お菓子がなければ作ってしまえばいいじゃない
※主な登場人物
・湊鍵太郎…二年生。部長。チューバ担当。
・千渡光莉、宝木咲耶、片柳隣花、浅沼涼子…二年生の吹奏楽部員たち。
・滝田聡司…吹奏楽部OB。元打楽器担当。
・黒羽祐太…二年生。野球部キャプテン。
・宮本朝実…一年生。バリトンサックス担当。
「あー。甘いものうめえー」
「あんた、それだけ食べてよく太らないわよね……」
部活の練習が終わった後。
湊鍵太郎が棒付き飴を齧っていると、千渡光莉が呆れたようにそう言った。
そろそろ本番も近づいてきて、合奏にも自然と熱が入ってきている。
ただそれは、練習後にはひどく腹が空いているということでもあった。
鍵太郎の場合は、手っ取り早く糖分補給でどうにかしている状態である。前々から甘いものは好きとは知られていたが、ここ最近は度を越していると見られているらしい。
しかし。
「いや俺の楽器はカロリー消費激しいし。吹いてれば問題ないというか」
結局は失った分を補填しているだけなので、太るも太らないもないのだ。
女子としては複雑な気持ちになるのか、渋い顔になる光莉ではあるが。
そんな同い年へと、鍵太郎は追加の飴を差し出す。
「つまりは、食ったらその分吹けばいいんだよ。というか、おまえも疲れてるだろ。食うか?」
「ああ、うん……もらうわ」
常日頃の態度からすれば意外なほど、彼女はこちらの出した棒付き飴を受け取った。
それほど光莉も気合いを入れて練習し、エネルギーを消費しているということだろう。
どうも彼女は合同バンド先の学校の生徒を相当にライバル視しているらしく、先ほどの合奏でもかなりの音を出していたのだ。
本人曰く「何だかんだ言いつつも、やっぱり高音のパワーはあっちのがあるのよね……くそう」ということだったが。
もそもそとフィルムを開けて飴を口に放り込むと、少しは落ち着いたのか、ほうと息をついて光莉は言う。
「……とは言っても、やっぱりあんた最近、ちょっと甘いもの食べすぎだと思うのよ。何というか、見てて少し心配になるというか。疲れた顔で飴をガリガリ齧ってるのは、何かちょっと怖いというか」
「ああ、それ私も思ってた」
そのセリフに、間近で楽器を片付けていた宝木咲耶も、振り返って会話に参加してくる。
「一時的には別にいいけど、ここのところ毎日でしょう? そりゃあ練習がんばったら食べたくもなるだろうけどさ。夕飯前におやつを食べ過ぎるのは、あんまりよくないと思うんだよ」
「いや、あの、宝木さん?」
何やら話が、妙な方向に行きかけている。
困ったように笑う咲耶に、鍵太郎も引きつり笑いで呼びかけると――
さらに横合いから片柳隣花が、何か調べたようで携帯を見つめながら言ってきた。
「……甘いものは。あまり長期に渡って摂取し過ぎると、免疫力が下がることがあるらしいわ」
「……そういえばあんた、年末に風邪引いてたわよね」
「ちょ、ちょっと待て!? おまえら!?」
じっ――と。
こちらを見つめてくる同い年たちの視線に、鍵太郎はたじろいだ。
いや正確には、こちらの咥えている棒付き飴に目が向いているわけだが、それはもはや顔を見ているに等しい。
さらに怪しくなってきた雲行きに、鍵太郎がどう反論しようか迷っていると。
『あのさあ』
彼女たちの方が先に、ある宣告を下してきた。
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「というわけで、今年のバレンタインは、誰も何もくれないってことになりました! おかしくないですか!? ねえ、おかしくないですか!?」
『いや……おかしいって言うんだったら、おまえの理屈のがよっぽどおかしいと思うんだが……』
そう鍵太郎が携帯に向かって叫ぶと、スピーカー越しに返ってきたのは、卒業した先輩の声だった。
滝田聡司。
鍵太郎が知っている限り、この女所帯の吹奏楽部でなんとか上手くやっていた、唯一の男子部員である。
二つ上の先輩の戸惑った様子に、しかし鍵太郎は噛み付かんばかりに反論する。
「おかしくないですよ!? というかあいつら、バレンタインどころか、日頃からもっと甘いものは控えろって言うんですよ!? 俺の元気の素を取り上げようなんて、何て酷い連中なんだ!」
『あー、そうか。だからおまえ、いつもよりカッカしてんのか』
甘いものが不足してイライラ気味の後輩に、聡司は納得したように、そして苦笑を滲ませそう言った。
久しぶりの少数派男子部員の愚痴大会ではあるが、本来の目的はそこではない。
なので鍵太郎が聡司へとその話を切り出そうとすると、先輩はむしろ逆に質問をしてくる。
