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川連二高吹奏楽部~ここがハーレムだと、いつから錯覚していた?  作者: 譜楽士
第21幕 問題だらけのレギュラーメンバー
288/473

絶対無敵の四者面談?

※主な登場人物

・湊鍵太郎…三年生。部長。

・本町瑞枝…吹奏楽部顧問。

・片柳隣花…三年生。ホルン担当。

「本日はお忙しい中ご足労いただき、誠にありがとうございます」


 そんな風に完全に対外モードで顧問の先生が言うのを、湊鍵太郎(みなとけんたろう)は隣で聞いていた。

 吹奏楽部に生徒の保護者が殴り込んできた、数日後。

 鍵太郎は再び、その保護者――片柳隣花(かたやなぎりんか)の母親と対面していた。

 母親の隣には、もちろん同い年の隣花の姿がある。

 三年生になったら部活を辞めて勉強に専念しろ――そう言われてしばらく部活に顔を出していない彼女は、こんな状況下のせいか、青い顔をして見えた。

 本心では親の意向に従っていない隣花を、こちらに取り戻す。

 そう思って、今日はこの四者面談を設定したのだ。こわばった表情の同い年に、鍵太郎は目くばせして小さくうなずいた。

 それに隣花は、戸惑いの眼差しを返してくる。こちらの狙いを悟られてはならないので、彼女には今回こちらがどんな手段に打って出るかは伝えていない。

 少々心臓に悪いだろうが、今は我慢してほしい――そう思っていると、隣花の母親が不機嫌そうに口を開く。


「それで、なんですか? 話って」


 今回の四者面談にあたっては、()()()()()をしてきたが、まず最初の誘い文句はこれだった。

「お子さんの進路について、大切な話がある」――そう言って、保護者を学校に呼び出してもらったのだ。

 そうすれば、いくら人の話を聞かない親でも我が子のことである以上、顔を出さざるを得ない。

 隣花の母親は、教育熱心がゆえにああいった行動に出たのだから、なおさらだ。そしてそんな保護者の問いに、吹奏楽部顧問の本町瑞枝(ほんまちみずえ)が対応する。


「はい。今回は片柳――隣花さんの今後について、学業面で現状より良いと思った選択肢を、お話させていただきたいと思いまして。資料も作って参りましたので、ご説明させていただければと思います。

 と――その前に。湊。()()()()()

「はい」


 先生の言葉に、反応する。

 これが今回、自分がこの面談にいる理由だ。

 いくら吹奏楽部の部長だとしても、同い年の進路相談の場にいるのはおかしい。

 けれども、本当の狙いを悟られないために――今は、この芝居が必要なのだ。

 そう思って鍵太郎は立ち上がり、隣花の母親に頭を下げた。


「先日は、失礼なことを言ってしまい、申し訳ございませんでした」


 本来ならば、ここで謝るべきではないのだろう。

 部活に怒鳴り込んできたのはこの保護者だし、ましてこちらは、相当な精神的圧力にさらされた。道理からすれば本当に謝罪すべきなのは、この母親の方ではないのか、と本心では思う。

 けれど、違うのだ。

 こちらの狙いが、『片柳隣花を奪い返すこと』だと絶対に悟られてはならない。

 それを知られてしまったら、今度こそ彼女を取り返すことは叶わなくなる。前回のように、怒鳴り散らされて終わりだ。

 だからあくまでこの面談は、『部活を辞めたらお子さんにとって損ですよ』という体で進める方針だった。

 なのでそれを確実なものにするため、鍵太郎は奥歯を噛みつつ、頭を下げ続けた。ここまでは台本通り、台本通りだ――と自分に言い聞かせて、怒りに震えそうになる身体をなんとか落ち着かせる。

