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川連二高吹奏楽部~ここがハーレムだと、いつから錯覚していた?  作者: 譜楽士
第17幕 彼女たちには、意思がある
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事件は大会議室で起きている

※主な登場人物

・湊鍵太郎…二年生。吹奏楽部部長。

・黒羽祐太…二年生。野球部キャプテン。

・大光寺花林…二年生。生徒会長。

・藤原建次…川連二高、社会科教諭。

 全部活の部長が集まる、来年度の予算会議。

 そこにはもちろん湊鍵太郎(みなとけんたろう)も、吹奏楽部の部長として出席していた。

 周りには他にも大勢、違う部の部長たちの姿がある。

 だがそのほとんどは校内で多少見かけたことがある程度で、鍵太郎も隣にいる野球部の黒羽祐太(くろばねゆうた)しか、馴染みの者はいない。

 そしてそれは、他の部長たちも同じなのだろう。

 今後の自分たちの行動範囲が決まる、大切な集まりであるにも関わらず――初対面の人間が多いせいか、大会議室にはどうにも、言いたいことが言えないような雰囲気が漂っている。

 しかしそんな空気を、この場を取り仕切る生徒会の面々は意に介していないらしい。

 その筆頭が、生徒会長であり議長でもある、大光寺花林(だいこうじかりん)だ。

 彼女は、豊かな巻き髪をかき上げて。

 壇上で教卓をどんと叩き、会議の参加者たちに向かって厳然と言い放つ。


「ではまず、最初にみなさんに申し上げますが――どの部活も、前年度を上回る予算案を提出しすぎですわ! 総額がとんでもないことになってます、各部とも、もう少し金額を削るように!」


 まったく、あわよくば去年より多く、部費をせしめようという魂胆が透けて見えますわよ――と言う花林に、部長の誰もが「うっ……」と言葉を詰まらせた。

 当然ながら、どの部活だって活動しようと思えば、それなりに金がかかるものだ。

 部活によって金額の差はあれど、部員から部費を集めてはいるが――できるだけ個人の負担は減らして、学校からの援助でまかないたいと考えるのは、当然の流れでもある。

 だがしかし、全部活がそれをやってしまえば学校側も対処しきれない。

 予算の総額は決まっている。

 だったらその配分を、どのくらいにすべきか。

 確かにそれは、生徒会側としても対処しなくちゃいけない問題だよな――と鍵太郎が考えていると。

 生徒会長は非難の矛先を、なぜかこちらに向けてくる。


「特に、吹奏楽部と野球部! あなたたちの予算案は目に余りますわ! 即刻対処をするように!」

『へっ!?』


 まさか名指しをされるとは思っていなかったので、鍵太郎と祐太の二人は、揃って声をあげた。

 部の予算案については顧問の先生が考えてくれていたので、まさかここまで厳重注意されるとは思ってもいなかったのだ。

 大筋、項目の詳細については先生から説明を受けているものの――これはこの生徒会長に、改めて納得いくように解説しなければならないか。

 鍵太郎が顔を引きつらせていると、花林は今回の会議の資料をパンパンと叩き、さらに続けてくる。


「へ、ではありません。一体なんですの、この去年の倍近い予算案は!? あなたたち、学校のお金を何だと思っていますの!?」

「あ、えーと。うちの予算が増えた原因は、大体は楽器の補修や整備代と。周辺備品の買い替えのせいですね」


 そこで自らも机にあった資料を開き、鍵太郎は生徒会長へ苦笑いをしつつ、そう答えた。

 これは水増し請求でも何でもない。吹奏楽部は純粋に楽器の購入、維持管理にかなりの金額がかかるのである。

 特に新しく楽器を買うともなれば、毎月の部費だけではとても賄いきれない。

 さらに今回は打楽器の部品取替えが重なり、その辺りの予算がかなり膨れ上がっていた。

 いい音を出すにはそれなりのお金も必要――色々な先輩たちに様々な形で言われたことが、鍵太郎の脳裏をよぎる。


「その上、去年にはなかったこととして、来年度に吹奏楽部(うち)は他校と合同バンドを組むことになりました。となるとその本番が決まれば、その分バス代などの遠征費、練習会場費などが追加されることになります。

 これは昨年までにない取り組みではありますが、他校との兼ね合いもありまして、今回は予算に組み込ませていただきました。ですがもし本番がなくなれば、こちらには手を付けません。それだけはお約束しますので、今回の予算に計上することについては、ご容赦願えればと思います」

「遠征費っていったら、野球部(こっち)だって馬鹿にならないんだよなー」


 そんな風に丁寧に説明した鍵太郎とは対照的に、祐太は頭の後ろで手を組みつつ、不満げに答えてきた。


「部活を強くするには自分たちの練習ももちろんだけど、やっぱりどうしても実践経験が必要なんだよ。うちの学校のグラウンドでいつも練習試合ができればいいけど、でもそうじゃないケースのが圧倒的に多いんだ。

