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いつも心に太陽を

※主な登場人物

・湊鍵太郎…三年生。部長。

・根岸奈々…一年生。今回のコンクールでは補欠。

「こういうのやると、いよいよ本番が近いって感じがするよなあ……」


 部活終わりの音楽室で、みなからのメッセージが書き込まれた楽譜を見ながら。

 湊鍵太郎(みなとけんたろう)はしかし、まだどこかその日が来てほしくないという気持ちでそうつぶやいていた。

 楽譜を色画用紙に張り付けて台紙にし、空いた部分に書き込みをする。

 そんな二年前もやったことを今年もやろうということになって、色画用紙を買ってきたのだ。

 今年のカラーは藤色。『プリマヴェーラ』、この曲に合う色は何色かという議論になって、結局この色に落ち着いた。本当はピンクにしようという意見もあったのだが、そこは部内唯一の男子部員の自分がツラすぎるので勘弁してもらった。

 そんな話になるくらい、この曲には多くの色のイメージがある。


「白、紺、緑、青、黄、オレンジ――」


 その他にも、色々――それこそ虹のようにたくさんの色を含んでいる印象だ。

 けれどもその中で、全体を通して合っているという結論になったのが、この薄紫といった感じの藤色だった。

 そして今そこには、部員たちからのメッセージが記されている。『響かせよう低音!』『いつもどおりに』『一音一心』――よくある言葉だけれども、口に出してしまうと途端にそれでいいのかと首を傾げたくなるものたち。


 特に最後の、一音一心だ。

 これは野球でいえば一球入魂、音のひとつひとつに魂を込めて演奏しようというものになる。まさに青春、といった文言だが、この間の出来事を思い出す。あまり過剰に曲に思いを込めすぎると、曲本来の形が見えなくなるのだ。

 だからちょっと疑ってしまう、この言葉は――と、部員たちからのメッセージを素直に受け取れない自分に罪悪感を覚えつつ、鍵太郎はそのメッセージたちを眺めていた。


 なんというか、うまく言えないのだが――こうではない気がする。

 色についても同じだ。それぞれの印象が統一されていない。まあ、話し合いでまとめられはしたのだけれども。

 それだって『これ!』という感じではなかった。

 みんな自分たちを正確に言い表す、色も言葉も出せていない。

 こんなんで本番に向かうとか、大丈夫なのだろうか。と、まだその日が来てほしくない原因にここで思い当たって、鍵太郎はため息をついた。演奏だって匂いは感じるようになったけれど、未だに明確なビジョンは浮かんでこない。


 まだ足りない。

 まだどこか、ズレている。

 あと少し、もう少し、何か――と藤色の色画用紙を前に、思い悩んでいると。

 そこに、一年生の根岸奈々(ねぎしなな)が話しかけてきた。


「先輩せんぱい。その楽譜とメッセージ、写真を撮らせてもらっていいですか? あとで部活のSNSにあげるので」

「あ、いいよ」


 奈々は先日できた、部活のSNSアカウントの管理手伝いを任されていた。

 メインで活動をしているのは、その設立を言い出した、打楽器の双子姉妹なのだけれども――彼女たちは彼女たちで楽器の準備をしたりと大変なので、こうして写真を撮る係は奈々に振ったのである。

