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受け継がれる意思

※主な登場人物

・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。

・千渡光莉…三年生。副部長。トランペット担当。

・黒羽裕太…三年生。野球部キャプテン。

「よーし。甲子園だー。ぶっかき氷だー」

「おそろいのTシャツだー。チューリップハットだー」


 打楽器の双子姉妹がそう言いつつ準備を始めるのを、湊鍵太郎(みなとけんたろう)は球場のスタンドで聞いていた。

 野球部の県大会、つまり甲子園の地方予選。

 それに、応援のため吹奏楽部はやってきている。

 そして、相手は県代表常連の、強豪校――そんな状況で、しかしそれでも勝てる気でいるこの二人を頼もしく思う。

 彼女たちがそう言うと、まるで自分たちが実際に甲子園に行って、そういう姿でテレビ中継に映りそうな気がするから不思議だ。

 するとトランペットの千渡光莉(せんどひかり)が、同じく準備をしながら言う。


「こういう野球応援とかだと、吹き過ぎちゃうからきついけど……まあ、そんなことも言ってられないわね。やってやろうじゃないの」

「なんだ、おまえにしては珍しいな、千渡」


 二年前の今頃は、コンクールが近いからあんまりこういうのは吹きたくない、などと言っていたこの同い年が。

 スイッチを入れてグラウンドを見つめるのを、鍵太郎は少し意外に思いつつそう言った。

 それに光莉は、自分の楽器を持って渋い顔で応える。


「……あいつには、借りがあるから。私がこうやってここにいるのは、元はといえばあいつのおかげだし」

「そっか。なるほどな」


 あいつこと、その野球部の主将は、そういえば彼女が吹奏楽部に入るきっかけになった人物だった。

 自分の学校の選手たちに声をかけて回る、その運動部のキャプテンを鍵太郎も見つめる。

 彼がああして光莉にも話しかけることで、彼女は再び楽器を手にすることができた。

 なら、その恩は返さなければなるまい。

 この大きな壁を破って。

 その先の、広い景色を見せてやりたい――そう思いつつ、鍵太郎は自身も楽器を持ち上げた。



###



「やってて思うんだけどさ。俺たちって役に立ってるの?」


 試合が始まる数日前。応援の曲の打ち合わせをしている最中に。

 鍵太郎は、野球部キャプテンの黒羽裕太(くろばねゆうた)にそう訊いていた。

 基本的に、応援の演奏というのは攻撃をしてる最中、つまり自分の学校の選手がバッターボクッスに入っているときにするものだ。

 その他は、ヒットを打ったときや、相手の学校にエールを送るときなどに使われる。

 しかし時間的には、実際に打者がピッチャーと相対しているときの方が圧倒的に多い。

 そういうときって集中していたりして、自分たちの演奏は聞こえていないのではないか――そんな風に思う鍵太郎に、裕太は答える。


「めちゃくちゃ役に立ってるよ。昔、先輩たちも言ってたぞ。『演奏が入ると相手のピッチャーのタイミングとかリズムを掴みやすくなるから、やりやすい』って」

「へー。そうなんだな」


 気分の高揚以外にもちゃんと役割があるのが分かって、やはりというか、嬉しくなった。

 と同時に、タイミングが重要というのなら、そのリズムを担当する打楽器や低音楽器の自分ががんばらねばなと思う。

 甲子園などの中継を見ていると、応援の演奏もすごいことになっている。あれは華やかさを添えるという意味だけではなく、ちゃんとプレーにも影響してきているのだ。

 野球部が強い学校は、吹奏楽部も強い。

 その理由の一端は、ここにあるのかもしれない。人に影響を与えられるくらいの、パワーがある音が出せるということだ。

 そんなことを考えていると、野球部の友人は手元のリストを見て言う。


「で――誰にどの曲を充てるかって話だったな。レギュラー九人分、九曲? 誰をどれにするかだな」

「そのリスト以外にも、各自の好きな曲を言ってもらえれば、こっちで用意することもできるぞ。なんなら耳コピでなんとかなるし」


 音楽室にはこれまで脈々と受け継がれてきた、野球応援用の楽譜がある。

 いつ作られたのかは分からないが、そのほとんどが手書きのものだ。けれども、その他に好きな曲があれば、選手の希望に合わせて新しいものを作ったりもできる。

 野球応援で定番の曲のみならず、アレンジした流行りの曲が出てくるのはそういうことだ。

 どうせなら、自分の好きな曲にした方がテンションが上がるし、パフォーマンスも向上するだろう。そう思って鍵太郎は言ったわけだが――それを聞いた裕太は「あー」と、困ったよう笑って、頭をかく。


