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川連二高吹奏楽部~ここがハーレムだと、いつから錯覚していた?  作者: 譜楽士
第18幕 気づかずに受け取ってきた
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サクラサク

※主な登場人物

・湊鍵太郎…二年生。吹奏楽部部長。

・宝木咲耶…二年生。バスクラリネット担当。

・本町瑞枝…吹奏楽部顧問。

 そして、これまで歩いてきた道に、この曲が符合するというのなら――


「……さて、今度はあっちと話さなきゃいけないな」


 もう一人、説得しなければならない人物がいて、湊鍵太郎(みなとけんたろう)はため息をついた。

『プリマヴェーラ』という曲には、もう一つ重大なソロがある。

 あのトランペットの同い年が冒頭、一年生のときを歌っているとならば、そちらは二年生の頃を象徴するようなものだ。

 嵐を予言するような、あの妖しい旋律。

 それを再現するため――次は、あのバスクラリネットの同い年と話さなくてはならない。



###



「もうそろそろ、桜が咲くねー」


 三月半ば、少しずつ春に向けて暖かくなり始めた頃。

 鍵太郎が宝木咲耶(たからぎさくや)に相談を持ちかけようとすると、彼女は音楽室の外を眺めてそう言った。

 鍵太郎が釣られてそちらを見れば、そこには校舎の周りに植えられている、桜並木がある。

 例年通り、入学式の頃には満開になるだろう。

 どことなく弾んだ咲耶の声色に、少し物珍しさを感じて、鍵太郎は訊いてみた。


「宝木さんは、桜が好き?」

「うん。ひょっとしたら、自分の名前になるかもしれなかった花だしね。やっぱり他の花より気になるかな」

「あ、そうなんだ」


 彼女の名前は『サクヤ』だが。

『サクラ』になる可能性もあったということか。そう思うと、確かに親近感も湧くだろう。

 すると咲耶は、いつになく上機嫌で続けてくる。


「私の名前は、おじいちゃんが付けたんだけどね。話を聞いたら、どうも花の名前をつけると短命になるとか、そういうジンクスというか、言い伝えみたいなものがあるんだって」

「へー、だから今の名前になったんだ」

「うん。あと他にも、何かあったみたいだけど……そういえば、それは教えてもらえなかったな」


 今度訊いてみようかな――そう言って彼女は、窓から目を離して歩き始めた。

 慌ててその後を、鍵太郎は追いかける。現在吹奏楽部が行っているのは、その桜が咲く季節に向けての、新入生歓迎演奏の練習だ。

 その季節を迎えれば、自分たちは三年生――つまり最上級生になる。

 そこから先のイベントは、全て高校生活最後の場。

 中でも夏の吹奏楽コンクールは、自分たちにとって非常に大切なものになるわけで――


「宝木さん。実は折り入って、頼みがあるんだけど……」


 鍵太郎は当初の予定通り、咲耶にある相談を持ちかけていた。

 最後のコンクールの演奏は、それに相応しいものにしたい。

 そんな思いで鍵太郎が選んだのが『プリマヴェーラ』という曲なのだが、そこには。


「…………」


 咲耶の担当する楽器、バスクラリネットのソロがあって。

 音源を聞いた彼女は、いつも柔和で穏やかなはずの顔を引きつらせていた。

 暗闇で、独白するように歌う――そしてその先の、不穏な展開を予言するようなこの旋律は、この同い年というよりも先代の、卒業したバスクラリネットの先輩に近いイメージがある。