 体勢のおかげで、表情が向こうからは見えないので、こんな演技でもなんとか通じるはずだ。体感的にはだいぶ長く感じるが、他の人間からすればそうでもなかったらしい。

 しばらくの間を置いて、本町が言う。


「先日は、私が学外の用事で留守にしておりました。代わりにこちらの部員が対応したのですが……どうも、ご不快な思いをさせてしまったようで。申し訳ございません。こちらからもよく言っておきます」

「……ふん。そういったことでしたら、別にもういいです」


 その隣花の母親のセリフに、こちらに向いていた敵意が和らいだのを、鍵太郎は感じていた。

 これで、『隣花のことを部活に留めおこうとした存在』はいなくなった。

 そう思わせるための作戦は――なんとかうまくいったらしい。そのことに安堵して、頭を上げる。やっている間は、はらわたが煮えくり返りそうだったが、今は狙い通りにいった達成感の方が強い。

 この振る舞いは、本町の提案で取り入れることになったものだった。最初は鍵太郎も嫌だと言ったのだが、こうして見ると効果があったのだなと思う。

 宿敵相手に頭を下げるなど、あってはならない――そう考えていたのだが、世の中というのは案外そうでもないらしい。

 そういうところは、この先生も大人なのだろうなと思った。そのまま流れで、四人でイスに腰かけて。

 鍵太郎は、面談の流れを見守ることにした。

 あとは、本町に任せるしかない。

 この間は、「世間を知らないガキが」とこの母親には言われたけれども。

 今回は、この顧問の先生がこちらの託した作戦を持って、戦ってくれるのだ。

 相手が相手だけに不安もあるが、本町ならなんとかやってくれる。今のやり取りからそれを信じて、会話に耳を傾けることにする。

 そして、全員が落ち着くのを待ってから、顧問の先生は切り出した。


「はい、では今回のお話をさせていただきます。こちらの部員からお話を聞いておりますが――お母さまは、お子さんの学力が心配で、部活を辞めさせたいということでしたよね?」

「当然です。高校三年生にもなって、部活で受験を邪魔されるなんてあってはなりません。そんなものは早々に辞めて、勉強に専念すべきです」


『そんなもの』と。

 自分が生業としている音楽を、紙くずのように扱われた本町だったが、その表情はこゆるぎもしなかった。

 既にそう言われると、分かっていたからかどうなのか――顔色一つ変えず、先生は言う。


「なるほど。そういった考えもあります。しかし昨今、興味深いデータが発表されまして。今日はそれをご説明したいなと思い、こうした場を設けました」

「データ?」


 その単語に、ピクリと隣花の母親が反応した。

 これも予定通りだ。あの同い年と似たような性格の傾向があるなら、数字には必ず反応する。

 こちらのその読みは、当たっていただようだ。わずかに前のめりになった保護者に対して、本町は書類を差し出す。

 それはここ数日で作った、とある調査結果などをまとめたものだった。


「先日、文部科学省が発表しました、全国学力調査の結果です。部活動と学力の関係を調べるという、大変意欲的なもので――これによれば、『部活動をやっている生徒の方が、部活に所属していない生徒よりも学力が高い』となっています」

「……」


 勉強する時間が少なくなるから、部活を辞めなさい。

 そんな母親の主張を、真っ向から覆す検証結果だった。食い入るようにその書類を見る隣花の母親に、先生は続ける。


「この結果につきまして、文科省は学力と部活動の因果関係は不明、としています。ですが、他の教育機関ではこの結果について、分析が進められました。そちらが次のページです」


 言いながら、本町自身も同じ書類の束をめくった。

 棒グラフや円グラフなど、データを分かりやすく図で表したもの。

 その下に文章で、解説がされている。その部分を要約し、本町は言った。


「この調査によると、最も学力が低いのが『部活をやっていない』生徒でした。そして最も学力が高いのが、『部活動時間が二時間程度』の生徒です。これについて、様々な教育機関がほぼ同じ結論を出しました。『部活動をやっている生徒の方が、集中して勉強ができる』と」

