彼女たちの大団円
※主な登場人物
・湊鍵太郎…二年生。吹奏楽部部長。
・高久広美、貝島優、関掘まやか、今泉智恵、平ヶ崎弓枝…三年生。今回をもって高校を卒業。
胸に花をつけた卒業生たちが通り過ぎていく。
笑いながらすれ違うその背中に、あの人たちはどこに行くんだろうと、ふと思った。
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『卒業生、入場』
というアナウンスと共に、先生の指揮棒が振り下ろされる。
吹奏楽部が卒業式で演奏する曲は、『主よ、人の望みの喜びよ』。
毎年の恒例になっているそれを、湊鍵太郎は今年も体育館の二階で吹いていた。
三年生が全て着席し終えるまで、この曲をずっと繰り返す予定になっている。一階では胸に花をつけた卒業生が、入場をしている――らしい。
こちらからは見えないので、何とも分からない。
しかし去年と同じだとしたら、あの先輩たちはそうやって歩いているのだろう。
どうぞどこへなりとも行ってしまえと思うのは、間違いなのだろうかと鍵太郎は思った。
賛美歌を演奏しているのにそんなことを考えるなんて、本来であれば不謹慎なのかもしれない。
けれどそれがこちらの、正直な気持ちなのだ。二つ上の先輩たちと違って、一つ上の先輩はみな、本当に好き勝手をやらかしてくれたのだから。
どれだけ迷惑をこうむったかなんて、それこそ百万言を費やしても言い尽くせない。
だから、曲で語る。
トランペットの音が聞こえてきて、ちょうどそこが歌の部分だった。それと一緒に、心の中で歌を唱えていくことにする。
調べた末に出てきた歌詞はとても、あの人たちに沿ったものではなかったけれど。
それでも、こういう場なのだ。少し強引に解釈したっていいだろう――
そう思って、鍵太郎は自分なりの言葉を浮かべていった。
――あなたたちは、私の喜びであり続ける。
どんなことがあっても、ここまで来られた。
それは何であれ、喜んでいいことのはずだ。
――あなたたちは私の力の源であり、だからこそ全てを守りたいと思った。
思い返せばあの人たちのおかげで、自分はその望みを強く持つことができた。
きっと彼女たちにそんな意図は、微塵もなかったろう。
けれどそれは結果的にこうして、実を結んでいる。
楽しさと恵みをもたらして、宝となったものは時を刻んで。
こうしてずっとずっと――続いていくのだ。
また同じ思いをしたいかというと、もちろんもう二度と御免だけど。
それでも軽く文句を言うくらいは、許してほしかった。
もし後輩に訊かれたのなら、あの人たちは本当にひどかったんだぜ、と。
まったく、しょうがない人たちだった――と、笑って言えるくらいの。
そんな関係でありたかった。
――だから俺は、あなたたちのことを絶対忘れない。
あの馬鹿ども、と言うことすら、愛してるの証。
気兼ねなくお互いに言い合えるような、そんな親愛の証。
こんなこと言ったら嫌われるんじゃないか、なんて心配をする必要もない。
ケンカするほど仲がいい、と言うけれど。
それが嘘偽りない、自分の素直な気持ちだった。
これをどこかに放り出すなんて、そんなことあり得ない。
ねじれてて面倒くさくて、どうしようもないものだけど――
それでもやっぱり、自分は彼女たちを、突き放す気にはなれないのだから。
なら、この演奏が終わったら、一生懸命なあの人たちに。
伝えられるか分からないけれど――もう一度、会いに行こう。
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三年生の教室は、去年と同じく賑わっていた。
自分と同じく挨拶に来たのであろう後輩たちと、卒業生とが入り乱れている。
辺りを見回していると、胸に花をつけた卒業生たちが、笑いながら通り過ぎていって。
あの人たちはこれからどこに行くんだろうと、ふと思った。
先輩たちはどこだろう。そのまま鍵太郎が廊下をきょろきょろしつつ歩いていると、教室の中から声をかけられる。
「あ、湊っち。こっちこっち」
「高久先輩」
聞き慣れた声に招かれてそちらに行けば、そこには三年生の高久広美がやはり、花を胸につけて立っていた。
さらに彼女の周りには他にも貝島優や関掘まやか、今泉智恵に平ヶ崎弓枝もいる。
主な面子が全員顔を揃えていることに、鍵太郎が言いようもない違和感を覚えていると――
広美が以前のように、ニヤニヤ笑いながら言ってくる。
