デウス・エクス・マキナ
※主な登場人物
・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。
・宝木咲耶…三年生。バスクラリネット担当。
「……やっぱりその計画、止めた方がいいと思うんだよ」
仕組まれた機械仕掛けの奇跡を、否定するために。
彼女は同い年たちに向かって、そう口にした。
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「機械仕掛けの演奏っていうと、『デウス・エクス・マキナ』を思い起こさせるねえ」
湊鍵太郎が最近の合奏の感想を述べると、宝木咲耶はおもむろにそう言った。
東関東大会に向けて、この頃の演奏はとても正確に、精密にやることが要求されている。
ルールに則って、あくまで無機質に、楽譜を再現。
そんな音楽は、まるで歯車を組み合わせた機械のようだ――そんな印象を、鍵太郎はぽつりとこの同い年にこぼしてしまったわけだが。
その言葉を受けて、咲耶は頭に浮かんだであろう単語を、こちらに返してきたのだ。
「デウスエクスマキナは、よく『機械仕掛けの神様』なんて言われてるけど、元々はそうじゃないんだって私も調べてて、最近知ったんだよね」
「え、そうなんだ?」
ゲームなどでおなじみなのは咲耶の挙げた前者であるため、鍵太郎もそうとは知らなかった。
イメージの違いに驚いていると、そういった伝承や文献などを読み漁っている同い年は、うなずいて続ける。
「うん。デウスエクスマキナっていうのは最初、舞台装置のことを指してたんだって。大がかりな機械で、劇を強引に解決するための――神様を演出する装置。だから『機械仕掛けの神様』、なんて言われるようになったらしいんだ」
「へえ……」
本来あったものが、印象だけが先行して違うものになったというのはよくある話だが。
これもそういったものの一種らしい。鍵太郎が思い描いていた『機械仕掛けの神様』も、やはり様々な部品でできた、またはそれらを従えた神様のような姿だった。
その容姿がほぼもれなく女神なのは、何かの皮肉だろうか。
精密に作られた人形、というイメージは、やはりその美と神秘さが相まって女性形に落ちつくものなのだろうか。だとしたら、自分たちがやろうとしていることは、神様の召喚なのだろうか――なんて、ゲームの話に引っ張られてそんなことを考えていると。
咲耶は本式の『デウスエクスマキナ』の使われ方を言ってくる。
「この間、『ファウスト』の話をしたじゃない。あれでも使われているんだよね、デウスエクスマキナ」
「え、そうなの?」
「うん。おおまかなあらすじはこの間、言ったと思うけど――まあ、色々あって、結局ファウスト博士は死んじゃったわけだよ」
その魂を対価に、やりたいことを叶えてやろう、っていう悪魔との契約を果たしちゃったわけだよ――と彼女はくるりと指を動かした。
寺生まれということもあって、この同い年が生と死の話をすると、どこか神秘的なものがある。
妙な説得力、というか。それは、彼女が将来の夢のため、あらゆる文化圏の神話や伝説などを調べているせいもあるだろうけれども。
それでもその知識の集まりを御せるだけの核が、咲耶の中にあることは事実だ。
その風格でもって、彼女はいつか話した物語の結末を口にする。
「当然、悪魔さんは契約の通りに、ファウスト博士の魂を持っていこうとするわけだね。けれどもそれを、神様がやってきて止めさせちゃうの。『この魂は良き行いをしたので、天界に連れていきます』ってね。悪魔さんにしてみれば、たまったもんじゃないけど」
「ハッピーエンドにするために、筋は合わないけど無理やり神様に介入させたってことか……」
「そう。まさにそれ」
それが『デウスエクスマキナ』っていう『演出技法』なんだよ――と、咲耶は回していた人差し指を、ピンと立てた。
こういった話をするとき、彼女はとても生き生きして見える。
だから、そんな同い年が単なる『演奏の歯車』だとはどうしても思えない。まあ、この間の後輩の言葉を借りれば『生きている歯車』だったか――予測不可能の、可変していく生体部品。
そういったものに神性を付与して、意思を与えれば宝木咲耶という形になるのだろうか。
ひと柱の女神になるのだろうか。そんなことを考えつつ、鍵太郎は目を輝かせる同い年の言葉を聞いていた。
