未来視の魔女
※主な登場人物
・高久広美…OG。現在大学1年生。バスクラリネット担当。
「そっか。あのバカ弟子の挑戦は、ここで終わったか」
コンクール、東関東大会の母校の結果を見て、高久広美は息をついた。
もう卒業してOGとなった今、弟子であるあの現部長に直接的には関われない。
けれども、やはり気にはなるもので――どうなるかな、と外側から見守っていたら、結果的に後輩たちの行動はそこに行きついたのだ。
はっきり言えば、そうなることは広美としては予想がついていた。
現部長に『まるで未来を予知しているようだ』と言われたその目は、多少の変化はあれども未だ衰えていない。
だから、彼ら彼女らがどうなるかも、半分くらいは確信めいたものがあった。しかしそれは、後輩たちのことを信頼していなかったということではない。
彼ら彼女らがどういう人間で、どういう選択肢を取るか、ということを十分に理解した上の話だ。
感情論でなく『そうなるべくしてなった』という、広美にとっては事実確認のようなものである。
そんな彼女のことを、時に非情と言う者もいる。
だがそれは、半分正解で、半分誤りだった。でなければ、OGとなった今になってもこんな風に、後輩たちの動向を気にしてはいない。
もっとこうするべきだ、ああするべきだと口やかましく提言すればよかったという向きもあるかもしれないが、それは彼女の流儀ではないし。
そもそも今の部活は、今の部員たちのものだ。当事者でない人間が首を突っ込むべきではない。
だから、ずっとずっと、外側から見守っていて――ひょっとしたら、自分の予想が外れていてくれないか、と密かに祈っていた広美は。
弟子の言葉を借りれば十分に人間的な部類の『魔女』ではあった。
「大丈夫。がんばったよ。みんなも。湊っちもね」
苦笑して、そのバカ弟子の顔を思い浮かべる。
彼のことだから、きっと大いに傷ついて、そして大いに輝いたことだろう。
そんな現部長を励ますべく、さらに別の用件もあって、広美は携帯に手を伸ばした。
その用事というのはもちろん、次のイベント――学校祭についてのことだ。
「んー。大筋は当たってたんだけど、そこかしこでちょっとずつ、あたしの予測は外れてきたなあ。やっぱり中に入っていろんな要素を計算に入れないと、精度って上がらないね」
広美自身も自覚はしているのだが、彼女の未来予測にはひとつ欠点がある。
それは『あくまで自分の得た情報の範囲でしか、予知が働かない』という点だ。
だから今の二、三年生の行動はなんとなく分かっても、それに絡む一年生の動きが読めていないこの状況下では、その分だけ結果に若干の差異が生じる。
そして実際、次の展開に――もっと言えば自分と同い年の行動に、思っていたものとは違う変化が現れていた。
「まさか優が、OBOG演奏に参加するとは思わなかったなあ」
その同い年、前任部長の名前をつぶやいて、広美は天を仰いだ。
こちらの予想では、同じパートの先輩の件もあって、彼女は学校祭の卒業生を交えた演奏には参加しないはずだったのだ。
学校祭に行きはするし演奏も聞きに行くだろうが、その輪の中に入ろうとはしないと思っていた。
客席で大人しく、拍手をするにとどまる図が見えていたのだ――そしてそんな同い年に、広美は付き添うつもりだった。
だからOBOG演奏への参加不参加については、申し訳ないが保留にしていた。現部長たるあの弟子には悪いが、そんな同い年を置いて自分だけ楽しく演奏しようという気には、毛頭ならなかったのだ。
けれども、今回コンクールの手伝いに行ったあの前部長は、どういう風の吹き回しか学校祭に参加すると言い出したのである。
「あたしの知らないところで、何かが動いてる。あたしの予想外の何かが、起きようとしてる」
そんな直感めいたものが働いて、そしてそれに強く興味を引かれる。
自分の見える未来しか実現しなくて、そのことに絶望しかけたこともある彼女からしてみれば、計算外の要素は十分に目指すべき光だった。
その光のことを、あるいは希望と呼ぶのかもしれない。
「さあ――今度こそ正真正銘、予定調和をぶっ壊す最高の舞台の始まりだ」
そう言って薄闇の中で、黒い魔女はニヤニヤと笑う。
その瞳は本当に楽しそうで、そして現役のときと同じような、生気に満ちたものになっていた。
今度こそ、大手を振って彼ら彼女らの動きの中に入れる。ならもう、決まり切った未来になんて後輩たちを向かわせたりしない。
存分に関わって、しみったれた感情なんて消し飛ばしてやろう。
あのバカ弟子の言っていたとおり、未来を『視る』のではなく『作って』やろう――そして、その一部になってやろう。
そう思って、広美は『彼』にメッセージを送る。OBOG演奏への参加。及びそれに伴うあれやこれやについて。
コンクールが終わってこれで引退に向かってまっしぐら、なんてことにはさせてやらない。
もっともっと、あともうちょっとだけ苦しんでもらう。そんなことを人の悪い笑みを浮かべて考えていると、後輩から返信があった。
それは素直に参加を喜ぶもので、そして驚きも文面からは滲み出ている。
そんな弟子の様子に、広美はおかしげに笑った。
「何を言っているのさ。久しぶりだからってナメてもらっちゃ困るよ?」
思い出すのは約一年前。最後に一緒に演奏した後に言った、自分の言葉だ。
去年の学校祭。それが終わった後に告げた、ひとつの予言――
「『またね』って言ったろ。あたし」
またいつか、こんな日が来るのではないかと思っていた。
それが思ったより早く来たことに、師匠として喜びを隠せず――広美は心の底から愉快そうに笑いながら、弟子とのやり取りを再開する。
差し当たって、個人的なことだが問題がひとつあるのだ。なので、それをどうにかするため面倒だが少し動かなくてはならない。
こうして、自分の予測した未来ではなく本当の意味での『未来』を見据えるため。
吹奏楽の根底、バスクラリネットの吹き手。
黒い杖を従えた魔女――未来視の魔女は、再び暗躍を開始した。




