ダイヤモンドのカット法
※主な登場人物
・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。
・千渡光莉…三年生。副部長。トランペット担当。
「簡単とか言ってすみませんでした本当に初歩的なミスをしましたソロに気を取られて頭が回っていませんでしたごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「いや、そんなに謝らなくても」
コンクール曲『プリマヴェーラ』の初合奏直後。
ブツブツと念仏を唱える千渡光莉に、湊鍵太郎は笑いをこらえながらそう言った。
演奏冒頭でミュートを落としたのが、よほどショックだったらしい。あのプライドの高い彼女が珍しく素直に謝っている。
まあ、他人にも厳しいが、その分自分にも厳しいのがこの同い年なのだ。
高みを目指そうと思ったら、足元の小石につまづいたのが信じられなかったのだろう。虚空を見つめて懺悔をする光莉に、鍵太郎は言葉をかける。
「でも、その後のソロはすごくよかったぞ」
これはこの同い年を慰めるための、下手な嘘ではない。
実際にそのハプニングの直後の、彼女のソロは見事だったのだ。緊張すると実力を発揮できない光莉がどんな演奏をするのかと、ほんの少しだけ、心配していた部分もあったが――蓋を開けてみれば、彼女はこれまでのやってきた中でも、かなりいい感じで吹けていたように思う。
やはり変なプレッシャーさえかけなければ、この同い年はちゃんとできるのだ。
むしろ直前で事故が起こったおかげで、かえってそんなことを考える暇もなく、素直に吹くことができたのではないか。そう言うと、光莉が「あのねえ……」と渋い顔をして言う。
「だとしても、毎回毎回ああいうことをやるわけにもいかないでしょうが。やりたくもないし。さっきのは、なんていうか、原石みたいで……未加工丸出しって感じで、自分では、できたーって気がしてないわよ?」
「原石……原石、ねえ」
吹いていた彼女としては、納得いかない出来だったのだろうが。
それでも聞いているこっちは、よかったと思えるのだ。その差をどうやって埋めるべきか――それを考えた末。
鍵太郎は、同い年の音をあるものに例えることにした。
「原石だとしたら、おまえのそれってダイヤみたいなもんなんだと思う」
「は……? 何それ?」
やはり、こういう言い方では伝わらないか。
かといって言い出した自分も、全部を把握しているわけではないのだが――先ほどの演奏の印象を思い出しながら、鍵太郎は続きを口にする。
「なんていうか、手が加わってないからこそ、まだ無色透明っていうか……けれどもすげえ価値のあるものっていうか。何も考えてないからこそ、本来のものが出たっていうか。でもとにかく、本物は本物なんだ。それは自分でも、理解しててほしいと思う」
初合奏の上に無我夢中で、とっさに出した演奏なのだ。それは彼女の望む色ではなかったのかもしれない。
けれどもその輝きは、認めてほしいと思った。
原石なのだとしたら、それを磨いていく過程で――変に複雑なカットをして、その光を安っぽいものにしないでほしいなと思った。
これからこの曲を練習していくにあたって、加工の方法を誤らないでほしかった。
「合奏前におまえは言ってたけどさ。シンプル過ぎて、これでいいのかって――でも俺は、それでいいんじゃないかと思ってる。演奏をするのに、心を動かすのに、変に凝ったものなんて大して必要じゃなくて――むしろそういうシンプルさを積み重ねたところに、大切なものがあるんじゃないかって思ってさ」
それこそ、自分から流れ出したイメージをシンプルに連ねていく。
ダイヤモンドは炭素を積み重ねて圧縮しただけの、ある意味単純な構造体だ。
がゆえに、自然界で最高に硬い鉱石になる。そしてそんな硬度があるのに、あまりに大きな衝撃を与えると砕け散ってしまうのも、光莉に似ていて――やはり自分の直感は正しかったのだと確信した。
戸惑ったようにこちらを見返してくる同い年に、その思いを持って鍵太郎は続ける。
