺、サンリオキャラ詳しいぜ。妹と後輩がいるからな。なんならその二人も紹介できる」
刹那は呆れたように俺を見ていたが、再度溜息。
「ほんと、集団の中で生きてきた人って感じね。そういう風にひょいひょいネットワークを広げる感じが。私には今更そういう生き方は……」
「遅くなんてないさ」
「そうかしら?」
胡散臭げに言う。
「これから二十年、三十年と俺達は生きる。後から考えてみろよ。きっとこの瞬間は分岐点だ。俺の提案に乗れば二十年三十年と付き合えるネットワークができる。けど、乗らなければなにも生まれない。お前にも年相応に話ができる友人がいたって良いと思うんだ」
それも同性の、と心の中で付け加える。
「……どうしてそこまで私に親切にしようとするの? 上手くいかなかったらとか、気まずくなったらとか、考えないの?」
「駄目だったら駄目だったでいいんじゃないかな。経験はいつか生きる。そうやって苦戦や敗戦を積み重ねて俺は強くなった」
「苦戦や敗戦を積み重ねて……」
刹那は、唖然としたような表情になった。
そして、ふっと苦笑した。
「そうね。私は苦戦や敗戦から逃げているわ」
続けて言う。
「怖いのよ。最終的に否定されるのが。それが、紗理奈達にされたことだから」
そりゃ安倍晴明肯定派なんかしてれば溝も生まれよう。
幸いなことにうちの妹や後輩はそういう派閥の外にいる。
刹那は髪をかきあげ、柵に体重を預けた。
「いつからこんなに臆病になったのかしらね……すっかり錆びついてしまった。もう動けないほどに」
「錆びなら落とせばいいさ。うちの妹凄いぞ。黙ってても勝手に一人で喋ってるから。ありゃ相槌打ってるだけで勝手に盛り上がってくタイプだな」
「紗理奈みたいな子なのね」
「正にそれ」
「取り返せるかしら」
お、乗り気になった。
「約束だ。紹介するよ、うちの妹と後輩。サンリオキャラには詳しいから、そこらで話せば話が合うことは保証する。だから、死ぬなよ」
刹那は苦笑して、瞼を閉じて頷いた。
「わかった」
「お前の年相応の表情見てると安心するよ。昨日までは掴みどころがなくて不安だったんだ」
「感情を表に出すのが苦手なのよ。あなたみたいに土足でドカドカ上がり込んでくるぐらいの無礼な人ぐらいが丁度いいのかもね」
ちょっと皮肉交じりに言う。
今ちょっとチクッと刺された?
少しお節介が過ぎたかもしれない。
けど、悪い感触ではないと思う。
「ああ、俺は無礼なんだ。紗理奈にも頭撫でて困惑されてデリカシーないって怒られた気がするな」
「それはデリカシーない」
くっくっくと刹那は笑う。
本当、年相応の表情をしていれば可愛らしい。
今日一日で、こいつのキャラクターをなんか掴めた気がする。
「いやなあ、紗理奈さんうちの妹に似てるからついヨシヨシしたくなるんだわ」
「サイテーね。相手年下扱いされるのコンプレックスだってわかってるでしょうに」
「わかってるんだけど似てるんだから仕方ない」
肩を竦める。
「ま、気持ちはわかる」
刹那は苦笑顔だった。
電話が鳴った。
スマートフォンの画面を見て刹那の顔から感情が消える。
刹那は電話に出る。
「もしもし。はい、はい。炎の精霊なんですね?」
不穏なワード。
「と、言うことよ。ヘリに乗るわよ」
そう言って、刹那は颯爽と屋上を後にした。
俺はその後に続いた。
炎の精霊。
コールドレインがどこまで通用するかが勝負に影響するだろう。
+++
黒猫が、いる。
黒猫は見ていた。
炎を浮かべた青年が建物に突入していくところも。建物の内部からの氷の一斉射撃がそれを阻むのも。
一進一退。
状況は互角。
何故相手側は戦力を分散させているのだろう。黒猫はそんなことを思う。
しかし、思うのだ。
岳志や刹那がやってきたならば、絶対に苦戦するだろうな、と。
彼らは炎の属性に対して、致命的なまでに決定打が足りなかった。
続く




