ヨーロッパのお盆、大晦日の祭り
※主な登場人物
・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。
・宝木咲耶…三年生。バスクラリネット担当。
「湊くんは、学校祭の仮装どうするの?」
部活を終えて帰ろうとしたら、湊鍵太郎は宝木咲耶にそんなことを訊かれた。
仮装。
十月末、ハロウィンの時期に行われる学校祭では、毎年なにかしらのコスプレをすることになっている。鍵太郎たちのいる吹奏楽部も例外ではなく、部員たちは思い思いの格好をしてコンサートを開いていた。
さて、今年はどうするか――宙を見上げて考える鍵太郎に、咲耶は言う。
「涼子ちゃんに訊いたら、『……アフロ?』って言ってたよ。だから別に本当、なんでもいいんじゃないかなあって思う」
「そっかあ。アフロかあー」
いかにもトロンボーン奏者らしい発想に、鍵太郎は同い年のアホの子のことを心の中で生暖かい目で見た。
ハロウィンの定番とかぶっ飛ばして、本当にあの楽器の人間は自由である。まあ、チューバ奏者としては彼ら彼女らのそういうところが好きなのだけれども。
見ていて飽きない、その天真爛漫さを愛しているのだけれども――とりあえず、真似しようとは思わない。
「被り物は暑いからなあ。一年生の時はフードを被ったけど、本番始まってものの数秒で汗だくになったし」
「十月末って寒いけど、演奏し始めるとそうでもないんだよね。だから意外と薄着でも大丈夫なのかも」
「ほんとハロウィンて、なんの格好してもいいみたいな感じになったよなあ」
ほんの少し前までお約束のような衣装があった気がするが、今では仮装となれば何をしてもいいという感じである。
アフロも地味ハロウィンもどんと来いといった様相だ。業も懐も深い。自由過ぎるとかえって困るんですよ――と先日言っていた後輩の顔を思い出し、首をひねる。
同い年のような奇想天外な発想があれば話は別だが、こちらはあいにくと普通の人間である。なんでもいいと言われるとかえって困る。
すると、そんな鍵太郎に咲耶が言った。
「そもそもハロウィンの仮装ってさ。死者の霊から身を守るためなんだよね」
将来の夢もあって、古今東西の色々な文化圏のことを調べている彼女だ。
そんな咲耶にとっては、メジャーになったハロウィンについてなど携帯で調べるまでもないのだろう。
スラスラと自然に、ヨーロッパのあるお祭りのことを彼女は述べる。
「十月の末って、向こうでいう年の境目みたいなものなんだよね。つまりこっちでいう大晦日みたいなもの」
「ふんふん」
「で、あの世とこの世の境目があいまいになって、悪い霊とかもやってきちゃうから魔よけのために仮装するっていう。まあ、ご先祖様も家族を訪ねてやってくるから、いいことなんだけどさ。これは日本でいうお盆だね。つまりはハロウィンは、お盆と大晦日が一緒に来たようなものだってこと」
「その二つが同時にやってきたら、確かに大騒ぎにもなるよなあ」
寺生まれの咲耶が言うと重みがある。
死者の霊が大群を成してやってくるのだから、それはお祭り騒ぎにもなるだろう。にぎやかで、でもちょっと怖い雰囲気がハロウィンにあるのもうなずける。
その時期に学校祭があるというのも、奇妙な縁を感じる――そんなことをふと、鍵太郎が考えていると。
咲耶は続ける。
「元々は、仮装には仮面を付けてたんだって。今みたいなものじゃなかったらしいよ」
「へー、そうなんだ。じゃあ仮面でもいいかな、手軽だし、面白いし」
仮面舞踏会的なヒラヒラしたやつをつける自分を想像して、なんて馬鹿なんだろうと思う。
でもそういうの嫌いじゃない。同い年のアフロを笑う資格がないほどに、こちらもこちらで変人なのだ。
正義のヒーロー、チューバ仮面爆誕――と思ってから、自分はメガネをかけていることに気づいた。メガネの上から仮面をつけられるのか、真剣に検討してみるあたり本気で救いようがないと思う。
