おまえらホント自分勝手
※主な登場人物
・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。
・千渡光莉…三年生。副部長。トランペット担当。
・豊浦奏恵…OG。現在大学二年生。今回は名前のみ。
「つまり、先輩は来るか来ないか分からないから、そのつもりで準備しておけってことよね?」
湊鍵太郎が改めて事情を説明すると、千渡光莉は確認するようにそう言った。
今度の学校祭の、OBOGを交えての演奏。
そこに光莉と同じ楽器の先輩が、来られるか来られないかがまだ決まっていない。なにせ本人と連絡がつかないのだ。ならばギリギリまで待つしかあるまい。
返事を寄こさないのだから、問答無用で欠席扱い――ということには、したくないのだ。
あのトランペットの先輩こそ、自分と光莉が吹奏楽部に入るきっかけになった、大切な人なのだから。
こちらが一年生の時の三年生。偉大なOGの顔を思い出しつつ、鍵太郎はうなずく。
「ああ。こないだ滝田先輩から連絡があって、そう言われた。俺としても豊浦先輩には来てほしいし、楽器を吹いてほしい。だからどうなってもいいように、席だけは用意しておきたいなって思って」
「分かったわ。パート割りとかもそのつもりでやっとく」
そしてステージに乗って欲しいという気持ちは、同じだったのだろう。光莉は特に不満を見せることなく了承してくる。
連絡を寄こさないことは迷惑千万だが、それ以上にあの先輩が反応をしない時点で、相応の事情があるのだと察せられた。
それくらいの信用を、自分たちは豊浦奏恵という人物に置いている。なんの返事もなく後輩をスルーする先輩ではないのだ、彼女は――ハイテンションで楽器を吹くことが大好きで、面倒見も良かった。
そんな人のことを、光莉は同じ楽器なだけによく目にしてきたはずだ。すると同じく当時の記憶を思い出していたのだろう。
しばらくの沈黙の後に、彼女は言う。
「……連絡がつかないっていうのは、ちょっと心配ね。なんでもないって顔で来てくれればいいけど」
「そういう人じゃないって分かってるだけに、落差に戸惑うよな……。まあ、こっちとしては受け入れ態勢だけは整えておこうって感じだ。滝田先輩にも頼まれたし」
連絡はなんとかつけてみるから、おまえらはあいつの居場所の確保を頼む――そう言ってきた先輩のことを思い出す。
どうもあの代は、突然欠員が出たりと変なところで安定しないときがある。
かつて男女関係のいざこざで、辞めた先輩がいるということだったし――そういった『誰かがいなくなること』には敏感になっているのだろう。
電話越しの先輩の声は、これまで聞いたことがないくらいに不安げなものだった。
実力は馬鹿みたいに十分なのだが、人間的にはどこか歪。
二つ上の先輩たちは、いい意味でも悪い意味でもぶっ飛んだ人が多かった。かつて自分たちは、そんな彼ら彼女らに振り回されたものだが――同じくらい、楽しい思いもさせてもらったのだ。
だったら二年経った成長の証として、あの人たちには恩を返したい。
お互いに、部長と副部長でもあることだし。そう鍵太郎が言うと、光莉は「……そうね」となぜか、複雑な顔でうなずいてきた。
「やっとあんた、部長を降りられると思ってたけど……結局最後の最後まで、気が抜けないわね」
「まあなあ。あとは後輩に仕事を押し付け……ゴホン。引き継いで、引退っていう風にしたかったけど、どうもそういうわけにはいかないみたいだ」
先日、部長の仕事が大変すぎて疲れていないか、と彼女には心配されたばかりだ。
光莉はなんだかんだ言いつつも、こちらの心配もしてくれている。けれど、現状を見るにそうそう休んでもいられない。
「部活の行く末を見届けて、次の部長に引き継ぎをして。同い年の他のやつらのことも見送って――ひっそりと隠居でもしようと思ってたけど、そんなことも許してくれないんだもんなあ」
光莉の向けてくる視線に、そう言って苦笑する。
三年生の九月。引退はもう目の前に迫ってきているのに、いつまで経っても終わりが見えない。
