時は短し恋せよ乙女
※主な登場人物(全員三年生)
・湊鍵太郎…川連二高吹奏楽部、部長。
・柳橋葵…薗部高校吹奏楽部、部長。
・戸張櫂奈…薗部高校吹奏楽部、トランペット担当。
「せんせー。みんなで集合写真撮ろうよー」
「ダメだ」
と。
ここに来る前、同い年と顧問の先生がやり取りをしているのを、湊鍵太郎は聞いていた。
テーマパークでの本番が終わったら、合同バンドのみんなで記念撮影をしたい。
けれども、それはダメなのだという。どうしてなのか、と訊く生徒に、先生は答える。
「そうしたいのは山々なんだが、あそこの規則でな。大人数での記念撮影は禁止されてるんだよ。まあ、何人かのグループで撮る分にはいいんだけどな。一か所に何十人も集まっちまうのは、園内の他の客への邪魔になるから、ご遠慮くださいって送られてきた書類に書いてあったんだ」
だから、今回はそれぞれで写真を撮ってくれな――と言う先生を、鍵太郎は横目で眺めていた。
そんなことがあったので――
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「だ、大丈夫ですかね、これ」
写真を撮ろうと続々と集まってくる部員たちを見て、鍵太郎は顔を引きつらせていた。
ここはテーマパーク・フォクシーランド、そこの大広場だ。
湖のほとりにある、大きな城。
そこの前で、みんなで記念撮影をしたい。
それがこちらの願いというか、ワガママだったわけだが――
そろり、そろりと見慣れた顔が徐々に集まってくるのに、冷や汗が出てくる。集まれそうなら一緒に写真を撮ろう、と部員たちに連絡を取ったわけだが、意外と多くの人間が来てしまった。
二校合同バンドなので、当たり前といえばそうなのだけれども。そして、その相手先の学校である薗部高校の面々も、ここからチラホラ確認できた。
すると、その薗部高校の吹奏楽部部長である、柳橋葵が言ってくる。
「大丈夫ですよ。パッと集まって、サッと解散すれば、他の人の迷惑になりませんし」
「ここに来て、合同バンド最後の連携を試されることになるとは思ってませんでした……」
合図と共に城の前に集合し、一枚だけ写真を撮ってすぐに解散する。
それがこちらの計画だ。本当に瞬間的なもので、しかもアドリブ。今回のメンバーのチームワークが成功の鍵である。
ここでの本番を終え、合同バンドはこれで解散になる。
だったら、最後に思い出を目に見える形で残したい。それが葵のワガママで――それとこちらの願いが上手く噛み合って、こういうことになった。
誰がカメラのシャッターを切るかという話にもなったが、それは今回の演奏には参加しなかった、一年生に任せることにして。
そのカメラ係の彼女は、所定の位置につき、城を撮るふりをしてズーム具合の調節をしている。
もうそろそろ、約束の時間だ。全員に連絡を送った際に伝えたその時刻を、鍵太郎が携帯で確認していると――
葵が言う。
「こんなに人が集まってくれてるんです。湊さんは、部長としても人としても、すごく信頼されてるんだと思います」
「……柳橋さん」
「湊さんの周りにいる人は、幸せですよ。あそこまで罪悪感を持つくらい、真剣に向き合ってもらえてるんですから」
人としての『情』と、部員としての『戦力』。
その二つの目で周りを見てしまうことに、悩んでいたこちらではあったが――もうひとつの学校の部長は。
そんなもの、みんなが笑っていれば関係ないのだと言って、このワガママに付き合ってくれていた。
「本当に湊さんが悪い人だったら、そんなことで苦しんだりなんかしないはずです。そりゃあ人間ですから、よくないことも考えちゃうかもしれませんよ? でも、その気持ちがある限り、湊さんは大丈夫です。きっと」
「ありがとう、ございます……」
「ああ、私もそのくらい、真剣に部活のこと考えなきゃなあ――!」
