表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
川連二高吹奏楽部~ここがハーレムだと、いつから錯覚していた?  作者: 譜楽士
第18幕 気づかずに受け取ってきた
254/473

彼女たちの大団円

※主な登場人物

・湊鍵太郎…二年生。吹奏楽部部長。

・高久広美、貝島優、関掘まやか、今泉智恵、平ヶ崎弓枝…三年生。今回をもって高校を卒業。

 胸に花をつけた卒業生たちが通り過ぎていく。

 笑いながらすれ違うその背中に、あの人たちはどこに行くんだろうと、ふと思った。



###



『卒業生、入場』


 というアナウンスと共に、先生の指揮棒が振り下ろされる。

 吹奏楽部が卒業式で演奏する曲は、『主よ、人の望みの喜びよ』。

 毎年の恒例になっているそれを、湊鍵太郎(みなとけんたろう)は今年も体育館の二階で吹いていた。


 三年生が全て着席し終えるまで、この曲をずっと繰り返す予定になっている。一階では胸に花をつけた卒業生が、入場をしている――らしい。

 こちらからは見えないので、何とも分からない。

 しかし去年と同じだとしたら、あの先輩たちはそうやって歩いているのだろう。


 どうぞどこへなりとも行ってしまえと思うのは、間違いなのだろうかと鍵太郎は思った。

 賛美歌を演奏しているのにそんなことを考えるなんて、本来であれば不謹慎なのかもしれない。

 けれどそれがこちらの、正直な気持ちなのだ。二つ上の先輩たちと違って、一つ上の先輩はみな、本当に好き勝手をやらかしてくれたのだから。

 どれだけ迷惑をこうむったかなんて、それこそ百万言を費やしても言い尽くせない。

 だから、曲で語る。


 トランペットの音が聞こえてきて、ちょうどそこが歌の部分だった。それと一緒に、心の中で歌を唱えていくことにする。

 調べた末に出てきた歌詞はとても、あの人たちに沿ったものではなかったけれど。

 それでも、こういう場なのだ。少し強引に解釈したっていいだろう――

 そう思って、鍵太郎は自分なりの言葉を浮かべていった。


 ――あなたたちは、私の喜びであり続ける。


 どんなことがあっても、ここまで来られた。

 それは何であれ、喜んでいいことのはずだ。


 ――あなたたちは私の力の源であり、だからこそ全てを守りたいと思った。


 思い返せばあの人たちのおかげで、自分はその望みを強く持つことができた。

 きっと彼女たちにそんな意図は、微塵もなかったろう。

 けれどそれは結果的にこうして、実を結んでいる。

 楽しさと恵みをもたらして、宝となったものは時を刻んで。

 こうしてずっとずっと――続いていくのだ。


 また同じ思いをしたいかというと、もちろんもう二度と御免だけど。

 それでも軽く文句を言うくらいは、許してほしかった。

 もし後輩に訊かれたのなら、あの人たちは本当にひどかったんだぜ、と。

 まったく、しょうがない人たちだった――と、笑って言えるくらいの。

 そんな関係でありたかった。


 ――だから俺は、あなたたちのことを絶対忘れない。


 あの馬鹿ども、と言うことすら、愛してるの証。

 気兼ねなくお互いに言い合えるような、そんな親愛の証。

 こんなこと言ったら嫌われるんじゃないか、なんて心配をする必要もない。

 ケンカするほど仲がいい、と言うけれど。

 それが嘘偽りない、自分の素直な気持ちだった。

 これをどこかに放り出すなんて、そんなことあり得ない。

 ねじれてて面倒くさくて、どうしようもないものだけど――

 それでもやっぱり、自分は彼女たちを、突き放す気にはなれないのだから。


 なら、この演奏が終わったら、一生懸命なあの人たちに。

 伝えられるか分からないけれど――もう一度、会いに行こう。



###



 三年生の教室は、去年と同じく賑わっていた。

 自分と同じく挨拶に来たのであろう後輩たちと、卒業生とが入り乱れている。

 辺りを見回していると、胸に花をつけた卒業生たちが、笑いながら通り過ぎていって。

 あの人たちはこれからどこに行くんだろうと、ふと思った。

 先輩たちはどこだろう。そのまま鍵太郎が廊下をきょろきょろしつつ歩いていると、教室の中から声をかけられる。


「あ、湊っち。こっちこっち」

「高久先輩」


 聞き慣れた声に招かれてそちらに行けば、そこには三年生の高久広美がやはり、花を胸につけて立っていた。

 さらに彼女の周りには他にも貝島優(かいじまゆう)関掘(せきぼり)まやか、今泉智恵(いまいずみともえ)平ヶ崎弓枝(ひらがさきゆみえ)もいる。

 主な面子が全員顔を揃えていることに、鍵太郎が言いようもない違和感を覚えていると――

 広美が以前のように、ニヤニヤ笑いながら言ってくる。


