百鬼夜行の花魁道中
※主な登場人物(今回は全員三年生)
・湊鍵太郎…部長。チューバ担当。
・浅沼涼子…トロンボーン担当。
・宝木咲耶…バスクラリネット担当。
・片柳隣花…ホルン担当。
「さてと。あとは本番までどう過ごすかだけど――」
学校祭初日、リハーサルを終えてから。
湊鍵太郎は体育館でぼそりとつぶやいていた。
今日の吹奏楽部の演奏は昼過ぎからで、まだだいぶ時間がある。
それまでは宣伝のためビラ配りをしたり、昼食を取ったりと各々が好きなように過ごすことになっていた。
かくなる鍵太郎もそのつもりでいたのだが――どうも、当日になってみると落ち着かない。
それは高校生活最後の本番でプレッシャーがかかっているというよりも、本番の後が個人的にある意味本番だからというのがある。
「……春日先輩たちは夕方に来るんだもんなあ。その頃までにはもうちょっと、心を決めとかないと。って、うう……」
今日の本番終了後、つまり夕方。
明日の合同演奏の準備のため、OBOGたちがここを訪れることになっているのだ。
そこにはつまり、卒業以来会っていないあの同じ楽器の先輩とも、顔を合わせるということでもある。自分で名前を口にしてしまって、鍵太郎の身体のソワソワが増した。
好きだった――かもしれない人と久しぶりに会うのは、こんなにも動揺を生むものなのか。
いくら逃げ出さない覚悟をしたとはいえ、正直逃げ出さないだけで精一杯なのだ。本音を言うのなら、今すぐここから走り去りたい。屋上まで行って意味も分からない叫び声をあげたい。
それをやってどうだという話でもあるが、そのくらいの衝動が身体の中で暴れまわっている。
リハーサル中に平静を保てたのは、それでも楽器を持てば演奏に集中するからだ。皮肉なことに、あの人と自分を結び付けたものは瞬間だけでも、彼女のことを忘れさせるものになっている。
それがいいことなのか悪いことなのか、分からないが――。
少なくとも、こうして楽器を吹いていないと色々な思いが噴き出してきて、あわあわとなってしまうことは事実なのだ。
しばらく会わなかった間、先輩はどうなっているのだろうと思う。
電話で話す感じだと変わらなかったから、あまり外見は変わっていないのではないだろうか。
いやそれとも、大学生となった彼女は多少大人びているのだろうか。走ったら転ぶドジさ加減は健在だろうか。こちらに向ける優しげな目線はそのままだろうか。
さっきからきょとんとした顔でこちらを見ている、同い年のアホの子のように髪は長いままだろうか――と。
「む」
本番用の虹色アフロを付けたままの浅沼涼子を見て、鍵太郎は我に返った。
「何の用だ浅沼。あとそれ、ずっとつけてて暑くないのか」
「吹いてると暑いけど、今は暑くないよ! なんかしっくりくるから、セットもちゃんとできたしこのままでいようかなって」
「どうしてアフロからポニテが突き出てるのか、原理原則を俺は知りたい」
どういう仕組みか、アフロの後ろから涼子のトレードマークであるポニーテールが飛び出しているのを見て、うめく。
この一体化加減を見るに、装着されたアフロは彼女の一部になっているのではないか。そう考えさせるほどのフィット感だったが、深く考えると泥沼にはまりそうな気がしたので突っ込まない。
たぶん本人もきっと答えられない。鍵太郎が半眼でいると、そんなアフロのアホの子は両手を上げ、満面の笑みで言ってくる。
「暇なら一緒に学校祭を見て回ろうよ! ビラも配ってさ、途中で色々買い食いとかするんだ!」
「ふむ。まあ、それもいいか」
どうせこれからどうしようか、困っていた身だったのだ。涼子の申し出は渡りに船である。
ひとりでいると先ほどのようにグルグルと益体もないことを考えてしまうのだし、だったら誰かと一緒に行動するのがいいに決まってる。
そして彼女も、宣伝するにしてもお目付け役がいないと不安な人材である。これまでの涼子との付き合いから、放流するとロクなことにならないのは容易に想像がついた。
まあそれはつまり、涼子と共にいる人間に、彼女の起こすトラブルが降りかかるということでもあるのだけれども――その一点だけが懸念材料だったのだが、同い年が。
「宝木さんからシュークリーム食べにおいでって食券渡されたんだ! なんか猫耳つけてクラスの出し物手伝ってるらしいよ!」
「行く」
とてつもないプラチナチケットを出してきたので、全部のデメリットが紙くずのように吹っ飛んだ。
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「湊くん、涼子ちゃん。ようこそ、うちのクラスのカフェに。ゆっくりしていってね」
「おおー」
「おおう……」
