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足りないピース

※主な登場人物

・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。

・滝田聡司…吹奏楽部OB。大学二年生。

・豊浦奏恵…吹奏楽部OG。大学二年生。今回は名前のみ。

・入舟剛…南高岡高校、三年生。チューバ吹き。

「よう、久しぶり。準備はできてるか?」


 そう、二つ上の先輩である滝田聡司(たきたさとし)が話しかけてきたことに。

 湊鍵太郎(みなとけんたろう)は、バスから降りながら苦笑した。

 今日は吹奏楽コンクール、県大会本番。

 自分たちが今いるのは、その会場となるホールの駐車場だ。学校ごとにバスとトラックの止まっているそこには、聡司たちOBOGの姿がある。

 二つ上の卒業した先輩たちには、今回打楽器運びを手伝いに来てもらっていた。


 ちなみにひとつ上の学年の部長は、そういうことならと今日は、客席にいる予定らしい。後輩たちの演奏を聞きたいから――という意味も、もちろんあるだろうが。

 もうそろそろ、ひとつ上の先輩とは、面と向かって顔を合わせてもいいのではないか。そんなことを、あの前部長に対しては思うのだけれども。

 まあ、当の本人がそう希望したのだから、無理は言わない。

 心の準備ができてから、いくらでも話せばいい。そう思って、鍵太郎はその、OGの先輩たちを見る。


 無論そこには、あのちびっこ鬼軍曹のさらに前の部長である、あの人の姿はない。

 当たり前だ。あの自分と同じ楽器の二つ上の先輩は、数日後のコンクール一般の部――つまり、別の日の大会に出るのだから。

 今頃はあの人も最後の追い込みや準備で、忙しいことだろう。寂しいけれど、それでいいのだ。

 どこか遠く離れた空の下にいようとも、あの人が元気でやっているのなら、それでいい。

 それでいいのだ――そう自分に言い聞かせて、鍵太郎は聡司に言う。


「トラックは別便でそろそろ着くはずです。そうしたら、越戸(こえど)たちをそっちに向かわせますので。あとは、あいつらと一緒にやってください」

「りょーかい。まあ、勝手知ったる領分だ。何かあっても、こっちで対応するから心配すんな」


 そしてそんなこちらの苦笑を、どう捉えたのだろうか。

 先輩が頼もしくもそう言ってくれるのを聞いて、鍵太郎は今度こそ笑ってうなずいた。あの人はいないけれど、今日は自分たちの大会だ。高校三年生、最後のコンクール。

 しかも今年は、自身が部長――そんな特別な日だ。

 だったら落ち込んでいる場合ではない。演奏に最善を尽くさねばなるまい。そう思って、頬を叩き気持ちを切り替える。


 楽器を積んだトラックはこちらとほぼ同時に出たので、もうそろそろ着くはずだ。

 バスの窓からは、先輩たちに向けて打楽器の双子姉妹が手を振っている。それに、「あいつらも上手くなったんだろうなあ」などとしみじみと言う聡司と、手を振り返すOGたちを鍵太郎は見渡した。

 あの人はいないけれど、そこには自分が一年生のときの三年生が、ほぼそろっていて――


「……って、あれ?」


 しかしその面子の中に、もう一人あるべき人物がいないことに、首を傾げた。

 マイペースなトロンボーンの先輩はいる。チェシャ猫みたいに笑う、イタズラ好きのサックスの先輩はいる。

 けれども、あのハイテンションなトランペットの先輩の姿がない。

 学年の先頭に立っていた、豊浦奏恵(とようらかなえ)がそこにはいない。

 こういうところには、必ず顔を出すような人なのに――人員集めは先輩たちに丸投げしてしまったので知らなかったが、何か外せない用事でもあったのだろうか。

 そう思って、よくその人とつるんでいた、事情を知っているであろう聡司に訊いてみる。


「先輩、豊浦先輩は?」

「……豊浦は、なんか調子悪いみたいでな。今日は来られないって言ってた。おまえらにはよろしく言っておいてくれって頼まれたよ」

「……ふーん」


 らしくない、と思う。

 あのお祭り騒ぎが大好きな先輩が、こんな風にみなで集まる機会を逃すなんて、あり得ない。

 それほどに、豊浦奏恵という先輩は、鍵太郎にとって印象的な人だった。

 まあ、誰にでも事情はあるだろうし、たまたまということもあるだろうが――どこか、気になる。

 何か、あったのだろうか。去年のコンクールのときのことを思い出して、考えていると――聡司が頭をかきつつ、言ってくる。


「詳しいことはオレも直接は会ってないんで分からないんだが、ちょっと体調が悪いみたいなことを言ってた。だから今度、みんなで会いに行こうって話になってて――ああ、だから、さっきも言ったけど心配すんな。その辺の話は、オレたちが当たってみるからよ」

「……そう、ですね。分かりました」

「今日はおまえらが主役なんだ。思いっ切りやってこい。そのために今、オレたちはいるんだからな」

「はい」

「おう、やらかしてこいよ」


 ちっとばかり、足りないものもあるかもしれないけど。

 それもそのうち、なんとかなるもんだからな――そう言って、これまでの様々なことをくぐりぬけてきた先輩は、わずかな不安を笑い飛ばし。

 そしてその視線の先には、ちょうどみなの楽器を乗せたトラックがやってきていた。



###



 聡司たちと別れ、楽器を運び、リハーサルまで自由時間になって。


「さて、と。とりあえず何か飲むか」


 鍵太郎は、水分補給をするべくホールの自動販売機まで向かっていた。

 いくら屋内はいえ、吹奏楽コンクールは夏の大会である。ここまで来るにもだいぶ汗をかいたし、本番までにひからびて枯れないように、何か飲まなくてはならない。

 他の部員たちは、それぞれ楽器置き場で休んだり、他の学校の演奏を聞きに行ったりしている。そう、他の学校だ――と思いつつ、鍵太郎はすれ違う、知らない学校の生徒を横目で見送った。

