誰かと誰かをつなぐ糸
※主な登場人物
・湊鍵太郎…三年生。部長。
・根岸奈々…一年生。
・越戸ゆかり、越戸みのり…三年生。打楽器担当の双子。
「あ、根岸さん、ごめん。それ違うんだ」
「えっ」
差し出された折り紙の束に湊鍵太郎がそう言うと、一年生の根岸奈々は驚いたように目を見開いた。
毎年恒例になっている、部活での千羽鶴作り。
それの材料の買い出しを、奈々がやるというので頼んだわけだが――彼女が買ってきたのは金色の紙ではなく、様々な色の入った普通の折り紙だった。
コンクールに向けて作る千羽鶴は、金賞祈願ということで、これまで全て金色のものにしてきている。
しかし初心者でこの部に入った奈々は、そういった『吹奏楽部の常識』的なものを知らない。
しまったなあ、これはちゃんと言っておくべきだったと鍵太郎が反省していると、後輩は言う。
「す、すみません……! レシートはとってあるので、今すぐ返品して、ちゃんとしたの買ってきます……!」
「ああ、いいよ。そこまでしなくても」
真っ青な顔でガタガタと震える奈々に、思わずそんな風に言ってしまった。
こればっかりは自分の指示不足もあるので、彼女を責めるわけにもいかない。
どうしたものかな、と頭をかいていると――後輩が動揺のあまり、泣きそうになっているのが目に入ってくる。
その姿を見てふむ、と考え、鍵太郎は奈々に言った。
「大丈夫だよ。今年はそれで作ろっか」
###
「すみませんでした……。ちゃんと確認すればよかったのに」
「いや、もういいって根岸さん」
そして、実際に千羽鶴を作り始めて。
地の底まで落ち込む奈々に、鍵太郎は苦笑してそう声をかけていた。
後輩の買ってきた折り紙は、よくあるたくさんの色が入っているものだ。
普通、千羽鶴といえばこちらのイメージの方が強い。そうだよなあ、折り紙買ってきてと言われたら、こっちを考えるよなあ――と思いつつ、出来上がってくる鶴に糸を通していく。
金色ではない折り紙に、最初は戸惑う上級生もいたが、こんな年があってもいいだろうとこちらが説得して回ったのだ。
それは鍵太郎の『ある考え』の下に行った行動でもあるのだが――それも奈々としては気にする原因になったらしく、こうしてショックが尾を引くことになっている。
その申し訳なさもあってか、他の部員たちより多く鶴を折ると言い出した彼女は、せっせと手を動かしつつ。
しかしそれでも心のダメージは回復しきらないようで、深々とため息をついた。
「本当、わたしっていつもこうなんです……。最初はなにもかも上手くいかなくて、あとから必死になってがんばるっていう……」
「あはは。それは俺もそうだよ」
失敗しないと学べない。
そんな自分の特性に、一体何度悩まされたことだろうか。
笑いながらそう言うと、奈々は不思議そうに首を傾げる。
「……? 先輩は、なんでもできると思ってました。この間も、野球のルールとかむちゃくちゃ詳しく教えてくれましたし」
「あれは、元野球部だからだよ。それにその野球だって、別にそんなにできる方じゃなかったし。だからこうして、この部活に入ったんだ」
先日の野球応援の後に、部員たちが試合のルールをまるで理解していないことを知って、音楽室で熱弁を振るったわけだが。
この後輩にはその姿が、そんな風に見えたらしい。ちなみにその野球部は、全力を出し切ったのか、次に対戦した学校に嘘のようにあっさりと敗北してしまって――こちらのそんな布教活動も空振りに終わったわけだが。
それでも強豪校相手にあそこまで戦って勝ったのだから、よしとしてやる。あの野郎、某有名バスケ漫画みたいな負け方しやがって――と、甲子園への挑戦が終わった後の、清々しい野球部キャプテンの顔を思い出しつつ。
鍵太郎は、きょとんとしている奈々に言う。
「それにこの部活に入ったときだって、俺は最初ホルンを持たされたけど、できなくてチューバに回されたくらいだし。この糸通しだって、鶴が折れないからやってるだけだよ」
「……そうなんですか」
未だ信じられないというように、後輩は目をぱちくりさせた。
振り返ってみれば、これまでそんなことばかりだった。
吹奏楽部に入ったきっかけもきっかけだったし、入部したら入部したで、楽器もロクに吹けないし。
挙句の果てに鶴も満足に折ることができなくて――なのになぜか部長なんかやらされていて、一年生からはすごい人だと勘違いをされている。
分からないものだ。かつて、この学校の近所の楽器屋の店長からは、「人間に『天然』と『養殖』があるなら、きみは『養殖』だよ」――と言われたけれども。
本当にそうなのだろう。失敗しないと学べなくて、そしてそれを元に、強くなろうとあがいてきた。
その結果が今だ。
そしてもし、奈々もそうだというのなら――そう思って、鍵太郎は言う。
「ずーっと、ずーっとね。悔しくて、どうにかしようとしてきたの。だから根岸さんも、初めは上手くいかなくとも、あんまり落ち込むことないよ。やってればそのうち、できるようになるんだから」
「そうなれば、いいんですけどね……」
こちらとしては、励ましたつもりだったものの。
現在まさにその上手くいかない真っ最中の後輩にしてみれば、その言葉は自分のことのように感じられなかったらしい。