入り口で出迎えてくれた宝木咲耶を見て、涼子と鍵太郎はそれぞれ感嘆の声をあげた。
咲耶のクラスは軽食系の店にしたらしく、教室内は喫茶店ぽい雰囲気に飾り付けられている。
しかし一番の特徴は――生徒たちが全員、何かしらの動物の耳を付けていることだった。
「私が部活で猫耳つけて吹くって言ったら、じゃあクラスでもそうしようってことになってさ。気が付いたら『ケモミミカフェ・百鬼夜行』っていう名前がついてた」
そう言う咲耶も周囲の声に押されたからだろう。猫耳だけにあらず下は給仕の服装をしている。
着物にエプロン、俗に言う和装メイドさんである。
誰が考えたか知らないが、彼女らしすぎる服装に密かに拳を握らざるを得ない。
先ほど思わず声が出たのもこのせいだった。ねこみみさくや――分かってはいたがディープインパクトがすぎる咲耶のコスプレに、興奮する暇もなくただただ感心するしかない。
尊い。
「ご注文は何になさいますかー」
案内されるがままに席について、鍵太郎と涼子はメニュー表を見た。
シュークリームと言ったとおり、基本的には甘味がメインの店らしい。昼食になりそうなものはなかったので、二人でティーセットを頼みひと息つく。
「良い……」
「おいしそうだよねー!」
ぴこぴこと猫耳を揺らして品物をを用意しに行く咲耶。
その後ろ姿――ご丁寧に尻尾までついている――を見て鍵太郎はしみじみ言うわけだが、涼子の関心は隣の席のシュークリームにあるらしかった。
さすが頭がアフロだけある。そう言う彼女のクラスは一体何をやっているのだろうと思ってパンフレットをのぞいてみたら、『実験! 爆発アフロ部屋!』というあおり文句が見えたのでそっと閉じた。この教室には近寄るまいと思った。
「しっかし、二人でビラ配りなんて一年生のときを思い出すなあ」
咲耶が帰ってくるのを待つ間、話題は自然と学校祭関連のことになる。
脳裏に浮かぶ記憶に、鍵太郎は苦笑して伸びをした。思い返せば二年前、自分は涼子と一緒に校舎のあちこちに宣伝して回っていたのだった。
似たような状況だけに、当時のことを思い出す。
そういえば本番が終わった後に、同じように先輩のクラスのメイドカフェにも行った。
あの頃からやっていることは大して変わらず、自分も一年生の頃から大して変わっていない、気がする。
「まあ、あの頃より多少は進歩したと思うけどさ。演奏も、宣伝の仕方も。出力の方法が変わっただけで、根本にあるものは一緒ってことなのかなあ」
「湊は相変わらず、難しいことを言うねえ」
「まあな。難しいお年頃なんだよ」
あと、おまえはもうちょっと頭使えよ――と実は理系の涼子に苦笑して突っ込む。
同い年に言うには実に微妙なセリフだが、相手は永遠のアホの子・浅沼涼子である。このくらい言ってもバチは当たるまい。
彼女の本質を知ったのも、二年前のこの催しでだった。
目的に向かって突っ走りつつも、決して核心は外さない。
そんなこの同い年を、どれほどうらやましく思ったことか――そして同時に、どれほどまぶしく思ったことか。
思い返せば涼子という存在を正確に認識するようになったのが、二年前のこのときなのである。
その頃は彼女が音大に行くなんて、全くもってこれっぽっちも思いはしなかった。
「まあ――不安なんだろうな。やってることは変わらないのに、周りだけがガンガン変わっていくんだから」
同い年の可愛らしい服装にほっとしたからだろうか。
これでよかったのか――なんて、そんなセリフがつい口をついて出た。
先ほどから心の片隅で渦巻いている感情も、結局はそこにつながっているのだろう。
たぶん昔よりはよくなっているけれど、それは果たして状況に見合う変化だったのか。
あの人に相応しい自分になれているだろうか――二年前とは違う。
自分が納得する自分に、なれているだろうか――大きく道を踏み外したあのときから。
涼子のように真っすぐにはいかず、ずっとずっと回り道してきて。
ガワだけ立派になって、戻ってきたけれど。
あの人の前では、全てが虚飾となって剥がれ落ちてしまうだろうから。
そのとき出てくるのがどんな自分なのか、直視できなくて逃げ出しそうになる――。
「どんなに見繕ったって、限界ってもんはあるからさ。地金は隠しようがないっていうか、不愛想な人間はどんな格好しても不愛想っていうか――」
「……誰が。不愛想ですって?」
「そりゃあおまえ。花魁調の格好をしてもカッコイイなというか、むしろクールな雰囲気が引き立つ片柳ってすごいな――っていうか、はあ⁉」
ふいに聞こえてきた、馴染みの声に反応してぎょっとする。
目を向ければそこには、狐耳をつけて派手派手しい格好をした片柳隣花が、注文の品を持って立っていた。




