新部長へのミッション・ワン
※主な登場人物
・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。
・宮本朝実…二年生。次期部長。バリトンサックス担当。
・渡良瀬鏡香…二年生。写真部の新部長。
見られていた。
知らない女の子に、めっちゃ見られていた。
しかも、わりと険しい眼差しで。学校祭二日目、部活の宣伝演奏の最中。
ステージの隅で楽器を吹きながら、湊鍵太郎はその女子生徒を観察していた。
つり上がり気味の勝気な瞳に、結い上げて後ろでまとめた髪。
川連第二高校の制服を着ていることから、この学校の生徒であることは分かる。ただ見覚えがないので、同学年ではないだろう。
となると、二年生か一年生ということになるが――知らない後輩に恨みを買うような覚えは、さすがにない。
しかもその女子生徒は、鍵太郎個人をにらんでいるというよりは、舞台そのものを恨んでいるように見えた。
吹奏楽部憎し、といった雰囲気が彼女の周りに漂っている。ステージ近くの観客から離れて、校舎の影からこちらを見つめる様子は明らかに敵意に満ちていて――いったい何がそこまで気に食わないのかと、問いただしたくもなった。
彼女は、誰なのだろうか。
心の中で首を傾げていると、演奏は終了し、辺りは拍手で包まれる。
謎の人物がいるにせよ、宣伝自体はいい結果に終わったようだ。今日の午後の本番に向けた、プレ演奏。
多くの人たちに届けと吹いた『ディズニー・プリンセス・メドレー』は、知名度も相まってやはり好評だった。
これは体育館での集客も期待できるだろう。『ありがとうございましたー! 本番はもっとたくさんやりますので、見に来てくださいねー!』という次期部長のアナウンスに、手を振り返している人がいるのを見ると、手ごたえを感じる。
ただ、やはり妙に気になる――と、鍵太郎はそのバリトンサックスの後輩の声と、盛り上がる観客に顔をしかめる女子生徒に目を向けた。
自分自身は今日で引退するが、次の部長に今後を託すにあたって、アンチがいるのはあまりよろしくない。
しかも校内にとなると。こういう場合、どうすればいいのか――
さて、と考えて、鍵太郎は。
「あのー、うちの部活に何かご用ですか?」
「……⁉」
正面から、彼女の話を聞くことにした。
東関東大会のときと違って今回は、明確な悪意は向けられていない。
ならば話し合いの余地はある。まずは原因を探ろうと、アタックした次第である。
まさかこちらから来られるとは思っていなかったらしく、散っていく観客に紛れて去ろうとしていた女子生徒は、ビクリと身体を震わせた。
しかし彼女は、気を取り直したのか先ほどと同じく押し殺した不満を宿し、言ってくる。
「……うるさいんですけど」
「うるさい?」
「あんたたちがうるさいせいで、うちの部の展示に人が来ないんですけど」
その言葉に、女子生徒がちらりと目で指した方を見れば――そこには『写真部 部員の作品販売・展示中』といった立て看板が置いてあった。
なるほど、と彼女の主張を聞いてうなずく。確かに静かにゆっくり展示を見たい人にとっては、今のように大人数でやった演奏はうるさかったかもしれない。
しかし――
「今の演奏は、ちゃんと生徒会に申請して許可をもらって、やったものです。他に適切な場所もありませんし、何より今日ここではもう演奏は行いません。今回は勘弁してもらえませんか」
正当性は、こちらにもある。
生徒会側から指定された以上、ここで宣伝演奏をする権利は当然あるのだ。時間も場所も、きっちり学校祭のパンフレットに記載されている――文句を言われるいわれはない。
彼女の発言は、客が来ないことから来るただの八つ当たりに見える。
ただ、それ以上にもう一段、深いところに理由がありそうなんだよな――と、鍵太郎はにらみつけてくる女子生徒を見て、思った。
悔しげに唇をかみしめている彼女は、吹奏楽部だけではなく己自身にも刃を向けているように見える。
この子はこの子なりに必死なのだろう。
なら、そこを解決すれば今後はこんな風に絡まれないだろうな――と判断し、鍵太郎がもう一歩、踏み出そうとすると。
「あれー。鏡香ちゃんじゃないですか!」
次期部長の宮本朝実が、声をかけてきた。
ステージの撤収作業はひと段落したのだろう。朝実は嬉々としてこちらに寄ってくる。
「あれ、宮本さん、知り合い?」
「同じクラスの子です! 写真部の部長になった渡良瀬鏡香ちゃんですよー」
「……なるほど」
訊いてみると、後輩は相変わらず元気よくそう答えた。
どうやら、朝実とこの写真部の彼女、鏡香は知り合いのようだ。
しかも同じ部長同士――この秋に新しく部長に就任し、この学校祭が初本番の者同士。
ふむ、とそんな二人を見て鍵太郎が考えていると、朝実が言う。
「鏡香ちゃん、どうしました? うちの先輩に難癖つけられたんですか?」
「み、宮本……べ、別に、そういうわけじゃないわよ。部活の展示の店番をしてたら大きな音がして、何事かって見に来ただけ」
気まずそうに吹奏楽部の次期部長から目を逸らす、写真部の新部長。
同じクラスといっても格別仲良し、ということもなさそうではある。ただ、基本的には誰にも分け隔てのない朝実だ。
鏡香のこの態度からしても、険悪な仲ではあるまい。
だとすれば――と、鍵太郎が二人を観察し続けていると、先に写真部の部長の方が逃げの手を打つ。
「そ、そうしたら私は、自分の部活があるから――じゃあね!」
そう言い残すと、鏡香はまるで逃げるように去っていってしまった。
展示がされている教室に、彼女の背中は消えていく。その後ろ姿を「ほえー?」と見送って、朝実は首を傾げた。
「なんなんでしょう。先輩、鏡香ちゃんと何を話してたんですか?」
「宮本さん。出番だ」
そんな次期部長の肩に、鍵太郎はぽんと手を置く。
こちらのステージを不満げに見つめていた彼女。
写真部の新部長。朝実のクラスメイト。
客が来ないことからの八つ当たり――そして、そこから予測できる鏡香の心境。
さらに朝実が率いることになる、今後の吹奏楽部の行く先などなど。そういった諸々を計算して。
「あの子のことは宮本さんに任せる。ちょっと彼女と、話してきてくれないかな」
この吹奏楽部の新部長に。
もっと周りを気にしてほしい後輩に――他の部活との折衝を、頼んでみることにする。