ゆっくりと最期を迎えるつもりだったのに、たったそれだけの穏やかな望みも叶えてもらえそうになかった。
ささやかな願いは騒々しい連中にかき消されて、おちおち死んでもいられない。
けれど、まあ――それでいいかと思っている自分もいる。
「でも、さ。先輩たちの力になれるなら、もう少しだけがんばりたいなって俺は思うんだ。豊浦先輩だけじゃなくて、みんなの、さ――居場所を作れたらなあって。そんな風に思ったりもしたよ」
会場の体育館が今年で取り壊されると聞いて、よりその思いは強くなった。
誰かを守るためなら無限の力を発揮する。
この部活に入ってから、幾度となくそんなようなことを言われてきたが、今がむしろそのピークなのかもしれない。
滅びの前に歌を歌おう。
閃光が燃え尽きる前に、一番輝くように――祭りで花火を打ち上げて、炎を胸に焼き付けよう。
モノがなくなってもその記憶があれば、そこが自分たちの居場所になる。
これまでずっと、そうやって進んできたようなものなのだし――と言うと、同い年は反論できなかったようで、悲しげにうつむいた。
そんな彼女に、鍵太郎は改めて声をかける。
「ま、大げさに言ってるけど、なんだ。今後もトラブルはあるかもしれないけど、もうちょっとだけ付き合ってくれってことだよ。で、おまえにも結構な確率で迷惑かけそうだから、よろしくってこと」
「……分かった。それと、豊浦先輩のこととは別に、ひとつ訊きたいんだけど」
「なんだ?」
「今度の音楽室でやるOBOGとの練習に、春日先輩は来るの?」
「……」
同い年の問いかけに、それまでの部長モードでの対応が一瞬、崩れる。
厳重に閉めた扉の向こうから、ダン――と、そこに置いてきた自分が扉を叩いてきたのが分かる。
『開けろ』と。
力の限り。その音に動揺したものの、事実を思い出して鍵太郎は息をついた。
音楽室開放日。
学校祭のOBOGを交えた演奏のリハーサルのため、その日は卒業生を学校に招いて練習をすることになっていた。
さすがに本番まで一回も一緒に練習しないのはどうかと、土曜日ではあるもののOBOGのため、音楽室を開けることにしたのである。
足りない楽器の手配もできたため、本格的に卒業生たちは参戦してくることになるが――そこに。
「……春日先輩は、来ないよ」
同じ楽器の先輩は来られないと既に連絡はもらっていたので、鍵太郎は同い年の質問に短く答える。
大学生になっても楽器を吹き続けているあの先々代の部長は、その日本番があるようで、申し訳ないが行けないと本当に済まなさそうに言っていた。
合奏には当日まで参加できないことになるが、別に吹いていないわけではないのだ。なんとかなるだろう。
まあ、名前だけでここまで狼狽える自分の心の準備ができないことが、非常に問題ではあるのだが。不意打ちであの人のことを思い出しただけで、この体たらくだ。
昔好きだった人と久しぶりに会うことになる。どんな顔をしていいか分からない。
いや向こうは全然、そんなこと知りもしないんだけど――と、上がった心拍数をなんとか抑え込みつつ、鍵太郎は続ける。
「忙しいんだよな、みんな。今度の練習には来る人も来ない人もいる。まあ、急に決まった練習だし、本番来てくれればそれでいいんだけどさ。ていうか、自分たちから学校祭一緒にやろうって言っておきながら来ないって、あの人たち本当勝手だよなあ」
「……分かった。もういい」
苦いものを感じながら話していたからだろうか。それとも痛みを無視して、心のどこかを誤魔化しながら話していたからだろうか。
口調が妙に早くなって、いらないことまで口走ってしまった。
けれどもこれも、副部長に何か言わなくてはならないからだ――そう思って、気が焦るままにしゃべっていたら。
光莉は最初と似たようなことを、しかし全く違う表情で言ってきた。
「……つまりは、先輩は来られないから、そのつもりで準備しておけってことよね」
「あ、ああ、うん。そうだけど……」
「結局さ」
最後の最後まで――と言っていたときと同じ、複雑な表情で彼女は言う。
自分の望みは、叶わないといった風に。
「あんたも、春日先輩と同じ。どこまでいっても『部長』なのね」