「その辺は、他の連中にも聞いてみるよ。けど、おれはこのリストに載ってるものがいいな」

「それならそれで、いいけど。なんでだ? 別に面倒そうだからとか、こっちに気を遣わなくてもいいからな」

「今さらそういうんじゃねえよ。ただ――自分の持ち曲、っていうんなら、この中から選びたかっただけだ」


 そう言って、あの曲なんだったっけな、と彼は並んだ曲名を見て首を傾げた。

 誰がどの曲を選ぶのかは、完全に当人の自由だ。

 けれども、この野球部の友人があえてこのリストの中のものを希望するとは、どういうことか――不思議に思っていると、裕太は言ってくる。


「野球部にはな。あるんだよ。験担(げんかつ)ぎ――ってわけじゃねえが、先輩の使ってた曲を使いたいっていうのが」


 すごかった先輩とか。世話になった先輩とか。

 そういう、尊敬できるような人が使ってた曲を、レギュラーになったら自分も使いたいっていうのがあるんだよ――と。

 彼はそう言って、曲名をずっと追っていた。


「だからな。おれはその人の曲にしたいの。まあ、今年のレギュラーには一年もいるから、そいつはその先輩たちのことを知らないし、好きなものを選べばいいと思うけど――同い年の連中なんかは、な。二個上の先輩たちには結構よくしてもらったし、この中から選びたいってヤツが多いと思う」

「……なるほどな」


 吹奏楽部(こちら)だけではなく、あちらにも受け継がれるものはあるということか。

 どうりで、はるか昔の楽譜がずっと残っているはずだ。そういうことなら手書きだろうが古かろうが、誰かが聞きたいという限り、その譜面はずっと演奏され続ける。

 誰かに力を与え続ける――お互いに、そんなもんなんだな、と鍵太郎は息をつくと。

 裕太はどれが目当ての曲か分からなかったようで、結局こちらに訊いてきた。


「だめだ、分からん……。なあ湊、覚えてるか? おれらが一年のときの試合で、三年生の先輩がヒットを打ったときの曲」

「たったそれだけの情報で分かるかよ……。第一、俺はその人が三年生だったかどうかも知らないんだぞ」


 大雑把すぎる友人のヒントに、感心していたのに頭を抱えたくなった。

 代わりに額を押さえて、一応は当時の記憶を探ってみる。彼の言う試合が一体どれかは分からないが、印象に残っている場面はいくつかあった。

 一年生のときといえば、裕太はまだ応援席でメガホンを握っていた頃だ。

 そのときに球場で、自分は何を演奏していただろうか――思い返していると、友人も同じようなことを考えていたのか、天を仰いで言ってくる。


「確か、わりとよく聞くやつだったんだよな。どの学校も必ずやってるっつーか……こういう感じの」


 そして彼はうろ覚えながらも、鼻歌でその曲を口ずさみ始めた。

 音程もテンポも不安定なそれだったが、聞いているうちに徐々に記憶が鮮明になっていく。

 照りつける太陽に、突き上げた拳。

 そこに、キンッ――という金属バットの打撃音が重なって。


「――あ」


 裕太がなんの曲を歌っているのか、鍵太郎は思い出していた。


「『ねらいうち』」



###



 そして、その曲を。


「先輩、がんばれーッ!」

「打てーっ!」


 応援団からの声援を聞きながら、鍵太郎は吹き続けていた。

 八回の裏。未だにスコアは0-0。

 大本命の強豪校相手に、自分たちの学校は驚異的な粘りを見せていた。

 正直、こんな試合になるとは思っていなかった。どっちかが点を取って、どっちかが点を取り返すような展開になると思っていたが――まさかこんなに息の詰まる投手戦になるとは。


