彼女たちの来襲
※主な登場人物
・湊鍵太郎…二年生。吹奏楽部部長。
・千渡光莉、宝木咲耶、浅沼涼子、越戸ゆかり、越戸みのり、片柳隣花…二年生の吹奏楽部員たち。
・宮本朝実、野中恵那…一年生の吹奏楽部員たち。
・黒羽祐太…二年生。野球部キャプテン。
ドンドンドンドン――ッ! と、玄関の扉を叩く音が聞こえる。
その音に恐怖すら覚えながら、湊鍵太郎は自宅の中でガタガタと震えていた。
「開けろー! みなとー!」
「ちょっと、せっかく人がお見舞いにきてあげたっていうのに、それはないんじゃないの!?」
そして外からは、同じ吹奏楽部の女子部員たちからの怒鳴り声。
彼女たちをこの家に入れてしまったら、何かとんでもないことが起こりそうな気がする。
そんな確信めいた予感を覚えつつ、鍵太郎は玄関越しに黒羽祐太へと呼びかけた。
「なんでこいつらを連れてきた、祐太ぁ!?」
「お、案外元気そうじゃねえの、湊」
「案外元気そうじゃねえの、じゃねえよ!? 今からこいつらに殺されそうじゃねえか、俺!?」
風邪を引いて、部活を休んで。
今日は家で大人しくしているつもりだったのだ。
しかしこんなに騒がしい彼女たちに囲まれたら、それは普段と変わらない。
一晩寝たらだいぶよくなったとはいえ、まだ万全ではない態勢でこれはキツすぎる。
体力温存どころの話ではない。そう思っていると、祐太はこちらの問いに答えてくる。
「いやー。おまえに『あの本』貸そうと思って音楽室行ったらさ、みんなおまえのこと心配してて。思わずおれ、見舞いに行くかって訊いちゃったんだよ」
「ていくのが建前で、本音は?」
「はっはっは。いつも女子に囲まれてさぞ楽しかろう湊くんを、直接自分の目で見たくなって」
「この、ド畜生がぁ!!」
そういえば野球部で女っ気のない生活をしているこの友人は、前々から吹奏楽部で女子に囲まれている自分のことを、ずっと羨ましがっていたのだ。
しかし実際のところどうだろうか、この惨状は。
今にもバリケードを壊して突入して来んばかりのいつもの彼女たちに、鍵太郎は額を押さえた。この頭痛は、決して風邪のせいだけではない。
さっきまでは静かすぎて辛かったけれど、もうちょっとこう、段階というものがあるのではないだろうか。
先ほどとは違う意味で鍵太郎が膝を抱えていると、祐太は少しだけ呆れたように、けれども本気の口調で言ってくる。
「いやでも、おれが呼びかけたらみーんなおまえのこと、看病しに行きたいって言ったのは本当だぜ? その心意気に免じて、この子たちのこと入れてやれよ。せっかくここまで来たんだしさ」
「む……」
「ホラ。このままじゃおまえだけじゃなく、みんな寒くて風邪引いちまうよ。だから開けてやれよ、な?」
「むむむむむむ……」
最後の、みんな風邪を引いてしまう、のひと押しが効いた。
そうまで言われてしまっては、彼女たちを家に入れざるを得ない。
頼むから何もしないでくれよ――と願いつつ、鍵太郎はそっと玄関を開けた。
開けてしまった。
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「お邪魔しまーす!」
「こ、ここが先輩のおうち……」
そんな風に、どやどやと。
扉を開けた瞬間に、彼女たちは家に上がりこんできた。
おかげで一気に、部屋の温度と人口密度が上がる。さっきまでの閑散とした空気はどこへやら、音楽室がそのまま移動してきたかのような感じになった。
まあ、一人だと気分が落ち込むだけなのでそれはそれでよかったのだが――
「あ、これが湊のお姉さん?」
「へー、びじーん」
「ちょ、やめろよ!?」
さっそく双子の越戸ゆかりとみのりが家族写真を覗き込んでいて、何だか気恥ずかしくて写真を取り上げてしまった。
これまでこんな踏み込んだところまで彼女たちを上がらせたことなんてなかったので、自分の家なのにどうにもすわりが悪い。
着替えもしていないし、髪も寝起きでボサボサのままだ。
最近は部長として、そこそこ『ちゃんとした自分』ばかり見せようとしてきたせいもあるのか、部員たちにこういっただらしない姿を見られるのはやはり抵抗がある。
すると今度は、千渡光莉がダイニングのテーブルを指差して言う。
「ちょっと、あんた風邪引きなのに、こんなの食べようとしてたわけ!?」
そこには湯を入れたまま放置していた、カップラーメンが置いてあった。