 これまでもそうだったが、コンクールの会場に着くと突然違う学校の制服を目にすることになるので、少し緊張する。

 いつもは自分たちだけで練習しているから、それはそうだ。いきなり見ず知らずの人たちだらけのところに、しかも順位のつく場で出会うのだから、心の奥底に張り詰めたものを感じる。


 思えばこの三年間、ずっとそうだった。

 どの学校も、どの生徒も、それぞれ持っている価値観が違う。

 金賞県代表に命をかけているところもある。

 参加することに意義があると思っているところもある。


 どこだって間違いではない。結果の捉え方すら、一概に同じとは言えない。

 けれども、ここで自分が一番望む結末を手にしたい――それは誰だって、同じのはずだ。

 たとえ学校ごとに考え方が、相容れないものだったとしても。そう思って、自動販売機の前でミルクティーにしようかレモンティーにしようか、指をさまよわせていると。

 後ろから、どこか知らない学校の生徒の声が聞こえた。


「あーあ。あそこもレベル落ちたねー。あそこであんな音ミスする? ありえなくない?」

「しょーがないでしょ。でもあれで、うちの学校にもチャンスが出てきたじゃん。今回ならいけるかもよ、東関東」

「かもねー。今年こそ、うちらが金賞を奪い返してやるんだから」

「……」


 そんな会話を、鍵太郎は。

 スイッチを押せないまま、振り返らずに聞いていた。

 別に、ここで何をしたところでその生徒たちの意見は変わらないだろう。

 自分はこの大会に参加している、ひとつの学校の、いち部員に過ぎない。なら、聞き流せばいいのだ。

 雑音だと思って、瞬間的なノイズだと思って忘れればいい。

 何を言われたところで、それでも演奏をすることには変わりはないのだから。

 今日までどんな考え方でやってきて、どのくらいそれが発揮できるかだけの話。

 たった、それだけの話――なのに、なぜ。

 こんなにも、気持ちが暗くなるのだろうか。そう思いつつ鍵太郎は、目についたレモンティーのボタンを押した。こんなときくらい、せめて口にするものは爽やかでありたい。


 ホール内は飲食禁止なので、ペットボトルを持って落ち着ける場所へと移動する。

 なるべく一息つけるところへ。警戒の解けるスペースへ。

 そう思ってやってきたのは、あのひとつ上のバスクラリネットの先輩がよくいた、舞台を映すテレビの前だった。

 ここなら、演奏の音に耳が行くし、腰を下ろして気を休めることができる。

 あの第二の師匠がここに入り浸っていたのは、こういう意味合いもあったのかもしれない。そう考えつつ鍵太郎は、椅子に座ってレモンティーを飲んだ。


「なんだかなあ……」


 思わず、ため息と共にそんな声が漏れる。

 本番の前にテンションを下げるようなことはしたくなかったし、するつもりもないのだけれども。

 それでも周囲のざわめきが、悪意のあるものに思えて仕方がなかった。決してそんなことはないのだろうが、獣か何かに取って食われそうな気すらする。

 見方を変えれば、ここはそういう場なのだろう。点数を競って、誰かを打ち倒して、代表の権利を勝ち取る場所。

 だけども一向に、そういった気になれないのだ。

 あの野球部の友人が言っていたように、やはり自分は根本的に、競争に向いていないのかもしれない。

 点数が付くから、なんなのだろうか。

 上手いから、なんだというのか――ああいうことを聞くと、そう考える自分がどこかにいるのだ。


 もっとがっつかないと、望むものは手に入らないよ、などと言う人もいるのかもしれないけれど。

 そういう人の言いたいことは分からないではない。それは誰だって、金賞を取れたら嬉しい。

 他の人より評価してもらいたい。より多くのポイントをもらいたい。

 SNSでたくさんイイねと言ってもらいたい。だって、みんなが見ているのだから。

 だけども、全部そのために行動するのだとしたら、とても疲れる――そんな風に考えて、鍵太郎は天を仰いだ。

 以前にあの指揮者の先生も言っていたが、これはきっと、永遠に結論が出ない部分なのだろう。

 自分自身で答えを出さない限り、どうにもならないのだ。

 準備はできているか――そう、先ほど先輩には言われたけれど、準備なんてできていなかった。

 まだどこか、足りないピースがある。

 この底の抜けた理想を埋める、重要な部分がある――そんなことを考えて、再びペットボトルの蓋を開けようとしたとき。


「……湊くん?」


 ずいぶん昔に聞いたような、懐かしい声がして。

 そちらを向いてみれば、そこには背の高い人物が。


「ああ、やっぱり湊くんだ! 久しぶり!」

「おまえ……!?」


 南高岡高校三年、入舟剛(いりふねつよし)が。

 かつて選抜バンドで一緒に演奏したことのある――どこかあの人にも似た、煌めいた理想を持つ人間が、そこには立っていた。

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