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電子の海の乙女たちの歌

※主な登場人物

・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。

・越戸ゆかり、越戸みのり…三年生。打楽器担当の双子。

「東関東大会に行くにあたってさ、うちの学校がどう思われてるか、エゴサしてみたんだよ」

「ネットの海で私たちがどう扱われているのか、ちょっくら調査してみたんだよ」

「おまえらやめろよな、そういうの……」


 打楽器の双子姉妹のセリフに、湊鍵太郎(みなとけんたろう)は半眼でそう返した。

 初の県大会突破、支部大会に挑む。

 それが膨大な情報量の中で、どれほどの波紋(はもん)を起こしているか。興味がないといえば嘘になるが――わざわざ調べてみるほどのものではない。

 大体、そういうことをやってロクな結果になるとは思えない。鍵太郎としてはそう考えるのだが、同い年の二人、越戸(こえど)ゆかりと越戸(こえど)みのりは違うらしい。


 以前にもネットで様々な演奏動画を見つけてきたり、そちら方面には明るいこの姉妹である。

 そのおかげで社会科の先生との交渉材料が見つかったりと、色々と恩恵も受けているのが――さすがにそこまでやる必要はないんじゃないかと、呆れた眼差しで二人を見ていると。

 ゆかりとみのりは、携帯を扱いながら言ってきた。


「いやー、だって気になるじゃん? うちの学校がどう思われてるか」

「これから県を越えて世間という大海原に出るにあたって、自分たちの立場を自覚しておきたいじゃん?」

「そうかもしれないけどさー、そういうのってあんまり、いいこと書かれてなさそうなイメージなんだけど」

「あー。それは電子の海への偏見ですよ、このリアル世界の住人め」

「論より証拠よ。これ見てよこれ」

「えー。どれどれ……」


 持っていた携帯を突きつけてくる双子姉妹に、鍵太郎は渋々反応した。彼女たちが操作していたそれには、自分たちの学校の情報が記されているらしい。

 まあ一応、部長として目を通しておこうか――そんな気持ちで、画面をのぞき込む。

 すると、そこには。


「『定期演奏会もやってない弱小校』『知らない学校』『まあまあいい演奏してたよ』……」


 思った通り、知って嬉しい話など何もなかった。

 そこはどこかの吹奏楽関連の掲示板のようだが、見ているだけで気が滅入ってくる。よくもまあ、こんなものを見て彼女たちはケロッとしているものだ――と、半眼でゆかりとみのりを見れば。

 双子姉妹はやはり何でもないような調子で、こちらの眼差しに応えてくる。


「ああ。湊、こういうののスルースキルない? 持っておいた方がいいよ。これからこういうの、目にする機会もあるだろうから」

「いちいち反論してたら、こっちの身が持たないし。その裏に隠れてる感情は文章だけじゃ分からないから、邪推しない方がいいよー?」

「いや、まあそりゃ分かってるけどさ……」


 知らない人に知らないところで、自分たちのことをこんな風に好き勝手に話されてるというのは、あまり気分がいいものではないのだ。

 顔が見えないだけに、まるで忖度(そんたく)もない。言いたいことを隠すことなく言い合っている――という意味では自分の理想に近いのかもしれないが。


 それだって人を思いやる心があってこそだ。

 なぜ見せた。どこか思うところが出てくるのは、分かっていただろうに。

 いくら耐性があったところで、自分たちの学校がこんな風に散々に言われているのを目にするのはあまりに忍びない。

 ある意味では演奏だって、そんな忌憚(きたん)のない意見にさらされる機会ではあるだろうが――全く知らない人に、場合によっては前知識のない曲を聞かせることになるのだし。


 となると、これから東関東大会に向かうにあたって、そういうメンタルの強さを身につけろということなのだろうか。

 初めての舞台に上がるにあたって、容赦なく吹き付ける嵐にも耐えろということなのだろうか――そう鍵太郎が(すさ)んだ心で、それこそ邪推していると。

 ゆかりとみのりは、そんなこちらの心境など露知らず、携帯を振って言ってくる。


「むしろ、こんな風に話題に上がるようになっただけ、うちの学校はすごいと思うよー?」

「そうそう。世の中には箸にも棒にも引っかからずに、流されていくものだってあるわけだし。そういう意味では、幸せだと思うけどなー」

「……だからといって、批判を甘んじて受けろってわけじゃあ、ないだろう」


 有名税、という言葉があるけれども。

 それだって、あまりにもあんまりな話だ。大物動画実況者だって、毎日テレビに出てくる芸能人だって、人は人だ。何を言ってもいいわけではない。

 それと同じラインで語るのは、おかしいのかもしれないけれど――自分たちだって、そうだ。

 何も感じないわけじゃない。

 そりゃあ、それに対抗できるだけの精神を持てという言い分は分かる。どこまでも強く在れれば、そうなれるのかもしれない。ある程度は。


 けれど、それにだって限度がある。

 自分たちが発したものを受け取るのは、いつだって自分たち以外の人間だ。なら、それをコントロールすることはできない。

 いわゆる、『どんな努力をしてきたかなんて、観客は知らない』という考え方だ――久しぶりに、嫌なことを思い出してしまった。

『結果が全て』。一年生のときの、初めてのコンクール。あの強豪校の顧問と、相対したときのことを。

 あのときは、純粋に怒りしか湧いてこなかったけれど――


「……ひょっとしたらさ。あのいけ好かない野郎も、こういうのから自分や学校を守るために、ああなちゃったのかもしれないな」


 大事なものを守るために、周囲への圧を高めていった。

 それは無自覚だったのかもしれないけれど、誰かを守ろうとした行動であったのかもしれない。

 だとすれば、かの強豪校の顧問も、やはり存在くらいは許してやってもいいかな、とは思うのだ。未だに解せない部分はたくさんあるが――今では自分たちの学校も、こうして誰かと誰かの話題にはなるくらいのところには、なってしまったから。