 さらに、一番の問題は――

 このメロディーは、完全に無伴奏。

 いわゆる『どソロ』というやつなのだ。


「……」

「……どうかな?」

「いや、その……」


 これを吹いてほしい、というこちらの願いに、流石の咲耶も動揺した様子で言葉を詰まらせた。

 そんな反応にならないはずがない。彼女はまだ、クラリネットからバスクラリネットに移って、半年も経っていないのだから。

 それでいきなり自分たちの大切な舞台で、こんな重責を担えというのだ。普通だったら無理だと言うところだろう。

 けれども、咲耶だったら。

 これまで幾度となく、その芯の強さを見せてくれた彼女なら、引き受けてくれるのではないか――

 そう思いながら鍵太郎が咲耶を見つめていると、彼女は「ちょ、ちょっと待って」と言ってくる。


「……湊くん、これ、本当に私にできると思ってる?」

「思ってる。宝木さんならできるって、信じてる。だから持ってきた」

「う……」


『信じてる』――二人の間で、合言葉のように交わされてきたそれに、咲耶は再び言葉を詰まらせた。

 そのまま彼女は、うーうーと唸っていたのだが――かといって、このまま無理に頼み込みたくもない。

 心の底から納得しなければ、こういうものは吹けないのだから。

 ならば咲耶自身がこちらの言葉を『信じて』『飛び越えて』きてくれるまで、待つまでだ。

 そう、鍵太郎が思っていると――音楽準備室の扉をバンと開けて、顧問の本町瑞枝(ほんまちみずえ)が飛び出してきた。


「おい湊。来たぞ、来た来た」

「な、何がですか……!?」


 そのまま目を爛々とさせてにじり寄ってくる先生に、若干引きながら訊くと。

 本町は書類をこちらに突き出し、興奮気味に答えてくる。


「フォクシーランド、オーディションの合格通知だよ! いやあ、一時期はどうなるかと思ったけど、本当に上手くいったな! これから忙しくなるぞ!」

「マジですか!?」


 鼻先に突きつけられた紙束を受け取り、内容を確認する。

 まず最初に目に飛び込んできたのは、『合格』の二文字。

 そして書類には他にも、タイムテーブルや乗ってきたバスを止める場所、さらには担当者の名前までもが記してあった。

 それを見て――鍵太郎の中に、本当に自分の言い出したことが実現したのだという実感がじわじわと湧いてくる。


「……よし。よし、よっし!!」


 演奏時の手応えから何となく、大丈夫だとは思っていたものの。

 いざこうして結果を目にすると、やはり自分たちのやってきたことは間違っていなかったのだと、叫び出したい気持ちになった。

 一足早く、サクラ咲く。

 先生の言う通り、これから忙しくなるだろう。テーマパークで演奏するともなれば新入生は今までより多く入ってくるだろうし、各所への手配や、今後の合同バンドの練習スケジュール調整など――やるべきことは山のように出てくる。

 だが、それもこの嬉しさの前では些細なことに過ぎない。

 なのでその勢いのまま、鍵太郎が今後やるべきことを目まぐるしく考えていると――

 そんなこちらをじっと見て、咲耶が言ってくる。


「……ねえ、湊くん」


 その瞳は彼女が時折見せる、透明で不思議な深さがあった。


「『プリマヴェーラ』……だっけ。湊くんはさ、この曲でどうしたいと思ってる?」

「どう、って……」


 咲耶の眼差しには、この同い年の先代のバスクラリネット吹きの、あの先輩に似て非なるものがある。

 全てを見通すあの視線――それを感じて、同い年の問いに本心を返さなければならないと、鍵太郎は自らの思いを(かえり)みた。

『プリマヴェーラ』――あの曲を持ってきたのは、いいものであるということもあるが、同時に曲調そのものがまるで、自分たちが辿ってきた道程そのものに思えたからだ。

 だから、もし本番の演奏をやり切ることができれば、今まであったいいことも悪いことも、何もかも。

 全部それでよかったのではないかと、そんな風に考えられそうな気がした。

 先日、トランペットの同い年にはそう伝えたのだが――

 それと同時に、いや、それ以上に。


「俺はさ――自分たちがやってきたことが正しかったんだぞって、みんなに認めてもらいたいだけなのかもしれない」


 その、今まであったいいことも悪いことも引っくるめて、自分たち以外の誰かに、それを見てもらいたいという気持ちが大きい。

 コンクールで金賞を取りたいという気持ちは、もちろんある。

 けれどもそれは部長だからとか、そういう責任感からではなく――いうなれば、個人的な感情から出たものだ。

 最後のコンクールで、自分たちのやってきたことを全て演奏に込めたい。

 そしてその上で、誰かに「よかったよ」と言ってもらいたい。

 そうすれば、例えこれで終わりでも。

 自分たちのやってきたことは、無駄ではなかったのではないかと思える。


「他人からしたら、俺たちのやってきたことはすごく、ちっぽけなものかもしれないけどさ――それでも、この曲ができたら。これまで色々あったけれど、演奏を聞いた人たちが『すげえ!』って思ってくれたら。それはそれで、何か意味はあったんじゃないかって」