 けどその分の移動費、場合によっては宿泊費、毎回毎回部員たちから徴収するわけにもいかない。ただでさえスパイクとかグローブとか、個人で買わせちまってるのに」


 その金銭負担を全部部員たちに負わせたら、このご時勢、選手を九人揃えることすら危なくなってきちまう――と。

 態度は違えど譲らない二人に、花林は鋭く目を細める。


「つまり、双方とも予算は削れない、ということですの?」

「まあ、そうですね」

「まあなー」

「そんなことは許しませんわよ!? 今回最も予算を圧迫してるのはあなたたちなんです、その責任をもって、お互いに少しでも工夫して予算を削り合いなさい!」

『えー』

「反論は却下します!」

『むう……』


 当然といえば当然、しかし理不尽といえば理不尽。

 そんな思いで、二人は唸り声をあげた。

 確かに、自分たちの都合だけで予算を組むのはまずい。

 しかし部活のためにも、予算はなるべく多く確保しなければならない。

 そんな部長としての責任感とジレンマを抱えながら、鍵太郎と祐太はそれぞれ資料を精読し始める。

 吹奏楽部と野球部。

 友人同士でじっと、予算案を見つめながら――

 まず最初に口火を切ったのは、祐太の方だった。


「あのさー、湊。この譜面台購入って、何? 前に授業で見たけどさ、音楽室には十分な数があるだろ。これはいらないんじゃね?」

「おい祐太。実際に使ってみろよ、あの譜面台。楽譜置いた途端にストッパーが利かなくて、ずり下がるやつがあるんだぞ」


 そんな軽いジャブを、お互いに打ち合って。

 議論は次第にエキサイトしていく。


「ていうか、おまえこそ何だよ。遠征に行くのはいいけど、これ県外の強豪校とかもめっちゃ入ってるじゃないか。そりゃ遠征費も膨れ上がるだろ、流石にこの辺はもうちょっと我慢しろよ」

「はあ? 強いとことやんなきゃ分かんねえこともあるんだよ、それはおまえだってよく知ってるだろ。つーかこれ、楽器の購入・整備ってさ、いくらなんでもかかりすぎじゃねえ? 項目自体も曖昧だし、何に使っても別にバレねえだろうが。これこそ削るべきだろ?」

「やかましい、いきなり楽器が壊れることだってあるんだよ。ていうかそこ削ったら、俺があのちびっこ鬼軍曹に殺されるわ!? ティンパニの皮の張り替え、一体いくらかかると思ってんだよ!?」

「知らねえよ! つーか買えるもんなら、こっちだってバットもボールもグローブもスパイクもユニフォームも、全部請求したいぐらいなんだ! それをこらえて遠征費だけにしてんだよ、そっちこそもっと何か削れ!」

「できるか! こちとら備品代に関しちゃ、そっちより金かかってんだ!」

「ふざけんな! 優先すべきは人件費! 人件費だ!」

『…………』


 などと、フシャー! フシャー!! と。

 醜い争いを繰り広げる二人を、周りの他の部長たちは淀んだ目つきで眺めている。



###



 そして、そんな争いをするように仕向けた花林といえば――


「ふふ……いい調子ですわね」


 自らの立てた作戦に見事に二人がはまっているのを見て、一人ほくそ笑んでいた。

 野球部と吹奏楽部の部長同士を争わせて、予算を削り合わせる。

 事前に考えていた通りだ。

 大衆に対して、女王が直接出て行く必要はない。

 そんなことをしなくても、一声命ずるだけで――


「金だよ金! この世の中は金を持った方が、のし上がってく世界なんだ!!」

「本性を現しやがったな、この根暗野郎!」

「芸術の重みを知れ、この脳筋野郎が!」


 このように、勝手に争ってくれるから手間が省ける。

 ああ、愚かしい、愚かしい。

 せいぜいわたくしの手のひらの上で踊りなさい、平民たち、と。

 彼女がふっ、と笑ったところで――



『うるさいわ、この運動部と文化部の、金食い虫どもがあッ!?』



「わひゃうっ!?」


 突然それまで黙っていた他の部長たちが一斉に声をあげて、花林はその場にひっくり返った。

 一体どうしたことかと改めて会議室を見回せば、これまで黙って二人のことを見ていた各部の部長たちが、もはや我慢ならないといった様子で言い争っていた彼らを睨みつけている。