『ってことは、アレか? おまえオレに、何か菓子のレシピを訊くために電話してきたのか?』
「……何で、そうなるんですか?」
こちらとしては、むしろ聡司がどうやってチョコレートを恵んでもらっていたのか、尋ねようと思っていたのだが。
自分と同じく虐げられてきたこの先輩が、どうやってあのバレンタインという日を乗り越えてきたのか。
そこに大いに興味がある。二学年離れているため、そういえばその時期を一緒に過ごしたことはなかったのだ。
すると聡司は、こちらの予想のはるか斜め上を行く発言をしてくる。
『いやだってオレはさ、自分でお菓子作って、部活の女子連中に配ってたし』
「…………」
その光景をうっかり想像してしまって、鍵太郎は携帯を持ったまま硬直した。
あの聡司が。
メガネをかけた、ひょろ長い男の先輩が。
お菓子を作って、カワイイラッピングなんかしちゃったりして。
それをキャッキャウフフと部活の女子全員に配って回るという、そんな恐ろしい有り様を――。
『おい、どうしたんだ湊。いきなり黙って』
「……いや、久しぶりに先輩のこと、すごくキモいなって思って」
『何でだ!?』
聡司は悲痛な調子で叫んでくるが、あまりの気持ち悪さに吐き気がして、こちらとしては口元を押さえるしかない。
しばらくぶりで油断していたため、うっかりと大ダメージを負ってしまった。
あまりの衝撃に言葉を発せないでいると、流石に聡司は気分を悪くしたのか、拗ねたように言う。
『あー、何だよおまえ。そんなこと言うんだったらいいよ。超絶不器用なおまえでも作れそうなやつのレシピ、送ってやろうかと思ったけど、絶対に教えてやらねえ』
「いよっ、先輩! 日本一のドラム叩き! スティック捌きとか超カッコいい! また一緒に演奏してみたいなあ!」
『手のひらの返しようがすごいな、オイ』
まあいいや、と別に本気で怒っていたわけでもなかったのだろう。
聡司はあっさりと前言をひるがえし、『んー、そうだなあ』と言って、料理初心者のこちらでも作れそうなものを考え始めた。
考えるほどのレパートリーがあるというのもまた恐ろしい話だが、今回に限っては鍵太郎も突っ込まない。
なぜならこれを利用した『ある作戦』を、思いついてしまったからだ。
そして――
お菓子がないなら作ってしまえばいいじゃない、と言うべきか。
そんな禁断の甘い秘術を、先輩は授けてくれる。
『電子レンジで簡単に作れる、カスタードクリームなんてどうだ?』
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「というわけで、そのカスタードクリームを使って、アップルパイを作ることにした」
「……」
と、その鍵太郎の発言を受けて。
野球部キャプテンの黒羽祐太は、数日前の目の前の誰かさんと、同じように沈黙した。
しかしそんな友人をよそに、鍵太郎はそのまま続ける。
「いや驚いたよ。先輩の送ってくれたレシピ通りやってみたら、本当に電子レンジでカスタードクリームが出来るんだもんな。あとは林檎を薄く切って同じようにレンジでチンして、クリームと一緒にパイ生地の上で焼けばアップルパイになるんだ。流石に俺にまだパイ生地は作れないから、スーパーで売ってる冷凍のものを使うことにしたけどさ。あとは――」
「な、なあ、湊……?」
ぶつぶつと顎に手を当てて言う昔馴染みに、祐太は恐る恐る声をかけた。
だがそんな野球部のキャプテンの呼びかけも、鍵太郎には届かない。
むしろ鼻歌交じりで朗らかに、試作品のアップルパイをカバンから取り出す始末である。
「とりあえず自分が食べるついでに、いくつか試しに作ってみたんだ。祐太も食べるか?」
「いや、いい! いらない!?」
「え、何でだよ」
悲鳴のように拒否してくる友人に多少なりともショックを受けて、鍵太郎は唇を尖らせた。
しかしそんなこちらに、祐太は昔からの友人として、真摯に忠告してくる。
「あのさ、おれが言うのも何だけど……そこまで行くとおまえ、ちょっと怖いぞ」
「えっ?」
そういえば先日、違う意味ではあったが部活の女子部員たちに、そんなことを言われたような気がする。
湊鍵太郎。
女子より女子力が上がってることに気づいた、高校二年の冬である。
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そして――それからさらに数日後、部活の練習が終わってから。
「さあ、これが俺が研究に研究を重ねて作った、渾身のアップルパイだ! 旨いぞう!」
『…………』
鍵太郎は先輩と相談しながら作ったアップルパイを、部員たちへと差し出した。
