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アメイジング・グレイス

※主な登場人物

・城山匠…外部講師。

・都留…合宿所管理人。

 そして花火で遊ぶ生徒たちを、城山匠(しろやまたくみ)は合宿所のロビーから眺めていた。


「……」


 夜の庭で、噴き出す光に照らされてはしゃぐ二人の顔は、とても楽しそうに見える。

 それを記憶の中の『彼女たち』に重ね合わせて、城山は目を細めた。かつての指揮者としての自分は、もうそこにはいないけれど。

 その光景は、どこか。


「懐かしいですね」

「……女将(おかみ)


 と――後ろから声をかけられたので、振り返る。

 するとそこには、この合宿所の管理人の都留(つる)がいた。割烹着に柔らかい垂れ目。品よく笑うその姿は、まさに女将といった様相だ。

 昔と、何も変わらない。


「以前ここにいらしたときも、あんな風にはしゃいでいたものです。生徒さんも、あなたも――ねえ、城山さん?」

「……僕も、若かったですからねえ」


 もう、十年近く前になるだろうか。

 教えていた学校の生徒たちと、ここにやってきたことがある。あの頃は、背負うものも特になく、気楽で、身軽で――だからこそ、無鉄砲だった。

 持っているものがほとんどなかったから、捨てるものもなかった。

 それゆえに走り過ぎてしまった、というのはある。大切にしようと手に持っていたら、そのまま握りつぶしてしまったのだ。

 力加減すら、全く知らなかった。

 あれは、若かったで済まされるものなのだろうか。

 ずっと、自問自答してきた。すると都留は、こちらの返答にくすくすと笑って言う。


「そうですねえ、若かったですよね。少なくとも、部屋の障子(しょうじ)に酔っぱらって全部指で穴を開けるくらいには」

「やめてください。昔のことです」


 急に自分の恥ずかしい過去を出されて、城山は頭を押さえた。親戚に小さい頃の失態を、大きくなってから言われたときのような恥ずかしさだ。

 あと、そのときの障子紙は責任を持って自分が張り直したはずだ。ご丁寧にも、枠内全部に指を突っ込んで穴だらけにしたあの真っ白い紙を――この女将に怒られながら。

 そう、彼女こそこちらのかつての姿を直接知る、数少ない人間なのだった。

 しかし、ずっと一緒にいたわけではない。それこそ年に数度会う、親戚のようなもので――苦い顔をしていると、都留は続ける。


「でも、安心しました。人づてにあちらの学校を辞められたと聞いたときは、とても驚きましたので……今日のお変わりない姿を見たときは、本当によかったと思ったんですよ」

「……僕、そんなに変わってません?」


 元気そうでよかった、と言いたいのだろうけれども。

 先ほど意地悪をされた身としては、素直に受け取れずそんな風に言い返してしまう。ここに来なくなって十年、自分なりに色々やってきたつもりだった。

 けれどもそんなに、進歩なく見えるのだろうか。それこそ子ども並みのイタズラをしていた、あの頃のように――そう思っていると、女将はじっとこちらの顔を見てきた。

 年月は経ち、経験を積み。

 外見もそれなりに、変わっているはずだ。よくよく見返せば、都留も少しだけ目元に(しわ)が増え、歳を取ったように感じられる。

 まあ、そんなことを言ったらまた怒られるのが目に見えているので、口には出さないけれども――そんな世渡りの(すべ)ばかり変に上手くなってしまって、本当に嫌になる。

 あの頃とはもう、変わってしまった。

 それが寂しいような気もするし、ほっとしたような気持ちにもなる。それがここに来てから、ずっと波のように寄せては引いてを繰り返しているのだ。タバコでごまかそうにも今は止めたし、酒を飲んだら歯止めが利かなくなりそうだし。

 何かを聞いていないと、まるで落ち着かなかった。

 だからこうして、テレビをぼーっと見ていたのだ。そうしたら、教え子のひとりがやってきて――と、思っていると。

 女将はにっこりと笑って、口を開いた。


「うん。変わってません。城山さんは、やっぱり城山さんです」

「……女将」

「申し訳なさそうに障子を張り替えていた、あのときと同じ顔です。だいぶ経ちましたが、根本は一緒ですね。本当に懐かしい」


 そう言って、彼女は再び窓の外を見た。

 そこでは今の生徒たちが、楽しそうに花火をしている。

 炎に照らされて――ちかちかと瞬いている。


「思い出しますよ。あなたが生徒さんたちと、一緒にああしていたときのことを。キャンプファイヤーをやって、その火をみんなで囲んで。しゃべってケンカして、それから――楽器を吹いていたときのことを」

「……」

「あのときはわたし、それを見てるだけでしたけれども……あれからちょっとだけピアノを習って、弾けるようになったんですよ。ご一緒にいかがですか?」


 練習室のピアノ、時間的にはまだ音出しができます――と、女将はホールのカギを取り出した。

 彼女は、伴奏を務める、と言っているのだ。

 あのとき、自分が吹いていた曲の。今となっては皮肉なのか巡り合わせなのか、不思議な縁を感じる曲の、そのタイトルを思い出し。


「――そうですね。やりますか」


 城山匠は(かな)わないなあと苦笑して、そう言ってうなずいた。

 その返答に、都留は嬉しそうに微笑み、うなずく。


「そう言うと思ってました。だってあなたは――あのときと一緒で、今日もここに楽器を持ってきたんですから」



###



 花火をしていると近くのホールから演奏が聞こえてきて、湊鍵太郎(みなとけんたろう)はそちらを向いた。

 ピアノの音と、トロンボーンの音。前者は誰が弾いているのか分からないが、後者はそのハッとするような響きで、誰のものかすぐに分かる。


「城山先生……」


 あの同い年のアホの子とは、また違う。

 彼女も上手いが、あの指揮者の先生の音はそこからさらに、深みが加わるのだ――その道のプロだからこそ出せる、本物の音。

 圧倒的な柔らかさと、優しさ。

 でも、しっかり芯がある響き――そんな音を聞いて、鍵太郎は我知らず息をついていた。

 すると、一緒に花火をしていた同じ楽器の後輩が言う。


「この曲、聞いたことあります。……ええと、なんて名前でしたっけ?」


 流れてくる演奏に首を傾げると、彼女の短めの髪が揺れた。そんな後輩は、あの先生の過去を知らない。知らなくて良い。

 けれども、せめてこの曲名だけは覚えておいてもらいたい――そんな気持ちを込めて、鍵太郎は答える。


「これは、『驚くべき恵みアメイジング・グレイス』って曲だよ」


 思わぬところから誰かに救われた、そんな心境を歌う曲。

 それを聞いた後輩は、「ああ、そうでした!」と無邪気に目を輝かせた。その様は、ひょっとしたらあの先生がかつて教えていた、どこかの学校の生徒たちに似ているのかもしれない。

 真相は、城山自身しか知らない。

 しかし、この曲を選んだということは――当時の彼の周りにいた人間は、もうここにはいないけれども。

 あの人はきっと、どこかで許されたのではないかと――そんな風に思うのだ。

《参考音源》

Amazing Grace(バグパイプ演奏です、最後にわーっと英語のしゃべりがありますので心の準備を^^;)

https://www.youtube.com/watch?v=OJi-uKOlLV4

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