 この後輩は、コンクールの本番には乗らない部員だ。

 初心者で人数の関係上、仕方がなかったが――けれど彼女は部活を辞めることなく、こうしてメンバーのサポートをしてくれている。


 そういえばホール練習のときも、奈々は舞台袖から写真を撮ったり、演奏を聞いたりしていた。

 周りが本番に向けて準備をする中で、自分はその手伝いのみ――というのは、下手をすると腐ってしまいそうな状況だと思うが。

 それでも彼女は、いつも明るく振る舞ってくれている。今も「ええと、あ、指が入っちゃいました、もう一枚!」といった風に一生懸命、与えられた役割をこなそうとしていた。

 そのへこたれない強さは、どこから来ているのだろうか。

 奈々からすると自分たちは、どう見えているのだろうか――そんなことを考えつつ、鍵太郎は撮った写真を再度チェックする後輩に言う。


「よかったら、根岸さんも楽譜に何か書き込みしてくれないかな。なんでも構わないよ」

「えっ、いいんですか?」


 やはり舞台には乗らない部員ということで遠慮があったのだろうか、奈々は驚いたようにそう言ってきた。

 そんな後輩に、「もちろん」と鍵太郎はうなずく。


「いいに決まってるだろ。根岸さんだって立派な部員なんだから。ほら、書いて書いて」

「わ、分かりました! ええっと……」


 なに書こうかな、と奈々は考え始める。この後輩は当日、楽器運びなどの補助をやることになっているが、せめて言葉だけでもステージに乗せてやりたかった。

 演奏はしないけれど、彼女だってその音の一員なのだということを。

 聞いている人は誰も知らないだろうけれど、せめて自分だけは心に刻んでおきたかった。

 すると奈々は、何かひらめいたようで顔をぱっと輝かせる。そして「これにします!」とこちらの色画用紙にメッセージを書き込んできた。

 その言葉は――


「『いつも心に太陽を』……?」


 みなとは違う立場にいるせいか、他とは少し雰囲気の違うもので。

 鍵太郎が目をしばたたかせていると、後輩は「へ、変ですかね?」と慌てたように言ってきた。

「そんなことないよ」と慌ててこちらも首を振ると、奈々はそれを見て、安心したように息をつく。


「よかった。わたし、初めてなのでどういうこと書いていいか、よく分からなくて。とりあえず好きな言葉を書いてみたんです」

「好きな言葉なんだ、これ」

「はい。いつだったか、どこかで見かけて。それ以来たまに、落ち込んだりしたときとかに思い出します」

「へえ……」


 ということは、これは彼女のポリシーということなのだろう。

 初めはうまくいかなくて、なのにどうしてこの後輩が、いつも明るさを失わないのか。

 その理由が、少し分かった気がする。『いつも心に太陽を』――それは、太陽という単語も相まって、鍵太郎にとっても特別なものに思えた。

 ()の光。かつて好きだったあの人。全てを照らすもの――命を(はぐく)むもの。

 成長を導くもの――最初の炎。

 はじまりの火。

 色々なものを連想していると、奈々は言う。


「わたし、舞台袖とかからみんなを見てて思うんです。太陽みたいだなって」


 そばで見てて、演奏を聞いていて。

 キラキラしてて、まぶしくて――太陽みたいだなって、そう思うんですよ、と。

 それこそ直視していられないほどのことを後輩が言うので、鍵太郎は恥ずかしくなって目を背けた。


「いや、そんな大層なもんじゃないよ。今だって、曲の色も情景もよく見えなくて、どうしようと思ってるくらいだし……」

「わたしには見えますよ?」

「え?」


 そんな風に、あっさりとってきた奈々のことを。

 鍵太郎は今度こそ、驚いて見つめた。確かに、この後輩は最も間近で自分たちの演奏を、聞いている人間ではあるが――だからこそ、なのか。

 自分たちとは似て非なる立場の、外からこちらを見る後輩は、見えたものをそのまま言う。


「色が見えないのは、みなさん自身が色だからです。曲の情景が見えないのは、みなさんの音そのものがその光景の一部だからです。でも、わたしには見えてますよ。だからこそ、今度はわたしもそうなりたいなって――そう思えるんです」


 お日さまは、自分じゃ自分が輝いてるってことに気づけないんですよ――と。

 奈々はそれこそ、太陽のように笑った。

 自分ではその輝きは見えない、なんて言葉は。

 それこそ、彼女のためにあるようなものだと思った。

 これがあるからこそ、この後輩はこんなにも真っすぐに立っていられるのだ。『いつも心に太陽を』――その言葉は、いつも彼女の中にある。

 そして、奈々にとっての太陽も――


「先輩は、落ちこぼれのわたしのことを、ずっと気にかけていてくれました。だからここまで、負けないで来ることができたんです。本当は、わたしなんていない方がいいんじゃないかって思うこともあったんですけど……役に立ちたいって、それ以上に思って。だからがんばってこられたというのは、あります」

「……根岸さん」

「次こそは、わたしステージに立ってみせますから」


 先輩を追いかけて、がんばります、と。

 彼女はまぶしく笑って、ぎゅっと両こぶしを握った。

 誰かが誰かの太陽になって、それで周りの景色を照らし出していく――それが旅路になっていく。

 だというなら、今この瞬間だって、その光景のひとつなのだろう。

 自分とこの後輩、双方にとっての忘れられない思い出。

 太陽。

 それが自分で見えないのなら、匂いだけで景色が見えないのも当然だ。

 だって自身が、もうそれそのものなのだから――『本物』なのだから。

 思わぬところからそう保証してもらえて、モヤモヤしていた気分が急速に晴れていく。一音一心――その言葉の自分なりの解釈の仕方も分かった。

 これは、音に心を込めようということではなく、音のひとつひとつに心が表れるということなのだ。

 流れに乗せて、その曲を誰かに届けるための言葉。

 そして、その心をまず最初に、受け取った後輩は。

 撮った写真を確認していたのだろう。その途中で、はっと息を呑んだ。


「あ……あー⁉ しまった⁉」

「え、どうしたの?」


 その画面に写っていたのは、自分の楽譜への書き込みである。

 藤色の色画用紙に書かれた、部員それぞれからのメッセージ――その色とりどりの言葉たちを見て。

 奈々は、初めはいつもうまくいかない後輩は、自分の書いたメッセージに頭を抱える。


「わたしも金賞祈願っていうことで、金色のペンで先輩の楽譜に書き込めばよかったです⁉ ウソウソ、今回はちゃんとうまくいったと思ったのに……! せ、先輩、待っててください、今から金色のペンを借りてきて上書きしますから……!」

「いや、大丈夫だから、そこまでしなくても……」


 そういえば楽譜には、誰かが金賞祈願ということで持ってきたのだろう。ところどころに金色の書き込みが見える。

 でも別に全部キンキラキンにする必要はないし、奈々のメッセージはそれだけで十分、こちらの力になるものだ。

 しかし彼女は、それでは納得できなかったらしい。全力で首を振って、そして言ってくる。


「ヤです! 先輩の譜面だからこそ、絶対金色で書きたいんです! すごくすごくすごく、大事な本番なんですから‼」


 この半年、それは先輩を見ててよく分かったんです――! と叫んで。

 後輩は、ダッシュで金色のペンを取りに向かった。その背中を見て、鍵太郎は苦笑する。あの調子なら、奈々の今後は明るいのだろう。失敗してもへこたれない精神。それを、彼女は持っている。

 そしてそれは、自分も同じで――


「この目の前の景色こそが、忘れられない旅路のひとつ、かあ……」


 窓の外を見れば、夕暮れの空は薄紫色に染まり。

 その中で太陽は、金色に輝いている。さらにすぐ(そば)には、いつかみなで登った山があって――

 それは、今この手に持っている楽譜そのもののように思えた。

 東関東大会。

 その本番は、もうすぐそこだ。

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