そう言って、葵は泣きそうな顔で笑って、天を仰ぐ。
真面目なこの他校の部長は、こちらの姿勢を見て自分も奮い立たねばと、刺激を受けたようだ。
思い返せば、この合同バンドが始まってから、ずっとそうだった。部長同士、お互いを見習って自分もこう在りたいと、そう思ってきた。
だが、それももうすぐ終わってしまう。
泡沫の夢はあっという間――
「そういうわけで湊さん。これまで本当に、ありがとうございました」
そして、その夢をしっかりと心に抱いて。
葵は真っすぐにこちらを向いてそう言った。
カメラ係の一年生が、高く右手を上げる。
それが合図となって――カウントダウンが始まった。
3。
「この合同バンドを組めて、すごくよかった。これがなければ私は今も、音楽室の片隅で怖くて震えていたと思います」
これまでずっと一緒にやってきた、奇跡のような魔法の時間。
それが解ける瞬間が、間近に迫る。
2。
「どこに行ったらいいかも、何をしたらいいかも、あのときの私は分からなかった。けど、湊さんはそこから飛び出す、勇気をくれたんです」
だから、と彼女はそのまま続けた。
1――。
「だから私に、もう一度だけ勇気をください」
そう告げると、葵は。
こちらの手を握って、そのまま走り始めた。
他の部員たちも、それぞれ違う場所から目的の地点に向かって走っている。
その中を、二人で一緒に駆け抜けて――
全身に風を感じているうちに、すぐに城の前まで着いた。
そこでは「あんたこっち!」「私は端っこ」「わたしは前で座るねー」「ピースピース!」などと、みなが大はしゃぎしている。
そんな連中に、部長ということで、葵と共に一番前のど真ん中に行かされて――
何がなんだか分からないうちに、前方から声が聞こえてきた。
「撮りまーす!」
その合図があって、すぐ。
一瞬の閃光と、シャッター音がした。
そこから、ちゃんと撮れているかという確認もせず――「散・開!」という号令に従い、部員たちは散らばっていく。
ここに大勢で留まり続けていたら、またあの厳しいテーマパークの職員に怒られることになってしまう。
なので、鍵太郎がカメラを後輩から受け取って、そのままこの場を去ろうとすると――すぐ隣にいた葵が。
「じゃあ湊さん、また! その写真、絶対に私のところにも送ってくださいね!」
そう言って、笑顔で手を振って。
そのまま逃げるように、走っていってしまった。
いや実際、一刻も早くここからは逃げないとならないわけだが――と、蜘蛛の子を散らすようにいなくなる部員たちの後を追って、こちらも駆けだす。
そして、少し離れた場所で、写真を確認して――
「……ああ、よかった」
その中のみんなが笑っていることに、鍵太郎はほっと一息ついた。
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「……あれで、よかったの?」
そして、そこから別の方角の、テーマパークの片隅で。
戸張櫂奈は柳橋葵に、そう声をかけていた。
写真を撮ろう、その呼びかけに応えて、あそこに行ったわけだが――彼女の思いを知っている者としては。
もっと違うやり方があったのではないか、と思うのだ。すると、そんな同い年の問いかけに、葵は答える。
「……うん。あれで、よかったんだよ」
「本当に?」
「だって、言えるわけないじゃない」
荒い息をつきながら、薗部高校の部長は言った。
そうなっているのは、ここまで走ってきたからか、それとも彼女が泣いているからなのか――
どちらなのかは、分からないが。
それでも、葵は櫂奈にそれまで言えなかった、本当の気持ちを吐露する。
「あんなに必死になって、自分以外の周りのことを考えてる人にさ……! 私だけが何にも考えずに、『好きです』だなんて能天気に言えないよ……!」
「……だったら、せめて」
二人だけで、写真を撮ればよかったのに。