 そしてその中の一人がパイプ椅子を蹴り倒して、野球部キャプテンに詰め寄っていった。


「さっきから聞いてれば何だよ、金金金ってよお!? サッカー部だって備品は少ないだけで、てめえらと懐事情は似たようなもんなんだよ!」

「ああん!? 長きに渡って繰り広げられてきた領土問題、ここで決着つけるかサッカー部!?」

「は!? 境界侵犯っていうんなら、こっちだってあんたたちの場外ボールには迷惑してるんですけど!? 陸上部にはもっと配慮してほしいんですけど!?」

「な……」


 そこでぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、と――

 運動部サイドで予算とはまた別の言い争いが発生して、生徒会長は呆然とそれを見つめる。

 そして。


「さ、茶道部だって、もっといい茶器とお茶菓子があれば、部員が増えるはずなんです……!」

「あのさー、写真部だって現像代、結構馬鹿にならないんだよー?」

「はいはーい。演劇部も衣装代を請求しまーす!」

「ちょ……ちょっと!? ちょっと待ちなさい、あなたたち!?」


 運動部のみならず、文化部方面からも遠慮容赦ない声が上がり始めて、たまらず花林は制止の声をあげた。

 けれども暴動は治まらない。

 どこもかしこも好き勝手なことばかり言って、こちらのことなど振り向きもしなかった。

 たまらず彼女は、それまで黙ってこの会議の行方を見守ってきた教師、藤原建次(ふじわらけんじ)に助けを求める。


「せ、先生!? 藤原先生!? 何とかしてくださいませ!?」

「いや、あのな……」


 しかし中年の社会科教師は、なぜか渋い顔で言い淀んでいた。

 それでも彼はどうにかして、事態を収拾しようとしたようだったが――

 鍵太郎がギヌロッ!! と睨みつけると、たちまち視線があさっての方を向く。


「……大光寺。今日のところは、こいつらの自由にさせていいんじゃないか」

「なっ……!? 藤原先生、裏で吹奏楽部と繋がっているという噂は、まさか本当だったんですの……!?」


 脂汗まみれの笑顔でこちらを裏切ってきた教師へ、花林は悲痛な声をあげた。

 そうしている間にも、各部活同士の小競り合いは止まらない。

 むしろこれまで耐えてきたからこそ歯止めが利かないようで、生徒会長である自分を無視して、大会議室の空気はどんどんヒートアップしていく。


「ちょ、ちょっとあなたたち!? 静まれ! 静まりなさーい!?」

「いやあ、少しばかりやりすぎちゃいましたね。すみません」

「――!?」


 と、そこで。

 気づかないうちに間近に来ていた気配に、花林は慌ててそちらを向いた。

 そこにいたのは、吹奏楽部部長――湊鍵太郎。

 この騒ぎの元凶ともいっていい人物に、彼女は思わず食って掛かる。


「あ、あなたたち……まさか、最初から示し合わせてこんなことを!?」


 先ほどの口ぶりから彼が、わざとこんな事態になるよう仕向けたのは明白だ。

 しかし、いつからだ。いつからこちらの狙いに気づいていた。

 そんな疑心暗鬼に囚われる生徒会長に対して、鍵太郎はのほほんと手を振って答える。


「いや、流石にそこまで考えていたわけではないですよ。さっきのはアドリブです、アドリブ。俺と祐太、付き合いは長いんで。大体考えてることは分かるというか。

 でもまあ――今回は野球部(あいつ)が俺の方に乗ってきてくれた感じなんで。向こうのことは、許してやってください」

「な――」


 そんなことが、あり得るのか。

 たかが一介の庶民風情が、この場を動かすなんて、そんなこと――


「けどまあ、いいんじゃないですか。これで各部活の部長のみなさんも、ようやく腹を割って話せるようになったみたいですし」

「あ、あなた……本当の狙いはそこだったんですの!?」


 絶句していたところに鍵太郎の発言を耳にして、呆けていた花林は、今度こそ抗議の声をあげた。

 しかし吹奏楽部の部長は悪びれず、「いやあ」と照れたように笑って、それに応えてくる。


「俺の信条なんですけどね。『言いたいことが言えない部活なんて、そんなところはつまらない』んですよ」

「……」


 その言葉の中にあった、深みと。

 表情の奥にある、寂しさとも嬉しさともつかないものに――生徒会長であるはずの彼女は一瞬、呑まれてしまった。

 だがそんなことはお構いなしに、鍵太郎は続ける。


「なので今回はそれを拡大解釈して、応用させてもらいました。いやあ、みなさん最初は表情が固かったですけど、今は生き生きしてますね。あー、よかった」

「あな、た」


 一体、何者なんですの――と花林が口にするより先に。


「じゃ、俺、この事態を収拾してきますんで。ちょっと時間はかかるかもしれませんが、とりあえず落としどころは見つけてきます。その後はまた議事の進行、よろしくお願いしますね」

「ちょ、ちょっと――!」


 それだけを言い残して。

 吹奏楽部の部長は、止める間もなく去っていってしまった。

 その背中に、彼女はあっけに取られ――その後、わなわなと肩を震わせる。

 自分の初陣が。

 輝かしき一歩を踏み出すはずだった、この会議が。

 全ての生徒の上に君臨するはずの、生徒会長としてのプライドが――


「くっ……屈辱ですわーっ!!」


 取るに足らないただの一般生徒に引っ掻き回されたことに、彼女は天に向かって思い切り、心の叫びをあげたのだった。

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