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みんなで踊る

※主な登場人物

・湊鍵太郎…一年生。金管最大の低音楽器、チューバ担当。

・城山匠…指揮者。

・浅沼涼子…一年生。トロンボーン担当。

・越戸ゆかり、みのり…一年生。打楽器担当の双子。

 クリスマスコンサートまであと少しだ。音楽室では吹奏楽部が、最後の詰めの合奏を行っていた。


「低音さんがんばってー」


 『恋するフォーチュンクッキー』の合奏中、湊鍵太郎(みなとけんたろう)は指揮者の城山匠(しろやまたくみ)にそう言われた。

 鍵太郎の担当は低音楽器のチューバだ。普段はベースラインを刻んでいる、縁の下の力持ち。

 クリスマスコンサートでやる曲も大半が伴奏だ。しかしこの曲だけは、なぜか低音楽器だけのメロディーがあるのである。


「なぜ……?」


 鍵太郎は首をかしげた。しかも最後のサビに入る直前の、重要な部分だ。アイドルグループの曲のくせに、なぜこんなに野太い音を前面に押し出そうとするのか。しかもたった一小節だ。理解に苦しむ。

 悩んでいると、城山がこちらに言ってくる。


「ここはもっと踏み込んできほしいな。きみたちが主役なんだ」

「踏み込む、ですか」

「いっそのこと、ここは立って吹こうか?」


 そう言ってきたのはバスクラリネットの高久広美だ。彼女は鍵太郎と一緒にこの主旋律を吹く、低音楽器の先輩である。

 立つと客席に音が届きやすい、というのはある。しかし鍵太郎の楽器は、重さ十キロの金属塊、チューバなのだ。それよりはだいぶ軽いバスクラリネットを見て、鍵太郎は顔を引きつらせた。


「い、一小節だけのためにそれはちょっと……立つだけで終わりそうです」

「ジジイみたいなこと言ってんじゃないよ。要は気持ちだよ、気持ち」

「オヤジ女子高生に言われたくないなあ……」


 しかし、気持ちという言葉にはなんとなく、うなずけるものはあった。三年生の先輩たちがいなくなってからというもの、自分はまだ吹いていてどこか、心が沈んだままだったからだ。

 音はとても正直な鏡ですと、鍵太郎は引退した先輩に教わった。

 だからか、思うように全力を出し切れていない。別に、吹いていて楽しくないわけではないのだ。クリスマスの曲はどれも多彩で綺麗で、やっていて心が和むものがある。

 そして部員のみなからも、そんな沈んだ気持ちなんて持たなくていいと言われていた。それで少しずつ気持ちが晴れてきてはいるものの――まだ最後の棘のように、自分の心に刺さっているものがある。


