廻ってきた立場
※主な登場人物
・湊鍵太郎…三年生。部長。
・越戸ゆかり、越戸みのり…三年生。打楽器担当の双子。
・赤坂智恵理…一年生。今回は名前のみ。
・黒羽裕太…三年生。野球部キャプテン。
「困ったねえ」
「うーん、参ったねえ」
「それはこっちのセリフだよ、このお気楽双子姉妹め!?」
軽く頭をかいて言う同い年二人に、湊鍵太郎は思い切り突っ込んだ。
一年生の一人が、コンクールに出ませんと言って音楽室を出ていった、その後。
鍵太郎はその後輩の旧知である越戸ゆかりと越戸みのりに、相談をもちかけていた。
この同い年たちとあの一年生は、入部前からの知り合いである。
自分よりもはるかに、あの後輩のことに詳しいはずだ。それに何より入部の際にこの二人は、彼女との間に何かあったら、橋渡しをしてくれると言っていた。
それがまさに、今この時である。楽しくなさそうだから、大会には出ない――そうあっさり言ってきたあの後輩は、自分だけでどうにかできる存在ではない。
こちらより気持ち的な距離が近く、また考え方も近いであろう彼女たちの協力は必須なのだ。
そう考えていると、ゆかりとみのりは苦笑いで言う。
「いやあ、まさか私たちも、智恵理ちゃんがそこまで飽きっぽいとは思わなくて」
「楽しいことに夢中になっちゃう子なのは知ってたけど、それって裏返すと自分が楽しくないって思ったことには、とことん興味がないってことでもあるんだよね。いやあ参考になったわー」
「今それを、ここで学ばないでくれよ。というかマジでどうするんだ、あの子……」
外見と性格はともかく、あの後輩――赤坂智恵理の実力は本物だ。
今年の一年生の中でも、彼女の腕は飛び抜けている。
楽器も先生について習っているというし、今年のコンクールには、もちろん乗ってもらうつもりでいた。それがああもあっさりと振られて、こちらとしては当てが外れたというか、困惑してしまったのだ。
コンクールに出るのは当たり前。
そう思っていたのが、いともたやすく覆された形になる。最近の子は何かあるとすぐ辞める、と世間では言われてはいるものの、まさか自分がそれを体験することになるとは思わなかった。
というか、こちらもその『最近の子』のはずなのだが。三年生であり部長である自分と、吹奏楽部に入りたての新一年生。立場が違うと言ってしまえばそれまでだけれども、たった二歳しか違わないのに、もはやジェネレーションギャップすら感じる。
これは、どうすればいいのか。鍵太郎が頭を抱えていると、ゆかりとみのりが言う。
「うーん。そこは湊がどうしたいか、だけどさあ。部活が楽しいって思えれば智恵理ちゃん、戻ってくると思うよ?」
「そうそう。わたしたちとしては一緒にやりたいけどさー。なんというか、コンクールとかそういうの関係なしに、ここにいたいなって思えればいいよねー」
「コンクールは関係なしに、か……」
あの後輩はコンクールの独特の空気感が嫌だから、ここを抜けると言っていた。
だったらそれ以外、もしくはそれ以上の理由があれば、二人の読み通り帰ってくるだろう。
問題は、どうやってそれを伝えるか、だが――
「大会に行こうっていうのに、大会以外に目を向けられるものって、何かあるのか……?」
今の時点では何も浮かばなくて、鍵太郎は額に指を当て、首をひねった。
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「おれだったら、そういうのはそもそも追いかけない」
と、鍵太郎にそう言い放ったのは、野球部のキャプテンである黒羽裕太だった。
同じ部長ということで、この間も彼とは、レギュラーメンバーについて話し合っていたのだが。
そのときも案外とドライなことを言っていた友人は、こちらに冷静に言ってくる。
「いくら上手くても、そういうやつを入れるとチームの雰囲気が悪くなる。連携が取れないやつと、ダブルプレーができるか? 送球ひとつ取ってもミスをする可能性が出てくるんだ。結果的に試合に勝てなくなるなら、おれは多少そいつより下手でも、人間的に信用できる方を選ぶぞ」
「いや、それはそうなんだけどさ……」
大会に出るメンツを選ぶ――という点では、確かに彼の言葉は正しいのだろうと思う。
勝負の世界で生きるなら、チームプレイでのミスは少ない方がいい。
そしてやる気がないのなら、試合に出したところで大した活躍は望めない。追いかけるだけ労力の無駄だ。