「つまりは、このままじゃ話がどうにもならなくなっちゃうから、それを解決させるくらいの力のある存在――例えば神様が必要になったわけだね。それを登場させるのに大掛かりな装置が必要で、それが機械で作られていたから、『機械仕掛けの神様』。からくり仕掛けの奇跡を、舞台上で行うための」
「機械仕掛けの奇跡――正確な物理で行うのに、どっか納得いかない演出、か……」
「そう。分かりやすく言うなら『夢オチ』もデウスエクスマキナの一種だって言われてる」
「あー。それは確かに、今までのストーリーは何だったの? ってなるよなあ」
さんざんっぱら話を広げておきながら、最終的には『夢でした』で済まされたら、読んでいる方はええー、となる。
それで収まるような展開ならいいが、そこに至る物語が長ければ長いほど、感情移入すればするほど、その結論は素直に呑み込めない。
理不尽なほどに救われる奇跡。
機械仕掛けの神様。
だとしたら、やっぱりそれを自分たちの演奏に当てはめたくはないと思うのだ。そこにいくら、ハッピーエンドがあろうとも。
単なる夢で終わらせたくない。
からくり仕掛けのそんな不自然な結末に、どうしてもうなずくことはできないのだ。
「……結局、やっぱり機械的な演奏なんて嫌だ、っていう結論になるんだよなあ」
どんなルールや、制約があろうとも。正確で完璧な美しい女神を作り出しでも。
それだけでは意味がない。それを超える、本物の心を生み出していかねばならない。
機械仕掛けの演奏に、生命を吹き込んで動かさなくてはならない――そうでなければ、何より自分が納得できない。
不自然な幸せなんて、真っ平だ。
まあその『生命』を――いうなれば指揮者の先生の言う『好きな気持ち』を探すのに、今まさに四苦八苦しているわけだけれども。
演奏自体は上手くなっているのに、どうにも何かが足りないような気がしてならなかった。
どこかで、決定的な見落としをしているような気がしてならない――そんな風に考えて、鍵太郎がうんうん唸っていると。
咲耶はそれを見て、いつものように穏やかに笑って言ってくる。
「まあ、私たちは確かに、大きく見れば舞台装置の一種なのかもしれないけれどさ。悲劇なのか喜劇なのか――人生とか世界とか、そういったものの、一部なのかもしれないけどさ。それでもこれからの動きひとつで、決まり切った結末が、大きく変わっていくかもしれないと思うんだよ」
「……宝木さんが言うと、なんだか謎の説得力があるね」
「いや、いや。私にできるのはそれこそ、小さな逆回転だけ」
誰かの作った、安易な解決を。
打ち壊していく、最初のきっかけになるだけ――と。
何を思ったのだろうか。彼女は静かにそう言って、少しだけ目を伏せた。
「……宝木さん?」
「……なんでもない。ちょっとだけ、私にも思うところがあっただけ」
この舞台の装置になっているシステムに、湊くんを見てたら、少しだけ反抗したくなっただけ――と、咲耶は頭を上げ。
人形のように端正な顔を苦笑の形に曲げ、美しく笑った。
その表情を、本能的に綺麗だと思ったのは。
自分がこの同い年を信頼しているからか、それとも彼女の持つ本来の精神性からか。
いずれにしても、咲耶が何かしら、こちらの力になろうとしてくれていることに間違いはない。
演奏に込めようとするならば、こういう気持ちなのだろうか。誰かのために動こうと思う、そんな決意――
定められたレールからあえて外れることを選んだ、強い意思。
そんな輝きを目に宿し、彼女は言う。
「――やっぱり、そうだよね。仕組まれた幸せなんて、湊くんは望んでないよね」
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人工的な装置。
誰かにとっての強制的なハッピーエンド。
機械仕掛けの神様――そんなものは納得がいかない。
そんな女神を作って『彼』を囲うこと自体が、何よりも不自然だ。
だってそれでは、あまりにも自由がないではないか――救われないではないか。
だからその装置になることを求められた、演奏のひと柱は。
「……やっぱりその計画、止めた方がいいと思うんだよ」
仕組まれた機械仕掛けの奇跡を、否定するために。
咲耶は同い年たちに向かって、そう口にした。
もう二人の演奏の歯車――千渡光莉と片柳隣花に。