「……」


 今ここで調べてもらっても構わないが、この調査はインターネットでもすぐ出てくるくらいに有名なものだ。

 少なくとも、高校生の鍵太郎が携帯で調べて、すぐ出てくるくらいには。隣花を取り返す算段をつける際に、一番最初に当たったのが、このデータだった。

 だからこそ、これを元に今回の作戦を立てたのだ。論理と結果で返されると弱い――それは隣花の弱点から導き出した、この母親への対抗策だ。

 先生は続ける。


「これは、私たち教師陣の経験からしても、うなずけるものがあります。お母さまの周りにもいらっしゃいませんでしたか? 資格を取ると言って部活や習い事を辞めたのに、結局試験に受からなかった、という方」

「……」


 心当たりがあるのか、隣花の母親は書類から顔を上げ、こちらを見た。

 本町の言うことは、鍵太郎にも心当たりがある。

 受験のため、と言って部活を辞めつつ、結局勉強していない人間。英検に受かるため、と言って習い事を辞めたのに、受からなかった人間。

 それはきっと、時間ができすぎてしまって、何をどうしていいか分からなくなってしまったからなのではないかと思う。

 有り余る時間があると、人は逆に何もしなくなるものだ。まあ、だからといって全く時間がないのも、それはそれでどうなのかと思うが。

 少なくとも、ある程度は時間に制限がかかっていた方が、物事には集中しやすい。そういった一般論が、このデータによってある程度実証されたのかもしれない。

 隣花の母親が、不気味なほど静かなのは気になるが、事態はおおむねシナリオ通りに進んでいる。

 あとは、次の展開次第だが――と鍵太郎が思っていると、本町は言う。


「それは、生徒に関してもそうです。この調査は、私たちが教育現場で感じていたことを裏付ける、貴重なデータとなりました。それを踏まえて、申し上げます。今ここでお子さんが部活を辞めるのは、かえってよくないのではないかと」

「……」

「この調査で出てきた、部活動時間については本校の吹奏楽部も大枠、それに沿っています。進学校ですし、部活に力を入れているとはいっても、学生の本分は勉強。テスト前はもちろん部活はやりませんし、成績の悪い生徒はそもそも、大会には出しません。何より、お子さんの成績は高校に入ってから、ずっと上がっています」


 部活をやっているから、とまでは言えないが、しかし部活をやっていても、成績は悪くはなっていない。

 成績と部活の間に明確なつながりがない以上、『成績を良くしたいから部活を辞める』という論理自体が成り立たない。

 そして公式なデータとして、『部活をやっていない生徒の方が、成績が悪い傾向がある』という結果がある。

 これで納得してくれればよし。

 さもなくば――と思ったところで。

 隣花の母親が言う。


「――でも」


 その声に、鍵太郎の背筋が粟立った。

 やはり、一筋縄ではいかなかった。予想はしていたものの、未だ盤面をひっくり返される可能性があることに恐怖を感じる。

 ここで上手くいかなければ、一発で終わりだ。噴き出してくる冷や汗を、拭うこともできずにいると――隣花の母親は言う。


「これって、中学生を対象にしたデータですよね? 高校生のものはないんですか? 時間の使い方がよくなければ成績が伸びない、というのはよく分かりました。けれども高校生ともなれば、自分で自主的に計画を立てて、時間を有効に使えるのでは?」

「――それでしたら」


 そして、内心では本町も焦りがあったのだろう。

 わずかな沈黙の後に、先生は口を開いた。ページをめくりながら、本町は作り笑いを深くする。

 そう、ここからが正念場――

 鍵太郎が考え、先生が首を賭けた、大博打の始まりだ。

 今までよりも目を見開き、本町が言う。


「次のページをご覧ください。文部科学省には高校生を対象にした、同様の調査データはありませんでした。しかし、本校で独自に同じような調査を行ったんです。これが、その結果になります」