肩を落として、奈々は再び鶴を折り始める。そんな彼女に、もうかけてやれるものは何もないのだけれども。
せめてこの後輩の行く末に、よいことが少しでもありますように――そんなことを考えていたら。
ふいに、目の前ににゅっと折られた鶴が差し出されてきた。
「はい湊、足付き鶴!」
「キモイよねー。キモカワイイよねー」
「おまえら遊んでないで、ちゃんと鶴折れよな!?」
打楽器の越戸ゆかりと越戸みのりの作ってきた鶴に、さすがに部長としては突っ込まざるを得ない。
同い年の双子姉妹の作ってきた鶴は、確かにちょこんとしているのにシュールで、キモカワイかった。
けれども、今はそういう時間ではないのである。隣では一年生が一生懸命やっているだけに、なおさらだ。
幸いにして足付き鶴は、普通の鶴に形を戻せるらしい。
まあ少し歪な形にはなるが――それも、他のものに紛れてしまえば、遠目では見えない。
段々と、綺麗なグラデーションの千羽鶴が出来上がりつつある。
まったくもう、と呆れつつその鶴も糸に連ねていると、ゆかりとみのりが言う。
「冗談だよ、じょーだん。ちょっとした遊び心だって」
「単調作業を繰り返していくと、どうしてもこういう、イタズラをしたくなっちゃうんだよねー」
「おまえらそんな調子だと、また後で貝島先輩に怒られるからな、まったく……」
自分たちが三年生になったおかげか、ここ最近は誰も注意してくれる人間がいなくなった。
けれども今度のコンクールの県大会予選では、あの前部長が楽器運びを手伝ってくれることになっている。
打楽器の扱いに関しては容赦のない、鬼軍曹だ。
この双子姉妹の奔放ぶりも、多少はシメてくれるだろう。久しぶりにあの先輩の厳しい指示が聞けると思うと、怖いと思うと同時に、なんだかちょっと嬉しくもなってくる。
言われた通りにティンパニの皮も張り替えておいたし、こちらに雷が落ちることはないはずだ。
そういえば、去年はそのティンパニの持ち方で、後輩が注意されてたな――ということを思い出して。
ふと鍵太郎は、ここで奈々に言っておかねばならないことがあるのに気付いた。
「ああ、そういえば根岸さん」
「はい」
「今度のコンクールの予選で、打楽器運びをやってもらうことになってると思うんだけどさ。そのとき手伝いに来てくれるOGの先輩、超怖い人だから気を付けてね」
「はい!?」
この後輩はコンクールの舞台に乗るメンバーではないため、人手のいる打楽器運びを担当してもらうことになっていた。
そして念のためというか向こうから連絡があったため、あの前部長も一緒の仕事をする予定になっていて――あの先輩の前で下手なことをしでかすと、絶対怒鳴られるはずだ。
多少丸くなったとはいえ、楽器への愛と情熱に関しては変わっていないはずの、前部長である。
先に言っておかなければ、どうなるか知れたものではない。ああ、今度は思い出せて、ちゃんと言えてよかった――と鍵太郎がのほほんと構えていると。
当然のように、奈々が悲鳴をあげる。
「気を付けてって、どんな風にすればいいんですか!? わたし、何をやればいいんですか!?」
「あー。その辺は、私たちがちゃんと段取りしとくから」
「ちゃんと指示は出すからー。大丈夫、だいじょーぶ」
そんな初心者の一年生に、ゆかりとみのりがすかさずフォローに入った。
やはりというかなんというか、あの鬼軍曹に鍛えられただけあって、この二人もしっかりしているところはしっかりしている。
おちゃらけ具合と相まって忘れられがちだが、彼女たちもパートリーダーだ。打楽器の扱いや進行については任せてもいいだろう。
なので、最初はいつも上手くいかなくて。
例えば、出かけようとするといつも雨が降るような――そんな後輩に、鍵太郎は言う。
「平気だって。失敗しないとできるようにならないっていうなら、できなかった分だけ、できるようになるってことだからさ」
上手くいかなかったことも、悔しかったことも。
それを経験した分だけ、彼女は強くなっていくのだろう。
そして、それを知った分だけ、他の人にも伝えられるようになっていくのだ。
そのうち、この後輩はなんでもできるようになるかもしれない――そう思っていると。
奈々はこちらを見返して言う。
「……先輩みたいにですか?」
「根岸さん。世の中にはね、適材適所という言葉があるんだ」
訂正だ。なんでもはできるようにならない。
けれども何かにつまづいた分だけ、人に教えられるようにはなっていく。
誰かと誰かを、つなぐことができるようになっていくのだ。
自分のように、まだ見ぬ者同士の先輩と後輩を引き合わせて、同じ舞台に立たせることだってできる。
そう考えて――鍵太郎は、またできあがってきた鶴に糸を通した。
そして、着々と完成しつつあるグラデーションの千羽鶴を見て、思う。
雨が降って、そして止んだら虹が出るように。
コンクールにも、金賞だけじゃなくて――
「……『虹賞』とかあればいいのにな、なんて」
何かが上手くいかなくても。
この後輩のように色々なものを見つけて、それをつなぎ合わせて、綺麗なものが作れるようになれればいいな、なんて――
手元にある虹色の千羽鶴を見ながら、そんなことを思うのだ。




