どんどん遠くなる
その日は珍しく六華が遊びに来ていた。
新しい学校の制服を見せに来た、という名目だったが、どうやら名目通りだったらしい。
早速新しい友達が出来たことや、雛子とは別の高校になってしまったことを報告してきた。
雛子はどうやら、高校受験には落ちてしまったらしい。
バイトに励んでいるわけだ。
本格的に、家を出る気なのかもしれなかった。
「ねえ、お兄ちゃん。新しい制服、可愛いと思わない?」
「うんうん、可愛いよ」
「私もちょっと大人っぽくなったなーとか思わない?」
「うんうん、思うね」
「押し倒したいなーと思ったり」
「それは思わないかな」
適当に妹の戯言をやり過ごす。
家のチャイムが鳴ったのはその時だった。
「すまん、ちょっと出てくる」
そう言って、腰を浮かす。
そして、玄関まで移動して扉を開けた。
眼鏡をかけてスーツをしっかりと着こなした大人の男性が立っていた。
「初めまして、エイミーのマネージャーをやっております、衣笠折詠と申します」
そう言うと、衣笠は名刺を俺に差し出した。
「……どうも。で、なんの用で?」
「この度、エイミーがゴールデンタイムのバラエティ番組に出演することが決定いたしました」
俺は目を丸くした。
「それはめでたいな」
「喜んでいただけますか」
衣笠は微笑む。
「そりゃもう。あんたも中々やりてだな」
衣笠の顔から、笑みが消えた。
「それで話なのですが。エイミーのマークはこれまで以上に激しくなる。エイミーに連絡する時は、私を通じて連絡していただけるようにお願いしにまいった所存です」
「ああ、そういう……」
つまり、今まで以上にエイミーと壁ができるというわけだ。
「ここからが本当にエイミーの執念場です。井上様にもどうか、軽はずみな真似は謹んでいただけるようお願いいたします」
「ああ、わかっ……」
「おかしいよ!」
口を挟んだのは妹だった。
「お兄ちゃんとエイミーは本当に仲のいい幼馴染なのに。エイミーはお兄ちゃんのこと好きなのに。そんな風に壁を作るなんて、絶対におかしいよ!」
「そのエイミーが、芸能界を選んだのです」
六華は絶句する。
「なにかの間違いだよ、そんなの……」
小声で、うろたえるように言う。
「それでは、今日のところはこれで失礼します。なにかあれば、名刺の連絡先に」
「ああ、わかった」
エイミーの邪魔をする気はない。
俺がエイミーの邪魔になるならば、俺は大人しく身を引く所存だ。
扉が閉まった。
「おかしいよ。こんなの、絶対おかしい……」
納得行かない、とばかりに六華は言う。
「それが偶像ってもんなんだ。お前も慣れろ。エイミーの自由奔放な振る舞いが許されたのは、個人Vtuberだったからだ。今は違う」
「今は……?」
「立派な芸能人だよ」
そう言って俺は肩を竦めると、テーブルの上に名刺を投げた。
六華はその後、意気消沈して帰ってしまった。
「おかしいにゃ」
いきなり部屋から声がして、俺はビクリとした。
猫モードのアリエルが、喋っていた。
「なにがだよ?」
「今の男、人間にしてはオーラが神性過ぎたにゃ」
「神性過ぎた……? 悪霊つきではないってことだろ?」
「堕天した元天使だとしたら?」
俺は、息を呑んだ。
エイミーはなにかに巻き込まれている。
アリエルは、そう言いたいのだろうか。
続く