「その原石を、元々おまえは持ってて――それは、認めていいんじゃないかって。それが分からないまま、価値を知らないままに『それ』を削り出していったら、かえって人工物っぽくなっちゃうんじゃないか、って思ってさ。そこは自分の実力を疑わずに、そのまま磨いていけばいいんじゃないかと思うんだけど……」
彼女のひとつ上の先輩が言っていた。「自分の持っているものを否定しないで」。
いや、それは元々、自分が言い出したことだったか――懐かしいそれを思い出しつつ、先ほどの光莉の演奏と重ね合わせる。
何も考えていなかったからこそ、無色透明で、なんの穢れもない輝き。
それはまだコンクールには相応しくない、武骨な形を取っていたのかもしれない。
それをこれから、見栄えのいいものに加工していかないとならないのかもしれない。
けれども、この同い年には自分の本当の価値を理解してほしかったのだ。
『本物』なのだと彼女の中で、手ごたえを持ってほしかった。いつまで経ってもこれはダメあれもダメと、削り出しては自分で割っていく、そんな光莉の手を止めさせたかった。
本物には本物に適した加工法がある。
その美しさと強さを保ったまま、本来の輝きを出すための方法がある。
混じりけのないシンプルなそれこそが、この曲の根源につながっていて――そしてそれが、彼女が本当に上手く吹けることにもつながっているのだ。
そんなことを考えつつ、鍵太郎は同い年の反応を待った。色々言ってはみたが光莉は、あまりピンときていないのか困ったように眉を寄せている。
やはりイメージから入ったからか、彼女には上手く伝わっていないらしい。
ああそうか、その輝きは、自分自身では見えないのか――そんなことに今さら気づいて、鍵太郎は自分が思った、最も単純な言葉を告げることにした。
「俺はおまえの音が、すごく綺麗だと思ってる」
「――!!??」
そう口にすると。
光莉は顔をボッと赤くし、顔を引きつらせて絶句した。
そう、こういうところだ。褒められても素直に受け止められないから、本来自分の持っているものを直視できない。
恥ずかしがってる場合じゃないだろう、吹奏楽の花形、トランペット奏者――
そう思いながら、縁の下の力持ち、魔法でいえば土属性の低音吹きは言う。
「最初に聞いたときからそう思ってたよ。だから自信持て。おまえの実力は俺が信じてる。おまえが信じてなくても、俺は信じてる」
「……っ! ……っ!?」
そう言うと、それこそ信じられないといった風に光莉は口をパクパクさせた。
その反応に、やはり、と直感する。自分の仮説は正しかったのだ。
シンプルなものが一番、聞いている人間の心に響く。それはこの同い年の反応が証明していて――そういうちょっとしたことを積み重ねて、原石というのは削り出していくものなのだろう。
そして、さらにそれを手伝うべく、鍵太郎は真っ赤になって震える光莉に言う。
「一生懸命だなーって思う。無自覚かもしれないけど、必死になってひな壇の一番上で吹いてるおまえは、本当にすごいと思う。
もっと言えば、そんなおまえの音が、俺は好きだと――」
「それ以上言ったらはっ倒すわよ、この天然タラシ野郎!?」
「もう張り倒してるじゃねえか!?」
耐えきれなくなったのか、いつも通り殴ってきた同い年に、鍵太郎は悲鳴をあげた。
その拳たるや、それこそダイヤモンドのごとしである。そして未加工の原石の方が、かえって鈍器としての殺傷力は高いのだ。
思いを積み重ねて圧縮した、光る原石。
それを振りかざしてくる光莉に、ようやくそれを手に持ってくれたかと、ほっと一息つく。
まあ、殴られたのは痛いのだけれども。少なくとも演奏上の失敗で落ち込んでいる彼女よりは、こっちの方がずっといい。
あとはこの原石をこれからどう、加工していくかだ。
気軽な気持ちで登山に行ったら、つまずいたのは予想もしなかった、とんでもない宝石だった。
ちなみに『プリマヴェーラ』の舞台である山梨県は、ダイヤモンドの加工において、世界最高峰の技術を誇る地でもあるのだが――それをこの二人が知るのは、もう少し先の話である。