 窒息しそうな空気の中、それでも息を吸って音を出し続ける。

 両者ともにランナーを出しつつも、決定打には至らない。

 しかし今、裕太がヒットを打てば塁に出ている選手が帰ってこられる――そんな緊迫した場面で、自分たちはこれまでの最大音量で楽器を吹いていた。

 さっきからずっと吹いているので、そろそろ背中やら脇腹やらの筋肉が悲鳴を上げ始めてきている。そんな中で、鈍い金属音がし――ファウル。演奏は続行だ。


 打者が打席にいる限り、途切れず曲はやり続ける。タイミングが重要、リズムを掴むことが大事――とはいえ、さすがにこの音量を長時間出し続けるのはしんどい。

 けれども、負けられないのだ。するとそんな演奏の中から、光莉のオクターブ上げた高音が飛び出した。

 あいつには借りがある。そう言っていたように、彼女は本気で吹き続けているらしい。

 以前のこの同い年だったら、考えられなかったことだ。


 わずかな曲の隙間の休憩でそのことに笑い、そして口を拭いたらまた忙しく吹き始める。また鈍い音。ボールはラインの外側に飛んでいく。あいつどれだけ食らいつくんだ――馬鹿野郎、もっとやれ。

 カウントは徐々に進んでいっているが、その分だけ少しずつタイミングは合ってきているように見える。

 だから今は、それを途切れさせないようにひたすら音を出し続けることが重要なのだ。打楽器のバスドラムと一緒にリズムを刻みながら――『ねらいうち』。それを死ぬほど繰り返していくと――


 キンッ、と。


 金属バットのこれまでにない音がして。

 一瞬の沈黙の後、それは爆発的な歓声に変わった。

 ボールの行方を追うこともできない。けれどもその反応から、試合の流れが一気にこちらに傾いたのは分かる。

 ヒットなのかホームランなのか、それすら分からないが曲は一緒なので、それまでの疲れも忘れてすぐさまその楽譜を吹いていく。そういえば、このメロディーこそずっと変わらないよな――と、思っていると。

 二塁ベースにいる裕太が、こちらに向かって親指を立ててきた。

 笑ってそうやってくる野球部の部長に、まだ試合は終わってないぞ馬鹿、と吹奏楽部の部長として音で応える。


 そう、まだ終わってはいないのだ。

 今度は次の打者へと用意した曲を、演奏していく。こうなったら、彼をホームベースに返すまでとことんやってやるまでだ。

 カウントを取り、リズムを刻んで太陽の下、楽器を吹き続ける。

 トランペットのハイトーンがこだまする。同い年のその音は球場全体を、突き抜けんばかりに進んでいった。



###



 そして――


「か、勝ったぁ……」


 と。

 スコアボードを見て、鍵太郎はその場にへたり込んだ。

 結果は0-1。

 結局あの一点だけが、この試合唯一の得点となった形である。

 お互いに粘りに粘った――つまり選手が打席にいる時間が長かったので、野球部の部員たちだけでなく、演奏していた自分たちもヘロヘロだ。

 けれども、これは大金星。

 県代表最有力とされていた、私立の強豪校相手にこれはとんでもない戦果だった。スタンドの応援席はもはや、優勝でもしたかのような大騒ぎをしている。

 けれども、これならひょっとしたら本当に甲子園を目指せるかも――と、鍵太郎が思っていると。

 光莉が言う。


「ねえ。ちょっと聞きたいんだけど、ストライクっていくつでアウトになるの?」

「……はあ!?」


 耳を疑う発言に、元野球部としてそんな声が出た。

 すると周りの部員たちも、口々に言う。


「あ、私もそれ知りたかったー」

「わたしもー。ていうかさ、そもそも何がセーフで何がアウトなの?」

「先輩。タッチアップってなんですか」

「ちょ……ちょっと待ておまえら!? 今までそういうルール知らずに応援してたの!?」


 自分の部活の思いもよらぬ惨状に、驚きを通り越して戦慄すら覚える。

 まあ、それまで野球に触れてこなかったら、そんなものかもしれないが――

 まさか、これほどとは。演奏がよかっただけに衝撃を隠せずにいると、女性陣は続ける。


「表と裏ってどういうこと? フォアボールって何?」

「センパーイ。どこがセカンドでどこがショートなんスかー?」

「なにこれもうやだ!! おまえらそんなことも知らずに、甲子園だのチューリップハットだの言ってたの!? ふざけんな!? 学校に帰ったら俺が野球のルールを徹底的に教え込んでやるからな!?」


 聞き捨てならないセリフの連発に、さすがにこちらも堪忍袋の緒が切れた。

 スポーツというのはルールを知らないでいるより知っていた方が、圧倒的に楽しいのである。

 応援のため、何より野球を愛する者として。

 ウザいと言われようがなんだろうが、鍵太郎は彼女たちに全力で、自分の知識を伝授することにした。

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