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最後の乗船

※主な登場人物

・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。

・豊浦奏恵…OG。現在大学二年生。

 夕日の差し込む体育館に、ひとり佇む。

 湊鍵太郎(みなとけんたろう)は学校祭の準備が終わったステージを、客席から眺めていた。

 指揮台に、扇状に設置された椅子。

 楽器にパンフレット、仮装の小道具もそろっている。

 足元には卒業式や入学式の際に敷かれる、緑のシート。その上にはパイプ椅子が並べられ、整然とした客席を作り上げていた。


 去年、追加で椅子を並べたこともあって、今年はさらに増席している。

 客席のひとつに腰を下ろして、鍵太郎は会場を見回した。明日明後日と、ここは準備したとおり多くの人間を出迎えることになるだろう。

 部員、観客、そしてOBOG――

 と、そこで先日交わした他校の生徒との会話がよぎって、鍵太郎は視線を下げた。


『学校祭は二日目がいいんだよ!』


 そう自分にかつて言った先輩は、一体誰だったか――。


「……ん」


 ふいに携帯にメッセージが入って、ごそごそとポケットを探る。

 画面には卒業した打楽器の男の先輩からの、文章が表示されていた。

『結局、今日まで豊浦奏恵(とようらかなえ)と連絡がつかなかった』という趣旨の連絡――色々手を尽くしてはみたものの、本人からの返信はなかったというもの。

 しょうがない、と返事をして、鍵太郎は息をついた。いくらメッセージを送っても、反応がない以上はこちらも手の施しようがない。


 あの先輩の席は用意してある。楽器も体育館に持ってきた。

 なら、あとは来訪を待つだけ――もし、当日来ても来なくても。

 大丈夫だ、平気だと言えるくらいの準備は、もうしてある。

 ただ、できれば顔を見せてほしいという気持ちはあった。このまま、何もないまま道が別れていくのは寂しい。

 印象的な先輩だっただけになおさらだ。だから、なんとか――と、祈るような思いで舞台を見る。あそこにまた一緒に乗れたら、なんと幸せなことだろう。


 人生は円を描くステージ。

 様々な縁を得てつないできた、遥かなる旅路。

 そこにはいつも、自分に関わってきた人たちの姿があった。そんな人たちが明日明後日とたくさん集まる。

 無人の体育館が、嘘のように騒がしさで埋まる。

 だから――


「大船に乗ったつもりで来てください、豊浦先輩。俺は、俺たちは最後までやり切りますから」


 胸を張ってみんなを出迎えられるよう、もう少しだけがんばろう。

 引退を目の前にした心を、そう言って奮い立たせる。誰一人欠けても、ここまではやって来られなかった。

 その中にはもちろん、連絡のつかないトランペットのOGだって含まれる。最後まであきらめない。誰一人だって――諦めない。

 諦めてなんて、やるものか。

 そんな腹積もりでやってきたからこそ、乗り越えられたことはたくさんあった。そんな当たり前のことを、もう一度確認して席を立つ。


 気合は、入った。

 誰かの力を借りなければそんなこともできないくらいの弱い自分だけど、今はそれを許してほしい。

 その弱さがあるこそ、つながってきた人たちがいるのだから――そう考えて、体育館の扉を閉じる。

 人生が円を描くステージだというのなら。

 全員が集まる二日目。

 そのときこそ――その輪が完成するときとなるのだろう。



 ###



 ――同じ夕日が差し込む部屋に、とある音楽が流れている。

 曲は『ディズニー・プリンセス・メドレー』。テーマパークのお姫さまたちが次々と出てくる、まるで女性だらけだった()()の部活のようなタイトルのもの。

 少人数でもできて、かっこいい曲。

 そんな都合のいいものはないかと、話し合った思い出がある。打楽器の後輩がぎゃーぎゃー騒いでむくれて、でも最終的にそれに決まった。


「あたし、やりたい」と、彼女が発した鶴の一声によって。

 できたら超かっこいいもの、なんていう子どもじみた理由に、最終的にはみんなが賛同してくれた。そんなことを――演奏を聞いて、思い出した。

 携帯から流れるその音楽の紡ぎ手は、多くは彼女の後輩たちだ。たまに癖の強いサックスとかトロンボーンとか、そういうのをやっているのはきっと同い年たち。


 少しずつ、指が動く。


 音の重なりが増えていって、テンポが上がっていく。

 まるでパーティを開いているかのように賑やかな演奏は、彼女の学校ならではかもしれない。かつて教えたトランペットの後輩の音がしたような気がする。

 二つ下のあの子の音はとても綺麗で、初めて音を聞いたときに感激して手を取ってしまった記憶がある。最初は仮入部で、ひとつの本番を経て正式に部活に入ってくれた大切な後輩。


 その子を連れてきてくれたのは、誰だっけ。


 ずっとずっと聞こえていたはずの低音。

 スピーカーはあまり拾わない、彼女と同い年の友達がやっていた、あの大きな楽器をやっていた子。

 初心者で入って、男子部員が少ないからってすごい苦労して、いつの間にか部長なんていう大役を任されていた子。

 最初の学校祭のときは、一日目に失敗して落ち込んでいたから二日目にがんばればいいと声をかけた覚えがある。打たれても打たれても立ち上がる、決して諦めない子だった。

 先輩の音は先輩だってすぐに分かるんです、なんて言ってくれた後輩――。


『俺、待ってますから』


 そんな彼の声が。

 携帯から聞こえてきて、豊浦奏恵は顔を上げた。

 ぎしぎしと身体が軋む。息が上手く吸えない。

 けれど、それでも心に湧き上がってきた衝動のままに、彼女は冷たい床から立ち上がる。


「……いか、なくちゃ」


 そう言って、奏恵は携帯を握った。

 かつて、彼女の演奏に救われた者がいた。

 そんな後輩の言葉と思いに救われて――届いた音に応えるべく、奏恵は再び歩き出す。

第28幕 旅路の果ての果実〜了

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