何かを作る気力もなく、とりあえず目に付いたので食べようとしていたものだ。
しかしその行動が気に入らなかったのか、光莉はいつものように少し怒った口調で言ってくる。
「だめじゃない、もっとちゃんとしたもの食べなきゃ。栄養取らなきゃ治らないわよ!?」
「しょうがないだろ、そこまでの元気がなかったんだから……」
「あのー、じゃあ私、何か作ろうか?」
そこで横から、宝木咲耶が遠慮がちに言ってきた。
このメンバーにおいて恐らく、一番まともに対応してくれるのは彼女だ。
他の部員たちは看病どころか、この家に来たことを楽しんでいるとしか思えない。現に浅沼涼子などテーブルのカップ麺を指差して、「え、じゃあこれ食べないの? いただきまーす」と食べ始めている。
自由すぎだ。
なのでこの状況をどうにかするためも、鍵太郎は咲耶へとうなずく。
「あー。お願いしてもいいかな。わりと食べられるくらいにはなってるから、お粥とかじゃなくて何か普通のもので平気だけど」
「了解。えーと……。それじゃ、失礼します」
こちらのリクエストにうなずき返して、彼女は一言断ってから冷蔵庫を開けた。
やはり他人の家のものを、勝手に見るのは気が引けるのだろう。そうだよ、これが普通の感性だよな――と思っていると、ひと通り材料を見回して、咲耶が言う。
「卵と、残りご飯と……野菜も、必要そうなものは大体あるね。何がいい?」
「宝木さん、和食とか得意そうだよね」
「む。それは偏見だよ。私だって洋食くらい作れます」
褒め言葉として言ったつもりだったのだが、彼女は逆の意味で取ってしまったらしい。
少しだけ唇を尖らせた咲耶は、もう一度材料を確認して訊いてくる。
「じゃあオムライスを作るよ。食べられる?」
「食う食う! 超食う!」
結構な好物の名前が出てきて、鍵太郎は即座にうなずいた。
ようやく安心できる展開になってきた。やっぱり宝木さんに任せてよかったと思っていると、彼女は重ねて訊いてくる。
「上にケチャップでどの梵字を書く? キリーク? タラーク? それともサク?」
「やべえ、選択肢の意味がわかんねえ!?」
そういえば彼女も彼女で、寺生まれということもあって、どこかズレているのだった。
久しぶりの仏教ギャグかと思いきや、どうも咲耶は本気らしい。そのまま調理を開始する。
すると、そこに一年生の野中恵那と宮本朝実も加わってくる。
「あ、わ、わたし手伝います!」
「わたしもー」
少し心配な後輩たちだが、咲耶がいれば大丈夫そうだ。「じゃあ恵那ちゃんは、そこの野菜を洗って。朝実ちゃんは卵を割って混ぜようか」などとそれぞれ役割分担がなされている。
ともあれ、何か作ってくれるならありがたい。
キッチンの様子に鍵太郎がほっとひと息ついていると、先ほどもっとマシなものを食べろと言っていた光莉が、ボソリと言う。
「……私も、何か作ろうと思うけど。ホットケーキとか食べる? あんた甘いもの好きでしょ。残っても、温めればまた食べられるし」
「おまえはどっちかっていうと、料理とか苦手そうだな……」
「ちょっと待ってそれこそ偏見じゃない!? 基本的に混ぜて焼くだけなんだから、あれで失敗とかほとんどしないでしょ!?」
見てなさいよ、ものすごい美味しいもの作って、あんたをぎゃふんと言わせてやるんだから――と言って、彼女もまたズンズンとキッチンに入り込み、そこにあったホットケーキミックスを引っ掴んだ。
確かにそれを使えば失敗はないだろうが、そんなにぎゃふんと言わせるほどのものは、作れないのではなかろうか。
そう鍵太郎は首を傾げるのだが、もう光莉の耳には入らないだろう。
卵混ぜ係となった朝実もそんな先輩を手伝って、キッチンはなかなか賑やかになった。
なんだかんだ色々あったが、こちらは何とかなりそうだ。
ひと安心してダイニングを振り返ると、さっきまでそこにいたはずの何人かがいなくなっている。
残っているのは祐太と、彼と話していた片柳隣花だけだ。
空になったカップ麺に嫌な汗をかきながら、鍵太郎は友人に訊く。
「……おい祐太。他の連中はどこに行った?」
「あの子たちなら、『湊のエロ本を探すんだー!』って言って、おまえの部屋に行ったぞ」
「止めろよな、おい!?」
自分の背後でまさかの、とんでもない計画が進行していた。
文句は後でたんまりと言うとして、今はその蛮行を止めに行かねばならない。
