クソ雑魚エルはないんじゃない?
「初対面でクソ雑魚エルはないんじゃない?」
先輩が腕を組んで不快げに言う。
まずい。あずきとアリエルのVtuber活動は秘密だ。
それがバレると連鎖的に俺の情報も色々と漏れることになる。
「ちょっとアリエルは活動しててさ。そういうあだ名が浸透してるんだ。な、雫さん」
あずきに振る。
歴戦練磨のコラボ魔のあずきなら上手く乗り切ってくれるはずだ。
「う、うん、そうなんだよ。新愛を込めてクソ雑魚エルなんて呼ばれてたりもするね。ねえ、涼子さん」
「うん、Vtub……」
「あー腹減ったな。雫さんの料理でも食べるか。涼子さん、あれお願い」
涼子は言葉を遮られえきょとんとした表情になる。
しかし、なにかを察したらしく苦笑顔になった。
「わかったよ」
涼子はポケットから札を取り出し、振るう。
生ぬるい風が吹いた。
桜の花びらが芽吹き、桜花びらが舞い始める。
「わあ」
四人が異口同音に発し、光景に見入る。
あずきはシートを引いて、重箱を車から運び出して並べ始めた。
「豪勢だねえ、あ・ず・きさん」
「あずき?」
あずきとは雫のVtuberとしての名前だ。
先輩が怪訝そうな表情になる。
「あずき?」
「私は雫だよー。間違えないでね」
あずきは余裕の表情で言う。
流石の貫禄だ。
そうして、花見が始まった。
先輩と二人、手を繋いで舞い散る花びらを見守る。
「綺麗だね」
「うん、綺麗だ」
花びら舞う中で佇む先輩のほうがよほど綺麗だったが、流石にそんな気障な台詞は言えなかった。
俺もまだまだ未熟である。
+++
「良いなあ……」
雛子が、岳志と遥を見て小声で呟く。
「そんなこと言っちゃ駄目よ」
あずきがやんわりと言う。
「エイミーのほうが、よほど辛い」
エイミーは、羨望の表情で二人を見ていた。
かつて婚約者だったエイミー。
今、どんな気持ちなのだろうか。
「おかしいのにゃ」
アリエルが呟く。
「と言うと?」
あずきが問う。
「悪霊の匂いが入り混じってるにゃ。これじゃあ誰が根源か特定できないにゃ」
その一言に、背筋が寒くなったあずきだった。
つまり、現在進行系で、この中のメンツに悪霊つきがいるということなのだろうか。
「重大発表~」
エイミーが言うのでそちらに視線が集まる。
「この度、エイミー、テレビドラマへの出演が決まりました!」
おお、とどよめきが起こる。
「マネ君がやり手でねー、雇ってよかったわあ」
運気が落ちていたエイミー。ここから好調に転じるかもしれない。
「絶対に見るよ」
岳志が言う。
「下手は出来ないなあ」
エイミーは苦笑顔で言う。
こうして、花見は穏やかに流れていった。
重箱から目を逸らしつつ。
続く