『あなたの隣で、写真を撮りたい』と――たったそれだけの、ワガママを言えばよかったのに。
思いを伝えるのが無理だとしても、そんな些細な願いなら、きっとあの他校の部長は引き受けてくれただろう。
あんな大勢を集めて、その中に自分を埋めてしまう必要などなかったはずだ。
そう言う櫂奈に、葵は首を振る。
「違うんだよ。みんなで撮らなくちゃ、意味がなかったの」
そうでなければ、ここに来た意味がない。
はっきりとした形で『全員が楽しかったという証』を残さなければ、この合同バンドを組んだこと自体が否定されてしまう。
それはひいては、あの相手方の部長の思いまで否定することでもある。そう言うと、櫂奈は心底呆れたといった風にため息をついた。
「……部長って、大変ね」
「そうだよ。大変なんだよ」
だから、櫂奈ちゃんが部長になるのを断ったのは、別に悪い判断じゃなかったんだよ――と。
そう無理矢理に笑って言う葵に、櫂奈は眉をしかめる。
「……ムカつく。決めたわ。コンクールではあの向こうの学校のトランペットのやつと一緒に、そいつも張り倒しに行くわよ」
「え、ええっ!? なんでそうなるの!?」
「なんでも何も。あんたがそんな顔してたら、そう言いたくもなるでしょうに」
ウチの部長に、なんて顔させてるのあの野郎――と薗部高校の首席トランペット吹きは、このテーマパークのどこかにいるであろう、もう一人の部長のことを罵った。
「周りのことを庇おう、分かろうっていう、あっちの部長の姿勢を見習いたいのも分かるけどね。そうやって全部背負い込もうとするのはやめなさい。見てるこっちがキツいから」
「で、でも、私も湊さんに相応しいくらいの、立派な部長になりたいなーって……」
「シャラップ! あんたにはあんたの、向こうには向こうのやり方があるでしょうが! 今度そういう態度を見せたら、私は容赦なくあんたを怒鳴り散らすわよ!?」
「ご、ごめんなさい……」
既に、もう容赦なく怒鳴り散らしている気はするのだが――そこを突っ込むと藪蛇になりそうな気がしたので、葵はそれ以上の追及をやめた。
そういうところからして自分は、以前と変わらず、情けない部長ではないかと思うのだけれども。
そんなこちらを見て、櫂奈は深く息をつく。
「……ともかく。頼りないところがあったって、それでもあんたは部長なの。だからみんな、手を貸してくれるのよ」
「……それって、櫂奈ちゃんも手を貸してくれるってことだよね?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど!? あんたが泣きそうな顔してるから、しょうがなく手伝ってあげてるだけだし!?」
あんただけに任せておいたら、先行きが不安だから口出ししてるだけだし!? などと言う同い年を見て――ようやく葵はふふ、と笑った。
本当に、ここに来るまで色々と辛いことはあったけれど。
それがなければ、彼女とこうして言い合うこともできなかったのだろう。
隠した部分はあるけれど、彼に感謝しているのは紛れもなく本当だ。
そう思って、涙をぬぐえば――櫂奈は慌てた調子で、でも力強く言ってくる。
「ともかく! 今日はここでたっぷり遊んで、また明日から頑張ればいいのよ! パーッと! パーッと遊びましょう! 分かった!?」
「うん、分かった」
そう笑って返事をすれば、同い年はフンと息をついて、そのまま園内を進んでいった。
こちらを置いていきそうな勢いで進んでいく櫂奈を、急いで追いかける。
それはきっと、彼のいる方向ではないのだけれど――
「……写真、楽しみだなあ」
ここには、確かに自分たちが笑っていた瞬間があったことを思い出し。
そして、最初に出会ったときに交換した連絡先から、その写真が送られてくることを心待ちにして――
葵は再び、青く輝く空の下を歩き始めた。
第20幕 裏と表の波間にたゆたう~了