 草原に咲く、一輪の花のように。

 他人からすれば取るに足らないものかもしれないけれど、それは自分たちにとって、かけがえのないものだ。

 通り過ぎる誰かが、その花を見て「綺麗だね」と言ってくれれば――それはそれでもう、十分だった。


「結局は……そうだな。『俺たちはすごかったんだぞ!』って、言いたいだけなんだと思う。先輩たちも、これから入ってくるかもしれない後輩も、みんなのことを――自慢したいだけなんだろうな」


 今まで出会ってきた人たちや、その人たちとの間にあった出来事。

 様々なことが脳裏をよぎったが――突き詰めてしまえばこの願いは、ただの自己満足なのだろう。

 子どものように、好きなものを見せびらかしたいだけ。

 そこまで考えて、苦笑する。もうすぐ三年生になるというのに、自分のこの幼さは何だろう。

 一年生の頃と、まるで変っていない。

 先輩たちには遠く及ばない。本当、何やってんだ俺――そう思っていると。


「いいんじゃない。それはすごく、素敵な願いだと思うよ」


 それまでずっとこちらの話を聞いていた咲耶が、顔をほころばせてそう言った。

 その表情は、彼女がたまに見せる素のもので。

 それこそ花が咲くような、柔らかい笑顔だった。


「そっか。だからさっき、合同バンドの合格を聞いたとき、湊くんあんなに嬉しそうだったんだ」

「あ……うん。それもそれで、自分たち以外の誰かにやってきたことが、認められたってことだからさ」


 その合同バンドも、最初はこのやり方を試したくて言い始めたというのは、ある。

 自分以外の誰かと一緒に、何かすごいことをやりたい――初めはそんな、子どもじみた曖昧な思いから始まったことだ。

 しかしそれが実現したことで、ならばコンクールでもなんとかなるのではないかと、希望を持てた。

 こんなガキでも。

 小さな存在でも。

 それを重ね合わせることで、『ほんとうにすごいもの』が出来上がるのではないかと。

 そう思った二年生のあのとき、そういえば――

 最初に「一緒にいるよ」と言ってくれたのは咲耶だった。

 そのことを思い出していると、同い年は迷いを振り切ったように、ひとつうなずいて言う。


「分かった。だったら私もそのソロ、やってみようと思う」

「本当に!?」

「うん。さっきの湊くんを見てたらさ。やりたいことがあって、それを形にできるっていうのは――すごくいいことだなって、そう思ったから」


 だったら、私はその手伝いをしたいんだ。そう言って。

 その願いの花を咲かせるべく。

 そして「一緒にいるよ」という、あの約束を果たすべく。


「私も私で、好きな人のためにがんばってみたいから」


 彼女はこちらの言葉を信じて、こちら側に飛び込んできてくれた。



###



 後に、咲耶は知ることになるのだが――

 彼女の名前は、富士山の頂上から種を撒き桜を咲かせたという、日本神話の女神から取られている。

 その一柱の名を、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)

 彼女の祖父は花そのものの名前ではなく、『花を咲かせる者』の名前を付けたのだ。

 そのことと今回のことが関係しているのかは、まさに神のみぞ知る、といったところだが――


 季節は巡る。


 これより始まるは、花の旅路。

 咲くからには散っていく、それは自然なことなれど。

『プリマヴェーラ』の意味は、イタリア語で『春』。

 踏みしめた足跡から、新しい芽が出てくるように――

 厳寒の季節を越えて、また、春がやってくる。

第18幕 気づかずに受け取ってきた~了


今回で、波乱万丈だった二年生編が終了です。

次回より、三年生編に移ります。


そして、以前に告知させていただきました、高久広美主役の外伝「未来視の魔女」を開始しました(完結しました)。

本編の目次の上にあるシリーズリンク(川連二高吹奏楽部シリーズ)から見られますので、そちらもぜひよろしくお願いします。

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