温もり
涼子に抱きつかれながら、俺は居心地の悪い思いをしていた。
涼子を抱き上げていたのは、傷心の涼子を床に置きっぱなしにしておくのも居た堪れなかったからだ。
こういう時に人間に優しく助言を与えるべき天使たるアリエルは猫に戻っている。
まさに駄猫。
しかし、この涙も、この温もりも、涼子が心の中のなにかを整理するために必要なものなのだと思うと、俺は背伸びしなければならないのだなと思った。
所謂、人に胸を貸せる大人。
涼子の俺の手を掴む手は、ずっと強く握られていた。
そのうち、涼子は落ち着いたのか、立ち上がった。
「みっともないとこ見せたね、岳志君」
おや、騎士君呼ばわりが岳志君呼びに変わっている。
「お安い御用ですよ。泣きたい時があったら、いつでも俺を頼ってください」
ああ、流されて安請け合いをする。
くくく、と涼子は笑った。
「だから、君の周りから女の子が絶えないんだ」
そう言って、涼子は煙草を取り出すと、火をつけて吸う。
「けど、エイミーちゃんにはフラれたんだっけ?」
「人の心の傷抉るのはんたーい……」
俺が情けない声で言うと、涼子はなにが楽しいのか、滑稽そうに笑った。
そして、言う。
「頼むぜ、ヒーロー。世界を救うところを、私に見せてくれ。そして」
涼子は、俯いて言う。
「君は死なせない。今度こそ、私が守るから」
それは一体どういう意味だ。
そう問おうとしたら、涼子が付け加えた。
「クーポンの世界を閉じてくれ、岳志君。私も、落ち着いた。これ以上二人きりでいたら、勘違いしちゃいそうだ」
それは、どういう意味だったのだろう。
涼子が地面に煙草の火を押し当てるのと同時に、俺はクーポンの世界を閉じた。
先輩が、背後から俺を追って駆けてきていた。
「どうしたの? 岳志君。その、また、悪霊絡み?」
「大丈夫大丈夫」
涼子が軽い口調で言う。
「解決したよ。ね、ヒーロー君」
「はあ、まあ、そうですね」
先輩は怪訝そうな表情になったが、聞いても仕方がないと思ったのか、通常業務に戻った。
「しかし、これでノーヒントに戻ったか」
俺は涼子とアリエルにだけ聞こえるように、小声で言う。
「なんか、匂うんだよね」
涼子は、呟くように言う。
「まるで相手は、時期を伺っているような。潜伏しているだけというなら、それだけなんだけど」
「時期を伺う、ですか……」
「まあ、私も調査範囲を広げてみるよ。悪霊未満を回収していた時の要領でね」
そう言って、涼子はロッカールームに入っていった。
「確かに、動きがなさすぎるにゃ」
アリエルは猫のままの姿で、呟くように言った。
不気味なほど平穏な世界が、不気味なほど平穏なまま過ぎていく。
続く