 それの正体はもうわかっていた。

 誰に許されてもあの人に許されても、まだ自分が自分を許せていない。そういうことだ。


 誰かに許されて楽になってはいけない気がした。それはあの人に頼り切って失敗した、あのときの自分と同じだ。

 ここで周りからの言葉に甘えて流されてしまったら、自分は本当にあの人を好きでなかったことになってしまう。


 それは鍵太郎にとって、絶対に認められないことだった。

 勝手に背負って、勝手に苦しんでいるだけなのはもうわかっているけれど――それでもまだ、これはどうしても捨てられないものなのだ。

 城山はなんとなくそのあたりを察知しているようで、強くは言ってこない。けれどもよくない状態であることはちゃんと言ってくれている。

 今の自分の状態では、聞いている人の心には『届かない』。

 これまでの経験から、鍵太郎にもそれはわかっていた。

 わかってはいたが――その棘が抜けるなら、もうとっくにやっている。


「もうちょっとだよ湊くん。もうちょっとだ」

「はい……なんとか」


 解決法はどこかで折り合いをつけることなのか、それとも違うことなのか――それは誰に訊いても、教えてもらえないのだろう。

 誰がどうというわけでもない。これだけは自分の問題だった。



###



 部活が終わって楽器をしまい、鍵太郎は音楽室を出た。

 結局今日の合奏でモヤモヤは晴れず、どうしたらいいのだろうという思いだけがつのっていく。


「はあ……」


 ため息をついて昇降口を出る。すると、聞いたことがある曲が耳に入ってきた。さっきまでやっていた曲だ。


「……フォーチュンクッキー?」


 しかも原曲のようだった。そういえばCMなどであまりにサビを聞きすぎていたため、原曲はちゃんと聞いたことがない。

 元の曲もあそこは低音の旋律なんだろうか。気になって音のする方へ行くと、そこには見慣れた吹奏楽部の同い年たちの姿がある。


「あ、湊! おつかれー!」

「おつー!」

「おっつー!」


 三人が気付いて手を振ってきた。トロンボーンの浅沼涼子、そして打楽器の越戸ゆかりとみのりの双子姉妹だ。

 彼女たちはこの十二月の寒空の下で、スマートフォンで曲を流して踊っていた。

 前に涼子はうろ覚えのふしぎなおどりを踊っていたが、練習をしたのか今はまともに踊れるようになっている。元々中学では運動部だった涼子だ。身体を動かすのは好きなのだろう。

