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ふるさとは心の中に

※主な登場人物

・湊鍵太郎…三年生。部長。チューバ担当。

・大月芽衣…一年生。チューバ担当。

『ふるさと』という曲のタイトルを見ると、つい思い出してしまう。


「……春日(かすが)先輩」


 あの美しき故郷(ふるさと)のことを。

 忘れられない、あの人のことを。



 ###



「みんな『ふるさと』、ちょっと元気よく吹きすぎだと思うんだよね……」


 もう少しに迫った、老人ホームでの慰問演奏。

 それに向けた合奏が終わった後、湊鍵太郎(みなとけんたろう)は、苦笑いでそう言った。

 今度の本番では、唱歌として『ふるさと』をやることになっている。

 しかし曲の感じに対して、先ほどの演奏は明るすぎると思うのだ。新入生も段々と部活に馴染んできて、音も出てきたせいか余計にそう感じられた。

 すると鍵太郎のつぶやきを聞きつけたのか、一年生の大月芽衣(おおつきめい)が言う。


「しんみりやったら、おじいちゃんおばあちゃん泣いちゃうんじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどさ」


 後輩のもっともな意見に、うなずく。確かにああいったところでこの曲をやると、場合によっては号泣する人が出かねない。

 だとすると明るめの調子でやった方がいいのだろうが、どうにも塩梅が難しかった。

 鍵太郎が唸っていると、その様子を見て芽衣が言ってくる。


「じゃあ、先輩のこの曲のイメージってどういうものなんですか? 先輩にとっての『ふるさと』って」

「……やっぱり、安心できるところ、ってイメージだね」


 とは言いつつ――真っ先に思い浮かんだのはやはり、卒業した同じ楽器の先輩のことだった。

 この曲をやると、どうしてもあの人のことが出てきてしまう。

 名前がそのまま、というのもある。

 美しき故郷。もう遠く離れてしまったその人のことを考えると、どこか感傷的な気持ちになってしまうのは事実だった。

 演奏のイメージが、楽器から出てくる音がどうも暗い。おじいちゃんおばあちゃんの前に、こっちが泣いてしまうかもしれない。

 あの人は、今どこで何をしているだろうか――元気でやっているだろうか。

 そんなことをぼんやり考えていると。


「――先輩。先輩?」

「――あ」


 芽衣が呼びかけてきて、鍵太郎ははっと我に返った。

 どうやら考え事に没頭しすぎて、目の前のことがおろそかになっていたらしい。

 無視されたと思ったのか、後輩はさらに眉を寄せ、こちらに対して言ってくる。


「……先輩は、たまにどこか、遠くを見ていることがありますね」

「……そう?」


 そんな素振りを見せたつもりはなかったのだが、この一年生にとってはそうでもなかったらしい。

 やはり隣にいると分かってしまうのか、それともこの後輩が、こちらのことをよく見ていたからなのか――判断できずにいると、芽衣はさらに続ける。


「そうです。なんだかそのまま、フラフラどこかに行ってしまいそうな気がします。危なっかしいというか……というか、なんですか。なんで私が、先輩のことを心配しなくちゃならないんですか」

「あ、うん……ごめん」


 唇を尖らせてむくれる後輩に、謝るしかない。

 三年生でかつ部長なのに、一年生に気遣われているのだ。立つ瀬がないというか決まりが悪いというか、とにかく先輩として今のはまずかった。

 そう、今の自分は三年生であり部長であり、この子にとっての先輩なのだ。

 そのことを改めて思い出していると、芽衣は言う。


「……この前、一緒に上手くなれるよう考えようって、先輩は言いました。だったら、私のことを置いていかないでください」

「大丈夫だよ。置いてなんかいかない。そこは、約束する」


 一年生を不安にさせてしまったことに、鍵太郎は苦笑いしつつ、そう口にした。

 あの人のことは忘れられないし、いつかまた会いたいという気持ちもあるのだけれど。

 まだ『そっち側』に行ってしまうには、あまりに早すぎる。

 故郷は、遠くにあるから故郷で。

 それを想うからこそ、今ここでがんばろうという気持ちになれるのだ。そうか、そういう気持ちでこの曲は吹けばいいのかな――などと。

 多少は現実に近くなってきた思考で鍵太郎が考えていると、芽衣が言う。


「……まったく。先輩は話には聞いてましたが、変に暗くなるときがあります。そんなんだから陰キャだって言われるんですよ」

「え、待って。ちょっと待って。それ大月さん、赤坂さんに聞いた?」


 そこでこの後輩と同じ、しかし性格的には正反対であろう一年生の言っていた単語が出てきて、鍵太郎は驚きの声をあげた。

 真面目そのものといった芽衣と、あの派手派手しいギャルの間で会話が成立するのだろうか。

 別の意味で心配になっていると、後輩はなんでもないことのように首を傾げて言ってくる。


「はい。このまえ『友達になろー!』って言われたので、そのまま友達になりました」

「器が大きい!? なんだろう意外と後輩たちの方がコミュ力高い!? 自分で自分のコミュ障具合が分かる!?」

「彼女、今度の慰問演奏で付け爪してこようかなって言ってたんですけど、さすがにそれは止めておきましたよ」

「ありがとう! そこは本当に、ありがとう!?」


 果たして付け爪をつけて横笛を吹けるのかという疑問はあったが、とりあえず止めてくれて助かった。

 ひょっとして、やたら曲調が明るく聞こえたのはあの後輩のせいだろうか。

 自分も自分で暗いと思うが、あの一年生も明るすぎる。

 演奏も部内の人間関係も、いろんな意味で塩梅が難しすぎだ。鍵太郎が頭を抱えていると、芽衣は淡々とした口調で言う。


「……普通に吹けばいいと思いますよ」


 そこに、みんな自分のふるさとを見出すんですから――と、こちらをじっと見つめて言う一年生に。

 むしろこちらが置いていかれたようで、なんだか複雑な気分になる鍵太郎だった。


 大きな光の中に小さな影を落としながら、始まりと終わりの舞台は近づいてくる。

 ソワソワする気持ちもちぐはぐな態度も巻き込んで、いざ本番、花のステージへ。

《参考音源&資料》

『世界の民謡・童謡』

ふるさとの音源と歌詞

http://worldfolksong.com/songbook/japan/furusato.htm

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