「聞いたよー? 何か最近、面白いことやってるらしいじゃん」

「大変そうですが、やる気があっていいことですね」

「他の学校の人たちはどんな感じ? いい演奏できてる?」

「いいなあ。わたしもそういうのやりたかったー」

「いや、えっと、その……」


 そんな風に口々に言われて、鍵太郎は先輩たちを見回した。

 面白いこと、というのは恐らく彼女たちの口振りからして、合同バンドのことだろうが。

 今はそれより、この名状しがたい光景の方が先だ。

 違和感の原因に察しがついてきたので、鍵太郎はそれを口にしてみる。


「あのう……先輩たちって、こんなに仲良しでしたっけ?」


 そう、そもそもこの年代がこうして一緒にいるのが、こちらにとっては意外なことなのだ。

 どちらかというと彼女たちは個人主義で、全員が別々に自分の時間を過ごしていると思っていた。

 それが蓋を開けてみれば、この有り様である。

 これまで後輩のみならず、同い年とさえいがみ合ってきた先輩たちだ。

 何があったらこうなるのか。首を傾げていると、鍵太郎の質問に、広美と優が答えてくる。


「あー。なんだか引退したら、お互い背負ってたものがなくなったというか」

「張り合う必要性もなくなった、というか。何だか今となっては、まあいいやって感じです」

「はあ。そんなもんですか……」


 そのいがみ合ってきた筆頭の二人に言われると、こちらとしてはそう応えるしかない。

 彼女たちがいなくなって、部長になって。

 ここ最近は色々あって、それを相談してみようかな――なんて心の隅では考えていたけども。

 最終的に、こんな風に笑い合えるのなら。

 自分が不安に思っていることなんて、実はすごく小さなものなのかもしれない。


「……なんとかなるよ。何があったって、どうなったって。わたしたちだって、何とかなったんだから」

「……平ヶ崎先輩」


 すると弓枝が黒縁メガネの奥から静かにこちらを見つめ、そう言ってきた。

 この代では最も早く、そして最も的確なアドバイスをくれた先輩は。

 恐らく最後になるであろう矢を、こちらに向けて言い放つ。


「大丈夫。きっと大丈夫」


 その言葉に。

 相変わらず胸を射抜かれて、鍵太郎は「……はい」としかうなずくことしかできなかった。

 何があっても、この人たちはどうにかしてそれを乗り越えてきた。

 やりたいようにやって、痛い目をみて。

 でも最後には笑っていて。

 だから自分たちだって、きっと大丈夫――

 そう思っていると。

 今度は智恵が、周りにいる同い年たちへと言う。


「ねえねえみんな、駅前に新しいドーナツ屋さんができたんだって。卒業祝いに食べに行こうよー」

「あら、いいわね。行きましょうか」

「まあ、家に帰っても暇ですし。行きますか」

「コーヒーあるかねえ、その店」


 ぽっちゃりさんの提案に、他の面子もなんやかんやと言いつつ賛成していた。

 弓枝も、「……じゃあ、もう行くね」と、そちら側に歩いていく。

 そして――


「じゃーね、湊くん!」


 そう、言い残して。

 星と、炎と、闇と、それらを繋ぐ円と。

 そしてその中心を、射抜く矢が。

 呆然とするこちらを残して、あっさりと去っていってしまった。

 いや――去っていったのではない。

 新しいところに、向かっていったのだ――そのことに気づいて、鍵太郎は肩を震わせて笑った。


「……本当に、勝手な人たち」


 ああもう。

 だったら、どうぞどこへなりとも行ってしまえ。

 最後の最後まで、こちらの期待を全部裏切ってくれて――

 だから俺は、あなたたちのことを絶対忘れない。


「……ああ、そうだ。肝心なことを言ってなかった」


 もうだいぶ遠くなっている、彼女たちの背中を見て思う。

 かっこよかった。

 尊敬していた。

 そして、大好きだった。

 そんな先輩たちへと――


「……卒業、おめでとうございます」


 鍵太郎は今度こそ素直な気持ちで、そう言うことができた。

《参考音源》

Jesus, Joy of Man's Desiring (主よ,人の望みの喜びよ)

https://www.youtube.com/watch?v=drM6rXj7bqQ


【告知】

こんばんは、譜楽士です。

以前から言っていたのですが、高久広美が主人公の外伝を始めようと思っています^^

広美と他の面子との出会いや、この代の恋愛事情(笑)など。

色々ぶっちゃけていきます。本編がA面ならこちらはB面の物語です。上げ次第こちらでも告知させていただきますので、本編と併せてよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