 しかし、ひとつ疑問がある。鍵太郎は涼子に訊いた。


「なんで踊ってんだ?」


 演奏人数が足りないから踊りはナシと、顧問の先生に言われたはずではなかったか。

 本番ではやらないはずなのにどうしてこうなっているのか。相変わらず行動が読めない涼子は、なんにも考えてない笑顔で答えてくる。


「楽しいから! 湊も踊ろう!」

「だから、こないだも俺嫌だって言ったじゃん!? 恥ずかしいんだよさすがに!」


 楽器を吹くために舞台に上がることが多くても、それとこれとは話が別だ。女子三人の中で男がひとり踊るとか、見られるのを想像しただけで恥ずかしくなってくる。

 そんな風に嫌がっていると、越戸姉妹が言う。


「別に恥ずかしくないよ。フォーチュンクッキーの公式ミュージックビデオ見た?」

「吹奏楽部の男子が踊ってるんだよー」

「マジで!?」


 さすがにそこまでチェックはしていなかった。驚く鍵太郎に、姉妹がスマートフォンを差し出してくる。

 彼女たちの言う公式ミュージックビデオだろう。動画サイトの画面が開いていて、再生ボタンを押すと曲が始まった。

 イントロが流れ、例のダンスをアイドルたちが踊り始める。撮影場所は町中で、ギャラリーが道に溢れていた。

 というか――


「……これさ、むしろギャラリーとか、普通の人の方が映ってることのが多くない?」


 そんな印象だった。最初はさすがにそうではないが、だんだんと一般の人たちが踊っている場面が増えていく。

 どこかの体育館に集まった大勢の大人。幼稚園の小さい子たち。女子高生にスーパーのおばちゃん、工事現場の兄ちゃんに、動きのキレたタクシーのおじちゃん。

 全然知らない人たちが、同じダンスを踊っていた。元々誰もが踊れるようにと作られたというダンスだ、いろんな人たちが踊っているのは、この曲のコンセプトでもあって――


「あ、出た出た。吹奏楽部の男子」


 楽器と一緒に、制服を着た男子学生の姿が映った。どうも男子校らしく踊っているのは全員男子だけれども、思った以上にノリノリだ。

 開き直るということを、確かに本番の中で自分たちは学んでいくものだけれど。それでもほんのちょっぴり、照れも見えたりしていた。

 だよなあと思う。その光景に思わず笑ってしまう。そうしている間にも、まだまだ人が増えていく。

 どこかのオフィスのサラリーマンとOLさん、バスケットボール部の男子、デコトラをバックにしたトラックのあんちゃん、父親に肩車された女の子――

 すごく多くの人がいて、でもだからどうしたというわけでもない。

 けどみんな腕を伸ばして笑っているのは、演技ではなく本当に楽しいからだということが、見ていてわかった。

 やたらオーバーに踊っているTシャツのお兄さんがおかしくて、声を出して笑ってしまう。そのままサビに入る。

 ギャラリーで周りにいた人たちがどんどん入ってきて、画面いっぱいに大勢の人が踊っているのが見えた。

 手を叩いて回って、動きは全員揃ってもないけどそれでよかった。

 今まで踊ってきた人たちが全員出てくる。映ってなかった人もどんどん入ってくる。ドレスを着たバーのお姉さんがいて、はっぴを着た市場のおじいちゃんがいて、吹奏楽部の男子学生が楽器をスイングさせていた。

 虹色の旗が降られて上からの映像になると、通りいっぱいに人がいるのがわかった。画面が小さいし画質も荒いけど、きっとみんな笑ってるんだろうなと思う。

 飛び跳ねて頭の上で手を叩いたら、最後の締めだ。

 歌がなくなって細かいビートが終わりまで走っていき、高い音が弾けて最後に突き上がった。

 歓声が上がって、キラキラした銀テープが弾ける。舞い散るそれの中で、踊っていた人たちが手を振っていた。

 そんな画面が引いて――そして消えていく。


「すごいよねー」


 いつの間にか隣で画面を覗き込んでいた涼子がそう言った。途中から入り込んでしまっていたので全く気付かなかった。

 鍵太郎も彼女と同じ感想だったので、「すげーなー」と言ってゆかりにスマートフォンを返す。


「ごめん、正直ちょっと軽く見てたとこがあったんだけど、全然そんなことなかった……。すげえわこれ」

「踊りたくなったっしょ?」

「ああ……って、なるかーい!」


 うなずきかけて、慌てて否定する。ノリツッコミだ。さっきまでの暗い気持ちでは考えられないことだった。

 でも、見てよかったと素直に思う。

 この気分に押されて、ちょっとずつ頭と心が動き始めている。それに、ああそうかと納得した。

 こういう風にやればいいんだ。

 いつの間にかやっているうちに笑ってしまうくらいの、そんな感じでやればいいんだ。

 それでいいんだ。そう思ったら、少し気が楽になった。


「あー、なんかクッキー食べたくなってきた」


 言うと、他の三人も乗ってくる。「お! 食べたい食べたい!」「チョコチップ食べたいー」「バタークッキーがいいー」と口々に彼女たちは賛成してきた。


「楽器吹くと腹減るよなー」


 夕飯前だが。久々に甘いものが無性にほしくなった。そういえば最後のサビの前は本当に低音だったのかをチェックし忘れていたが、まあいいかと思う。

 今やってる楽譜がああな理由もなんとなくわかった。あれを見たらわかってしまったのだ。

 たぶん原曲は低音ではないはずだ。聞いていて違和感がなかったので、あそこで低音が来ているはずがない。

 じゃあ今やっている楽譜はなんであんなことになっているかというと――これは鍵太郎の予想だったが、たぶん編曲をした人が、全員にメロディーをやらせたかったのだ。

 低音だからメロディーなしとかそうじゃなくて、あんな風にみんな騒いで踊ればいいと思ったのだろう。というか今のを見たら、そうとしか考えられなかった。

 大事なのはメロディーだからがんばろうとか、きっとそういうことではない。


「来年いっぱい新入生入って、今度こそ踊れたらいいねー」

「まあな。まあそんときも、俺は踊らないけどな」


 涼子のセリフにそう応じる。ただでさえ聞こえにくい低音楽器なのだ。これ以上吹く人がいなくなるのは困る。

 それに踊ってなくたって、心では同じことをやっているつもりだ。


「『音はとても正直な鏡です』、かあ……」


 そろそろイジけてる場合じゃない。段々と、段々と――そう思えてきたことが、嬉しかった。

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