 用意した書類の、最後のページ。

 そこには、最初に言った公的機関の調査と、同じような結果が記してあった。

 細部の数字は違うものの、大筋が似たような内容になっている。これを作るためにどれだけ苦労したか――鍵太郎がここ数日の出来事を思い出していると、先生は続ける。


「近年の生徒の部活への在籍状況と、成績の相関図になります。やはりというか、高校生でも傾向は同じですね」

「……ふむ」

「そして、補足になりますが――」


 さらに、ここで駄目押しの一手だ。

 これで納得してもらわなければ、あとはもう事態は手の届かないところにまで行ってしまう。

 よろしくお願いします、先生、()()――と心の中で祈りつつ、鍵太郎は続く本町の言葉を聞いていた。


「本校の吹奏楽部卒業生の、生徒全体の中の成績。並びに進学先も、末尾に加えておきました。ご参考になれば幸いです」


 書類の下。

 本当に最後の最後に、そのデータは載せてあった。これまでの先輩たちの、主な進学先。大学の名前。

 そこにはもちろん、隣花と同じ楽器を吹いていた、あの偉大な先輩の行った先も――


「――あら」


 と。

 そこで、その先輩の進学先を見たのだろう。隣花の母親の指が、その大学名でぴたりと止まった。

 そこで顧問の先生が、すかさず対応する。


「ああ――海道由貴(かいどうゆき)の進学先ですね。優秀な生徒でした」


 その名前に、隣花がはっ――と顔を上げる。

 そう、その先輩は。

 彼女が一年生のときから、ずっと追いかけ続け、そして尊敬している人だった。

 あのバカなくせに、成績だけはやたらよかった、愉快な先輩たちの代。

 その中でも文句なしにトップレベルを誇った、あのホルンの才媛――


「うちの部の中でも、とりわけ飛び抜けていましたね。演奏も上手く、クラスでも委員長を務めるなど多岐に渡って活躍していました。ああ、そういえば、お子さんとは同じ楽器で――」

「隣花」


 その先輩のことを、本町が解説すると。

 同い年の母親は、それまで全く見ていなかった娘の方を向いた。

 これは、どっちだ――と鍵太郎が、その動向を注視していると。

 隣花の母親は、にっこり笑って彼女に言う。


「そうなのね。だからあなた、部活を辞めるのを反対していたの。そうならそうと、そう言ってくれればいいのに」

「お母、さん……」

「分かったわ。()()()()()()()()。でも、成績が落ちたら容赦しないわよ? ですよね? 先生」

「はい。責任を持ってお子さんをお預かりします」


 突然の振りを、見事に切り返し。

 先生は笑顔と共に、ゆっくりとうなずいた。それを見て、隣花の母親はもう一度微笑み――


「では、よろしくお願いします、先生。隣花、これからもがんばりなさいね」


 そう言い残して。

 片柳隣花の母親は、そのまま部屋を出て行った。

 パタン、と扉が閉まった後も、しばらく緊張感が残っている。

 鍵太郎も、本町も、そして隣花も黙っていた。

 最後の最後まで、気を抜くな。

 そう打ち合わせしていたのだ。そして、もうあの保護者は玄関から出て行っただろう、もう学校からいなくなっただろうというタイミングで――


「……ぷはあぁぁぁぁっ!」


 先生がもう限界だ、といったように大きく息をついた。

 そして、それを機にこちらもずるずると、イスから滑り落ちそうになる。

 分かってはいたものの、ものすごい圧迫感だった。気を張っていなければ、そのまま潰れてしまいそうですらあった。

 けれど。


「何が……どうなったの……?」


 そこで呆然と部屋の外を見続けている、隣花のことは。

 とりあえず、無事に守ることができたようで――鍵太郎はぐんにゃりとしたまま、笑って息をついた。

《参考文献》

産経新聞ウェブ版 2017.8.28 等々

https://www.sankei.com/life/news/170828/lif1708280035-n1.html

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