終末的キャンプファイヤー
※主な登場人物
・湊鍵太郎…三年生。部長。
『プリマヴェーラ』。そうタイトルを冠された絵を、湊鍵太郎は見つめていた。
今度のコンクールでやる曲と同じ名前の、その絵。
種類としては油絵――なのだろうか。美術方面には疎いので、なんの画材を使っているのは一見しては分からない。
まあ、とはいっても音楽方面だって、詳しいわけではないのだけれども。
だから、こんな風に演奏の材料にすべく、曲に関連する事柄を調べているのであって――吹奏楽部の部長とはいっても、実際のところはこんなものだ。なので、未熟者は未熟者らしく、鍵太郎は大人しく絵の解説を見ることにした。
イタリア語で『春』という名前だというその絵画は、様々な色彩に満ち溢れている。
「えーっと……木板にテンペラで描かれた、板絵? まずテンペラって何だ?」
携帯で調べているため、すぐにそれについて記されたページにも行くことができる。
言い回しからして、そのテンペラというのはおそらく、絵の具のような画材の一種なのだろう。スルーしてよかったのかもしれないが、なぜか妙に気になったのでその項目を開いてみる。
この絵を描いた原料――それを、鍵太郎は読み上げた。
「へー……卵と顔料を混ぜ合わせるんだ」
色々なやり方があるようだが、おおむねそういった方法で間違いないようだった。
卵にはマヨネーズのように、水と油を混ぜても分離しなくなる作用があるからとか、なんとか。昔の人もよく考えるもんだなあ、と思いつつ前のページに戻る。
異なるものを混ぜ合わせる――という考え方については、感じるものがなくもない。
なぜなら自分たちだって、全然違う人間たちと音を合わせて、曲を作っているのだから。
そういう意味では、確かに分野は違えどあの指揮者の先生の言うように、どこかで通じるものがあるのかもしれない。そう思って、絵について書かれた文の続きを読んでみれば――
「……春に急成長するということへの比喩。それから、プラトニック・ラブを表しているといった解釈も……ってオイ」
どこか自分への現状のあてつけのような気がして、思わず先生に半眼で突っ込んでしまった。
今日の合奏で、『嫌われるくらいの気持ちで率直に言い合った方がいいものが作れる』んじゃないか、などと言っていたあの外部講師の先生は、どこまで手厳しいのだろう。
というか、どこまで見抜かれているのだろうか。こちらがあの『春』の名前を冠した先輩の下で育ち、そして彼女がいなくなった今でも、どこかでずっと思いを抱き続けているということを――
知っていてやっているのなら、あの第二の師匠並みに悪趣味である。一言もそれについては触れたことがないのに、ときたまそう指摘されているように感じるのは、やっぱり演奏に全部出ているからなのだろうか。
分からない。分からないといえば、この絵についてもまだほとんど分かっていない。
人に言われたことをあれやこれやと考えるより、まず何ができるか考えた方がいい――と言ったのは、あの打楽器の前部長だったか。ふいにそんなことを思い出しつつ、解説の続きを見る。
「……描かれているのは大体が神話の登場人物で。右から左に向かって物語が進むように展開してく、か。ふぅん……」
そう言って、もう一度画面をスクロールして絵の内容を見てみる。
六人の女性と、二人の男性。
さらに遠近や方向を無視した、不思議な構図――そうなっているのはこの絵画が、ひとつのストーリーのダイジェストになっているから、のようだった。
春に急成長を遂げる、精神的な愛の絵――
「うわあ……。こうして改めて言ってみると、自分のことながら引くわー……」
自分が考えているのは、そんな高尚なものじゃないのだけれども。
もっとこう、卑俗な考えの元に生きているのだけれども。そういう『ちゃんとしたもの』に当てはめられそうになると、どうにも鳥肌が立ちそうになる。
なにせ去年もそうだったが、この手の絵は登場人物の肌の露出度が結構高いのだ。真面目に考えているからこそ、そちらには目を向けずに済んでいるが。
女性陣、特に左側にいる三人組なんて、半透明の羽衣のようなものを身にまとっているだけで、正直どこ守ってんだ鎧状態である。
こういう状況じゃなかったら、まず間違いなくそっちをまじまじと注視する。そういえば、こうしてじっくり見るまで気づかなかったが、絵の一番上にはその女性三人組に矢を向けるキューピッドがいた。
キューピッドはいわずもがな、恋の矢を放つアレだ。