来るもの拒まず、去る者追わず。
それが効率的で、後輩の意思を尊重する行為でもある。
しかし、どこかが引っかかるのだ。
そこを探りながら鍵太郎は、野球部のキャプテンに言う。
「あの子は別に、自分勝手なわけじゃないんだ。合奏は普通にやってたし、他の一年生とも仲良くやってた。ただ、目的が違うだけで……」
コンクールに出ない、部活を辞めると言っている時点で自分勝手という見方もあるかもしれないが、それはそれでこちらの都合だ。
彼女のやりたいことが部活以外にあるのなら、そちらをやってもらって構わない。上手いからメンバーに入れる、と考えていたのは自分の方で、それを無理に参加させてもしょうがないのは分かっている。
目的――そう、目的が違うのだ。
最後のコンクールだから、やるのなら本気でやって、できれば金賞を取りたいと思っている自分。
そして、コンクールなど関係なく、音楽そのものを楽しみたい智恵理。
根本は同じなはずなのに、どうしてこんなに道が別れてしまうのか。ため息をつくと、裕太はそんなこちらを見て、笑って肩をすくめた。
「ま、こないだも言ったけど、そういうところだよな。野球と吹奏楽の違いって。野球部は勝つっていう目的があるけど、吹奏楽部はそこも違う連中が、しかも結構な人数集まってるわけだろ? そりゃバラけるさ。まあ、チームとしてはある程度の基準を出さなきゃいけないっていうのは、同じだろうけど」
「なんか去年も、似たようなこと言ってた気がする……なんでだろう。立場が逆転しただけで、こんなにも見え方が違うのか……」
そういえば一年前もこうして、この友人とは部活のことについて話していたのだ。
そのときとは、状況は少し違っているが――思い通りにいかないことに、不満を持っていたことには変わりない。
楽しくやりたい。
それは全ての始まりで、全ての根底なのだと、自分はあのとき確信した。
それは今でも変わりない。やるからには楽しくやりたいし、その方が演奏にはプラスになるのではないかと、そう考えている。
智恵理には、それが伝わっていないだけだ。あの双子姉妹と話したときと同じで、やはり結局はここに戻ってくる。
大会のこと以外で、大会以外に目を向けられるもの――。
それが何かと考えていれば、裕太が言う。
「そうだよなー。なんでおれ、こんなことやってんだろうなーって、自分でも思うよ。まあ、去年の先輩たちより嫌われてない自信はあるけどさ。それでも、なんでこいつら、こっちの言うこと聞いてくれないんだって、考えちゃうときはあるなー」
「ああ、分かる分かる。全っ然言うこと聞いてくれないんだ、あいつら」
まあ、それは元からそうなのだが。
部長になる前から、彼女たちには振り回されっぱなしだった。これまでは、それがいい方に転んできたから、どうにかやってこられただけで――
去年の先輩たちは、色々こちらが食い下がったから、なんとかなったのだ。こっちの言うことなど全く聞き入れてくれなくて、大喧嘩をした末にようやく、少しだけ話を聞いてくれるように――
「……あ」
と、そこまで思い出したところで。
去年の光景が脳裏によみがえってきて、鍵太郎は声をあげた。
『なんでみんな、私の言うこと聞いてくれないんですか』――去年のコンクールの予選が終わった後、先代の部長はそんなことを、大粒の涙をこぼしながら言っていたのだ。
そのときは、あの先輩を理解した上で、手を差し伸べたつもりだったけれど。
「……貝島先輩、ごめんなさい」
自分はあの人のことを、分かったつもりで全然分かっていなかった。
きっとあの先代部長は、「そんなこと、もういいんですよ」などと言うのだろうけど。
それでも口に出さずにはいられない。同じ立場になってようやく、あの人の気持ちの何千分の一くらいは、理解できた。
思ったような成果が出ず、その上後輩から突き上げを食らうのは、彼女からしてみれば相当しんどかったことだろう。
だったら――
「――よし」
思いついた方法が、ひとつある。
あのときと同じやり方で、それをあの第二の師匠のやったアレンジを加えて、尖らせたものだ。
さらに言うなら、この部活に入った最初の頃。
今まで知らなかった楽器の楽しさを教えてくれた、あの男の先輩を真似て――
「少し、目が覚めてきた。こうなりゃこっちも、とことんまで楽しくやってやる」
気負ってた自分の頬を叩き、鍵太郎はそう言って、挑戦的に笑った。