「聞いたよー? 何か最近、面白いことやってるらしいじゃん」
「大変そうですが、やる気があっていいことですね」
「他の学校の人たちはどんな感じ? いい演奏できてる?」
「いいなあ。わたしもそういうのやりたかったー」
「いや、えっと、その……」
そんな風に口々に言われて、鍵太郎は先輩たちを見回した。
面白いこと、というのは恐らく彼女たちの口振りからして、合同バンドのことだろうが。
今はそれより、この名状しがたい光景の方が先だ。
違和感の原因に察しがついてきたので、鍵太郎はそれを口にしてみる。
「あのう……先輩たちって、こんなに仲良しでしたっけ?」
そう、そもそもこの年代がこうして一緒にいるのが、こちらにとっては意外なことなのだ。
どちらかというと彼女たちは個人主義で、全員が別々に自分の時間を過ごしていると思っていた。
それが蓋を開けてみれば、この有り様である。
これまで後輩のみならず、同い年とさえいがみ合ってきた先輩たちだ。
何があったらこうなるのか。首を傾げていると、鍵太郎の質問に、広美と優が答えてくる。
「あー。なんだか引退したら、お互い背負ってたものがなくなったというか」
「張り合う必要性もなくなった、というか。何だか今となっては、まあいいやって感じです」
「はあ。そんなもんですか……」
そのいがみ合ってきた筆頭の二人に言われると、こちらとしてはそう応えるしかない。
彼女たちがいなくなって、部長になって。
ここ最近は色々あって、それを相談してみようかな――なんて心の隅では考えていたけども。
最終的に、こんな風に笑い合えるのなら。
自分が不安に思っていることなんて、実はすごく小さなものなのかもしれない。
「……なんとかなるよ。何があったって、どうなったって。わたしたちだって、何とかなったんだから」
「……平ヶ崎先輩」
すると弓枝が黒縁メガネの奥から静かにこちらを見つめ、そう言ってきた。
この代では最も早く、そして最も的確なアドバイスをくれた先輩は。
恐らく最後になるであろう矢を、こちらに向けて言い放つ。
「大丈夫。きっと大丈夫」
その言葉に。
相変わらず胸を射抜かれて、鍵太郎は「……はい」としかうなずくことしかできなかった。
何があっても、この人たちはどうにかしてそれを乗り越えてきた。
やりたいようにやって、痛い目をみて。
でも最後には笑っていて。
だから自分たちだって、きっと大丈夫――
そう思っていると。
今度は智恵が、周りにいる同い年たちへと言う。
「ねえねえみんな、駅前に新しいドーナツ屋さんができたんだって。卒業祝いに食べに行こうよー」
「あら、いいわね。行きましょうか」
「まあ、家に帰っても暇ですし。行きますか」
「コーヒーあるかねえ、その店」
ぽっちゃりさんの提案に、他の面子もなんやかんやと言いつつ賛成していた。
弓枝も、「……じゃあ、もう行くね」と、そちら側に歩いていく。
そして――
「じゃーね、湊くん!」
そう、言い残して。
星と、炎と、闇と、それらを繋ぐ円と。
そしてその中心を、射抜く矢が。
呆然とするこちらを残して、あっさりと去っていってしまった。
いや――去っていったのではない。
新しいところに、向かっていったのだ――そのことに気づいて、鍵太郎は肩を震わせて笑った。
「……本当に、勝手な人たち」
ああもう。
だったら、どうぞどこへなりとも行ってしまえ。
最後の最後まで、こちらの期待を全部裏切ってくれて――
だから俺は、あなたたちのことを絶対忘れない。
「……ああ、そうだ。肝心なことを言ってなかった」
もうだいぶ遠くなっている、彼女たちの背中を見て思う。
かっこよかった。
尊敬していた。
そして、大好きだった。
そんな先輩たちへと――
「……卒業、おめでとうございます」
鍵太郎は今度こそ素直な気持ちで、そう言うことができた。
《参考音源》
Jesus, Joy of Man's Desiring (主よ,人の望みの喜びよ)
https://www.youtube.com/watch?v=drM6rXj7bqQ
【告知】
こんばんは、譜楽士です。
以前から言っていたのですが、高久広美が主人公の外伝を始めようと思っています^^
広美と他の面子との出会いや、この代の恋愛事情(笑)など。
色々ぶっちゃけていきます。本編がA面ならこちらはB面の物語です。上げ次第こちらでも告知させていただきますので、本編と併せてよろしくお願い致します!




