六階道刹那
「その子が、例の?」
女性は、感情を伴わぬ声で言った。
与一は無言で頷く。
「軟式王子見たことないの?」
紗理奈が呆れたように言う。
「テレビとかインターネットとかしないから」
女性は淡々とした口調で言う。
「六階道刹那。六大名家最後の当主だ」
与一の紹介に、俺は息を呑んだ。
彼女は、今まで紹介されたどの当主よりも、独特の雰囲気というか、世界観があった。
「そう。貴方が井上岳志。女神が選びし者。ならば……」
紅を塗った赤い唇が流暢に言葉を紡ぎ出す。
「女神に言ってくれないかしら。安倍晴明を開放して欲しい、と」
俺は言葉を失った。
五階堂が言っていたサイコ女という言葉もあながち間違いではなさそうだ。
そして、彼女ならば敵に通じてもおかしくはない。そうと感じさせるだけのものが、確かにあった。
「あんたの目的は、安倍晴明の討伐だったか」
「いかにも」
彼女は無表情に頷く。
「彼の血を分けた六人の当主ならばそれも果たせるはずよ」
「無理だ。神代の存在に、現在の人間が挑むだなんて……模擬神計画で俺はそれを痛いほど良く知っている」
あの時の神と化したエイミーは、とても俺の手の届く存在ではなかった。
「けど」
女性は言う。
「魂が永遠なんて、そんなの地獄だとは思わない? 一人の人間を何百の時を超えて……許せることではないわ」
「それはあんたの感情論だ」
俺は必死に反論する。
エイミーが神化しかけただけでタワーマンションが一棹半壊した。本物の半神なんて現れたらそれこそどんな被害が現世に巻き起こることか。
「六階道刹那」
与一が口を挟む。
「陰陽連の中に裏切り者がいる」
刹那は黙り込む。
「岳志君を陰陽連に招き入れる承諾をしてくれないだろうか」
「それをするメリットが私にあるかしら? その子は、天界の側の存在。晴明を封印した神々の使いだわ」
「少なくともそれを拒否すればお前は疑われることになると思うが、どうか」
刹那は顎に手を当て、考え込む。
「……良いでしょう。痛くない腹を探られるのも私としては本心ではない」
そう言うと、彼女は夜景に視線を戻した。
「監視を続けるわ。後は他の当主の承認を受けに回ればどうかしら」
「恩に着る」
別れ。
けれども、ピリピリとしたムードが流れていた。
今にも切り合いが始まりそうな。
与一が背を向ける。
紗理奈はしばらく刹那の背を見つめていたが、そのうち己も背を向けた。
そして、俺は二人の後を追っていった。
「確かに、独特な人でしたね……理想論が過ぎるけど」
「箱入りで才能もある。けど、だからこそ現実を知らぬのだろう。誰か良い伴侶を見つければいいが」
そう、ぼやくように言う。
ともかく、こうして許可は揃った。
そして、俺は陰陽連本部へと案内されることになったのだった。
続く