「紐で縛ればなんとかいけるか……? いやむしろ、そうした方が汗でメガネがずり落ちなくていいのかも……?」
「後ろを振り返ったらチューバ仮面とアフロトロンボーンがいるって考えると、バスクラリネットとしては心の準備をしたいところです」
演奏の位置的には鍵太郎とそのアホの子の前に来るバスクラ吹きが、遠い目をしてそう言った。確かに、咲耶がそういうおもしろ系の仮装をしているところは思いつかない。
基本的には今ハロウィンの解説をしてもらったように、正道をいく優等生といった感じなのだ、彼女は。
そういえば、咲耶はどんな格好をするのだろうか。せっかくここまでの知識があるのだから、本式の仮装をしてもらいたいと思うのだが、さて――
「ええと。で、時代は下ってもっとフランクに、ハロウィンは楽しまれるようになりました。仮装は仮面から幽霊、コウモリに。あとは魔女に黒猫など――」
「それだあああああああ‼」
「えっ⁉」
同い年の発した『黒猫』という単語に鍵太郎は思わず叫んだ。
ねこみみさくや。
今年見はぐった正月の巫女咲耶に勝るとも劣らぬ、完璧なコスプレの誕生である。
汚れなき美少女と猫耳の組み合わせは、破壊力抜群だ。
それはもう、以前本式のメイドさんをやってくれたあの二つ上の先輩くらいに――
「魔女っぽい格好して猫耳つければ最高だと思うよ宝木さん! 後で写真撮らせてほしい!」
「えっ、あ、うん、そこまでアレならやってみようかな……? 私も特に、何にしようか決めてたわけでもないし……」
「後ろはチューバ仮面とアフロトロンボーンが守らせていただきます! ですからなにとぞ、安心してコスプレ召されるようどうぞよろしくお願い申し上げます!」
「ええと。どうして額を床に擦りつけて土下座するのかは分からないけど、とりあえず顔を上げてもらうためには了承するしかなさそうだからその格好をすることにします、うん」
「よっしゃあああああああ‼」
素晴らしいものが学校祭当日に拝めることが決まり、鍵太郎は勝ち鬨をあげた。
諸手をあげて立ち上がる。涙を流さんばかりに――しかしそれは仮面の下に隠して、本番では惜しみない演奏をしてみせよう。
立派な変態となった鍵太郎に、咲耶は困惑気味に声をかける。
「ええと……とりあえず湊くんは、仮面っていうことでいいのかな……? どんな仮面をつけてくるのかちょっと今から、おもしろ楽しみだけど……」
「もちろんです! キラッキラのラメとふわっふわの毛が付いたやつがないか、今から百円ショップ行って探してきます!」
「百円ショップにそういうのあるかなあ……」
ブラジルのサンバ並みに派手なものを探しに行く部長を、その同い年は首を傾げて見送った。
テンションもカーニバルレベルで高いが、まあ――そのくらいの気合いがあれば大丈夫だろう、と咲耶は息をつく。
「……さて、これで最低限の予防線は張れた、かあ」
学校祭はハロウィン――死者の霊がやってくる、その時期に行われる。
OBOGもやってくる。入り乱れて、どっちが生者か死者か分からなくなる。
とりつかれれば、魂すらも持っていかれる。
「お盆のときって、川で水遊びをしちゃいけないっていうよね。連れていかれちゃうから」
そうならないよう進言した、おまじないのような仮装の提案だったが、果たしてこれがどこまで効果を発揮するか。
川連、と冠されたこの学校のことを意識しながら、彼女もまた歩き出した。
「湊くんがどっちを選ぶか、何を選ぶか。どんなものであっても、私は見守らせてもらうことにするよ」
生者を選ぶか死者の仲間入りをするか。
部長という仮面を被り続けるか、それを外して素の自分に還るのか――
魔女の格好と耳をつけることを決めた咲耶は、彼の決断をどんなに愚かであろうとも、最後まで見届けることにした。




