禁術、夢喰いの具現化
「岳志君?」
先輩が戸惑うような声をあげる。
俺は涼子に向かって歩いていくと、決戦のフィールドのクーポンを開いた。
世界が白一色に塗りつぶされる。
この感触も久々だ。
アリエルが猫モードから人間モードに戻る。炎のドレスを身に纏っている。
「どういうつもりだい? 騎士君。ご挨拶じゃないか」
涼子がとぼけた調子で言う。
「とぼけるのはやめるにゃ、涼子」
アリエルが責めるように言う。
「お前から出ているのは、明らかな悪霊つきの気配にゃ。それも、濃厚な」
「あー……」
涼子はバツが悪そうに髪をかいた。
「抑えきれなくなったか。私の術でも」
「どういうことだ?」
俺の問いに、涼子はしばらく沈黙していたが、答えた。
「力が、いるんだ。それも、相手と対等の力が」
そう言った涼子は、もう笑ってはいなかった。
「喰ったにゃね、悪霊を」
アリエルが、ピンときたように言う。
「御名答」
涼子は、鋭い声で答えた。
「私は集めた。悪霊になりかける前のものを。それを集めて、同化体となった。陰陽師の力でそれを抑え込み、ここまで生活してきた」
「俺の見た悪霊つきは、皆その制御に苦しんでいた。あんただって苦しいはずだ。なんで、そんなことを……?」
俺の問いに、涼子は苦笑した。
「とるためさ。恋人の、仇って奴をね」
「しかし、それも限界がある。もうお前には抑えきれなくなってるにゃ。感情は不安定になっているだろうし、いつ本物の悪霊つきになってもおかしくない。そしたら最悪のケースにゃ。お前は二人目の鬼瓦になってもおかしくない」
「五月蝿いなあ……」
涼子は疎ましげに言う。
「私は、上手くやる」
「……涼子さん」
俺は、言う。根拠もなく。
「俺に任せて、肩の荷を下ろせ。もう、辛い思いをする必要なんてないんだ」
「確かに、君は強い。けど、君に恋人を無惨に殺された私の気持ちはわからない。君を殺してでも、私は前へと進む」
恋人の仇を取るために俺への協力を要請しにきたのに俺を殺すという。
本格的に思考がおかしくなっている。
俺とアリエルは目配せした。
これはもう、力づくでいくしかない。
「残念だ」
俺は、呟くように言うと、手に短剣を呼び出して腰を落とした。
「やるかい、騎士君。今君が相手にするのは、今まで戦った中で最強の敵だぜ」
「……今、苦しみから開放させてあげるよ、涼子さん。もう一度言う。後は、俺達に任せろ」
「そうか」
そう呟いた途端、涼子の体から禍々しい気配が放たれた。
涼子の影から、多数の悪霊がうめき声を上げて浮かび上がる。
「夢喰いの具現化、バク」
アリエルが、呟くように言う。
「確かにこれは、エリセルを除けば最強の脅威かもしれないにゃ」
アリエルの呟きに、俺は覚悟を決めた。
これだけの悪霊を抱えて平然とした表情で生きる。どれだけ辛かっただろう。
そんな生活から俺は、彼女を開放してあげねばならなかった。
続く