三人の内、誰かを狙っているらしい。一体誰が標的なのか――キューピッドは目隠しをしているし、三人も矢を向けられていることに気づいていない様子のため、それは分からないのだけれども。
これも、何かの例えなのかもしれない。
神様たちの伝説。
愛にまつわるおとぎ話。
そして、巡る世界の旅路――
これまでの、成長録。この絵はそういった意味もあるのではないかと思い、ますます鍵太郎は苦い顔になった。こんな世界的に有名な絵に、自分たちのやっていることを重ねるのはどうかと思うけれど――それでもやっぱり、根本でつながっているような気がしてならない。
細部については他にも多くの解釈があるようで、画面にはそれについての記載もあった。ただ、大筋はこれまで読んできた通りなので、その辺は斜め読み程度にしておく。
「って言っても、だ。描かれてから五百年以上も論議されてきたのか、この絵。さすが、『世界でもっとも議論されてる作品のひとつ』ってことか」
描かれている花は二百種類近くあるとか、植物として見れば五百種類以上あるとか。
主題のみならず、そういった小道具もたくさん用意されているからこそ、解釈の幅が広いのだろう。
さらに言うならば、そういった描かれているものを全部読み解こうとする執念がすごい。それほどまでに、この絵が魅力的だからということなのだろうか。
絵画に含まれた様々な謎は、それだけロマンをかき立てられるということだろうか。
中には登場人物がみんな神様だからなのか、神々の復活を意図している、という説すらあった。それはまあ、どこか違うところで議論してもらうとして――
「……結局、先生の言っていた『原点』っていうのはこれだったのか?」
問題は、この絵が今自分がやっていることとつながっていそうとはいえ、始まりそのものであったのか、という点だ。
成長、顔料、かみさま――
そして、『好きな気持ち』。
そのどれもが、この絵の中に詰まっているように思えるけれど、まだ何か足りないように思えてならない。
そう、どこかまだ、見落としがある。そう思って、鍵太郎はもう一度携帯を見た。『プリマヴェーラ』。今度のコンクールでやるのと、同じ曲の名前の、その絵画。
六人の女性と、二人の男性。
そして、キューピッド。女性は全員、絵の真ん中の方に描かれており――男性二人はそれぞれ、端の方にいる。
そしてこの絵が右から左に向かって見るものだということは、右の男性の方が過去に近く、左の男性の方が未来に近いということなのだろう。
行く先々で多くの女性と出会い。
そしてもはや別の人物となった、その最も左の人物は――
「……旅人の守護神、マーキュリー」
旅路の守護者。
これまでの道を進んできたその存在は、絵の中では嵐をもたらすものからこの花園を守っている、とされた。
確かに、そうだった。
自分は、部長になってから絶対に、この場所と彼女たちを守りたいと思ってきた。
それは今も揺るがない、貫き通したい意思だ。
けれども、なぜだろう。
そんな意思すら呑み込んでしまいそうなほど、もっと強烈な願望があるというのは――
「……あ」
『それ』に気づいたとき。
押さえつけられていたものが弾け飛んだように、見えなかったところに亀裂が走った。
そこから噴き出してきたのは、誰にも歯止めが効かないほどの、荒れ狂う炎だ。
最近ルールでがんじがらめにされて、不満の溜まっていた奏者としての魂。
『はじまりの火』。
それが、ずっと解放の機会を伺っていたのか自分でも制御ができないくらいに、燃え盛っている。
『音楽』を『好きな気持ち』。
表現するためならば、何をしても構わないという傲慢さ。
みなのため、とは言いつつも演奏者である以上、それがないといえば嘘になる。悲しみも虚しさも不誠実さも、全部自分のもの。
マイナスの部分すら抱え込んで、それすら力に変える気の強い『人間』。
そう、自分は。
「神様なんかじゃ……ない」
ただの演奏者。
同一視なんてできない。やっぱりこの絵だって、自分がどこかに行くための道しるべにしか過ぎない。
見落としていたのはここだ。『自分の気持ち』。部長になってからしばらく考えていなかった、自分だけの願い。
上手くなりたい。
誰に言われるでもなく思っていた、それが何よりも優先すべき自分の意思。
「なら、俺は……」
だったら、やることは決まっている。
その感情に燃料を。『はじまりの火』に色彩を。
その心のままに――全てを、焼き尽くせ。
抑えの効かないその声は、止める間もなく膨れ上がり。
かみさまたちの絵を。
これまでの旅路を。
これ以上ないほど、完膚なきまでに――灰になるまで、燃やし尽くした。