 こうした荒波に常にさらされることが、分かってしまったから。

 その船を預かる者として、そういったプレッシャーは理解できなくもないのだ。納得はできないけれども、あの県下トップと言われた古豪は、こうした外部の批判に常にもまれ続けている。


 そうしたものに接し続けているから、あんなにも強い学校ができあがったのかもしれない。

 やり方はともかく、そうなった事実は受け止めなければならないだろう。問題は、いかにしてああならずに自分たちが進んでいけるかどうかだ。

 結果がすべて、なのかもしれないけれど。

 その過程を、どう過ごしていけるかどうかだ。すると、その時を一緒に過ごしてきた同い年は――ゆかりとみのりは。

 実にあっけらかんとした口調で、言ってきた。


「ねえ、何ブツブツ言ってるの湊? 練習しすぎておかしくなっちゃったの?」

「そんなにこの書き込みがショックだったの? 大丈夫? 病んでない?」

「……おまえらに期待した俺が馬鹿だった」


 やはり当たり前のように自分とは考えていることが違う彼女たちに、目が再度半眼になる。

 なんとなくこれまで共に歩んできた道のりから分かってくれるんじゃないかなー、なんて考えていたけれども、そんなことはなかった。

 二人は二人で、全く別の観点で動いているのだ。これからのことをどうするかなんて、話さずに分かってもらえるなんて思ってない。

 思ってないったら思ってない。そう思って鍵太郎がこっそり頭を抱えていると、ゆかりとみのりはくるくる回って、上機嫌で言ってくる。


「まあ、そんなわけで。私たち、これを見て考えたわけですよ」

「そうそう。部活のSNSアカウントを作ろうかなってさ」

「……え?」


 双子姉妹から出てきた、自分では考えつかなかった一手(いって)に、気が付けば呆然とした声が出た。

 部活のSNSアカウント――そういえば、去年の学校祭であの楽器屋からも言われたけれど。

 自分があまりそういった方面に明るくないこともあって、これまでやってきてはいなかった。

 けれどもそういったものに詳しい、ネットの海を自在に渡り歩く彼女たちは言う。


「だってさー。これを野放しにしてるわけにもいかないじゃん?」

「だから、思ったわけですよ。こうなってるのは、わたしたちの学校のはっきりとした情報が、あまりにも少なすぎるからじゃないかって」

「あ……」


 出典がないからこそ。

 憶測が憶測を呼ぶ。誰かが言い出したことが、伝言ゲームのように広がっていく。

 確認できない不安が、拡散されていく。

 だったら、自分たちがそのソースになってしまえばいい――そんなゆかりとみのりの言い分は、もっともなものだった。


 ようやく、彼女たちが自分にこんなものを見せた理由に思い当たる。

 この同い年たちは、こちらが考えていなかった方法を思いついたのだ。

 正確な情報がないなら、自分たちで発信してしまえばいい。

 明確な基準がないなら、自分たちがそれそのものになってしまえばいい――そう語る双子姉妹は、楽しそうに笑って言う。


「ちゃんと本家本元が言うこと言えば、みんなそういうことなんだ、って安心するでしょ?」

「ま、管理とかネットリテラシーとかは、ちゃんと考えなくちゃだけどさ。その辺は本町(ほんまち)先生と相談して決めようと思ってるの。どう?」

「うん――やろう。やろう! 川連第二高校吹奏楽部、ネットの海に立つ、だ」


 ゆかりとみのりが声をかけてきたのは、この許可を得るためだ。

 部長として、そしてこの三年間を一緒に過ごしてきた者として、鍵太郎は二人を信頼してうなずいた。

 自分たちが世間でどう扱われるかは、自分たちが決める。

 まあ、そこまで上手くはいかないかもしれないけれど、これまでよりもぐっと流れを整理できることは確かだ。

 どこにたどり着くかは分からないけれど、渦潮を読んで大体の方向性を指すことはできるようになる。

 よく知らない弱小校、なんてもう言わせない。

 自分たちはどこかの県大会で金賞を取った、片田舎のどこにでもありそうな吹奏楽部なのだと――胸を張って示そう。


「じゃあ手始めに湊。楽器持って、なんか()えるようなポーズ取って」

「そうそう。わたしたちはこういう部活でーす、ってやれば、来年も一年生がいっぱい入ってくるかもしれないでしょ?」

「いきなり部活の恥部を晒すようなことをするんじゃねえよ、おまえら!?」


 前言撤回、彼女たちのことを全面的に信頼することなんてできない。

 あの強豪校の顧問とはまた違った意味で、解せない何かを感じる。やはりこの二人と自分は、全く違った人間だ。それを痛感させられる。

 けれども。


『ま、だからさ。東関東大会でいい報告できるように、がんばろーね!』


 それでも、素直に声をそろえて言ってくる彼女たちの。

 手を取ってもいいと――そう思うくらいには、同じ道を一緒に歩んできた。

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