何やら同い年の女子たちが白い目で見ているが、そんなことは気にしない。
これも本当の目的を果たすためなのだ。
なので、それに気づかれないよう――鍵太郎はそのまま笑顔で、食べやすいようにカットしたパイを勧める。
「ほれ。みんな練習の後で腹減ってるだろ。食べろ食べろ」
『……』
「あれ、先輩たち食べないんですか? では遠慮なく」
どうにも警戒して手を付けない二年生たちに代わって、一年生の宮本朝実が前に出た。
そして彼女はアップルパイを一切れ摘み、ぱくりと口に入れる。
どことなく、緊張した雰囲気の中ではあったが――
いつも通り朝実は、そんなことなどお構いなしに正直な感想を述べてくる。
「あ、美味しいです」
『……え、本当に?』
目を輝かせる後輩に、先輩たちも顔を見合わせてアップルパイに手を伸ばした。
そしてそれぞれがパイを口にした瞬間――全員が、驚きに目を見開く。
「し、信じられない……あの鶴も折れない不器用男が、まさかこんな、レベルの高いものを作るなんて」
「はっはっは。参ったか」
わなわなと手を震わせて言う光莉に、鍵太郎は会心の笑みを浮かべた。
確かに最初は自分でも半信半疑だったが、聡司の指示に従って作っているうちに、いつの間にかとんでもないものが出来上がっていたのである。
それは同時に、あの先輩の料理スキルの高さを窺わせるものではあったが――まあ、その話は今は置いておくとして。
見れば部員たちは、一つ、また一つとパイと摘まんでいった。
最初は遠慮がちだった隣花も、自身ですら困惑した様子でアップルパイを頬張っている。
「やばい。これ甘さ控えめのせいもあってか、手が止まらないんだけど」
「だろ? 滝田先輩の勧めもあって、砂糖をレシピより少なくしてみたんだ。何度か試作した甲斐があったってもんだよな」
「男の人の方が料理にハマると凝り出すって、本当だったんだね……」
そう苦笑を交えて言う咲耶も、食べる手は止めない。
元々こちらと同じように、練習の後は疲れていた部員たちなのだ。
消費した体力を補給しようと、身体が食べ物を求めていることに変わりはないのである。
そしてそれこそが、こちらの狙いであることに気づかずに――と。
鍵太郎が内心ほくそ笑んでいるうちに、アップルパイはあっという間になくなってしまった。
「ねー、湊。もっとないの?」
「おう、あるぞー。どんどん食え、どんどん」
「わーい!」
浅沼涼子が物欲しげにおかわりを要求してきたのに応え、追加のパイを取り出す。
それに部員のほとんどが、群がった隙を狙って――
鍵太郎は、致命の一撃を叩き込んだ。
「というわけで――みんな。今度のホワイトデーは、よろしくな……?」
『うっ……!?』
暗く目を光らせて言うこちらに、散々食べ散らかしていた同い年たちは、文字通り喉を詰まらせた。
甘いものがなければ、作ってしまえばいいじゃない。
それを応用した――名付けて、『お菓子がダメなら食べさせてしまえばいいじゃない』作戦。
厳密に言えばこれは別にバレンタインの贈り物でも何でもないのだが、しかしここまで食べてしまった以上、お返しというものは考えなければならなくなる。
卑怯者、と謗られようが構わない。
うっすらと笑みを浮かべるこちらに只ならぬものを感じたのか、咲耶と隣花が揃って頬を引きつらせた。
「く、草餅とかだったら、大丈夫かな……!?」
「と……糖質制限チョコとか。い、いや。果物の方が身体にいいのかしら……?」
「わあ。なんか先輩たち、糖尿病のお父さんにプレゼントあげるみたいになってますよ」
そんな中で朝実だけは、呑気にアップルパイを食べ続けているのだが。案外この後輩、後々大物になるのかもしれない。
そして激しく動揺している二人の近くで、やはり視線を逸らして脂汗を流す光莉に――
鍵太郎は念のため、声をかけておくことにした。
「じゃ、千渡もよろしくな。ホワイトデーには、何か甘いものを一発」
「そ、そうよね!? やっぱりあんたは、そういうものの方がいいわよね!?」
「ん? どうかしたか?」
「何でもない!? 何でもないわよ!?」
何やら妙に、彼女が慌てているのが気にはなったが。
自らの目論見が綺麗に決まったことに満足して、鍵太郎はそれ以上、同い年を追及するような真似はしなかった。
しかし光莉はその後すぐ――「この間の飴のお礼なんだからね!」と言い訳して渡そうとしていた、ハート型のせんべいを、そのままバッグの中へ突っ込むことになる。
「電子レンジで作るカスタードクリーム」は、実際に聡司のモデルになった先輩からレシピを教わって作ってみました^^