鍵太郎はダッシュで、二階の自分の部屋に向かった。
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「ベッドの下……ないねえ」
「二列になった本棚の後ろ側……ないねえ」
「今時、そんなとこに隠すやつがいるかよ……」
一昔前のマンガのような場所を家捜しする越戸姉妹に、鍵太郎は呆れ半分でそう突っ込んだ。
これは断じて別のところにならそういう本があるとか、そういったことではない。
いや確かに、先日卒業した先々代の部長から、「うちの楽団は、年末のクリスマスコンサートで今年流行ったもののコスプレをするルールがあるんですよ!」といって、今年爆発的にヒットしたアニメ『魔法少女エンジェル☆マキナ』の格好をした写真が送られてきたのだが――そしてその結構際どい写真を見て噴いた自分は、画像を携帯に保存してさらにパソコンにもバックアップをしているのだが、今はそんなことは関係ない。
問題は、目の前にいる部員たちをどうにかすることだ。
なので鍵太郎は、何故か自分のベッドで寝そべっている涼子に声をかける。
「おい浅沼、そこ俺が汗かいて寝てたとこだから汚いぞ。起きろ」
「うーん。お腹が満たされたら眠くなってきた……」
「自由か!」
確かにあの伸び切ったカップ麺を食べたら、満腹にもなるだろうが。
それにしたって、奔放すぎやしないだろうか。思い切り突っ込むが彼女はいつも通り聞いていない。
なおかつ、枕を抱きしめて聞き捨てならないことを口にする。
「湊の匂いだー」
「今回一番言われたくなかったことを、一番言われたくなかったやつに言われた!」
「ぐー」
「寝たし……」
やりたい放題の涼子の言動に、その場で膝をつく。
何なんだこいつは。俺の見舞いに来たんじゃなかったのか。
ベッドを占領する彼女に絶望していると、さらにそこに追い打ちをかけるように祐太がやってくる。
「あーあー、そこじゃないそこじゃない。最近は携帯とかパソコンとか、そっち系のものはそういうところに隠してるもんなんだよ」
「てめええええええええええ!?」
かつてなさすぎる友人の裏切りに、鍵太郎はそのまま祐太に飛び掛りそうになった。
しかし越戸姉妹が速攻でパソコンに向かったので、そちらに向かわざるを得ない。
パソコンを起動していじろうとする彼女たちを尻目に、モニターの電源をコンセントから引っこ抜く。
「あー、ずるーい」
「ひどーい、湊のケチー」
「ケチじゃねえよ、普通他人のパソコン、無許可で見ねえだろ!?」
ブーイングを飛ばしてくるゆかりとみのりに、断固として叫び返す。
というかこういう態度を取っている時点でほぼ『ある』と自白しているようなものだが、ないったらない。
先日の先輩のちょっとグッとくる画像くらいで、そういったものはないったらないのだ。
検索履歴を見るとかマナー違反だろう。誰だってそうだろう、人には踏み込んでいい領域と踏み込んではいけない領域があるのだ――そう思っていると。
祐太と一緒に上がってきたのだろう。隣花がこちらの肩にそっと手を添えて言ってくる。
「湊。大丈夫」
「片柳、おまえ……」
いつもと変わらぬ冷静沈着なその声に、励まされたような気持ちになって鍵太郎は彼女を見上げた。
さすが法学部志願者、弱い者の味方になってくれるのか。
救いを求めて隣花を見つめていると、彼女は落ち着いた口調でそのまま続けてくる。
「海外では。そういったものを公的に禁止したら、むしろかえって性犯罪が増えたというデータもある。だから大丈夫。そういうのがあったとしても、私は湊のことを見捨てたりはしない」
「フォローになってねえんだよ!? むしろおまえも思いっきり、俺のこと疑ってんじゃねえか!?」
「疑わしきは罰せず。これ刑法の原則」
「限りなく黒に近いグレーってやつだろそれはあああぁっ!?」
よくよく見ると、隣花のその眼差しにも若干冷たいものが宿っているのが分かって、鍵太郎は今度こそ床にがっくりと両手膝をついた。
辛い。泣きたい。
こんなことになるような気がしていたのだ。
だから彼女たちを、この家に入れたくなかったのに――と考えていると、ふと。
いつの間にか部屋が、静かになっていることに気づく。
具体的に言うと越戸姉妹の姿がない。
焦って部屋を見回していると、祐太が言ってくる。
「あの二人なら、今度はおまえの携帯探しに行ったぞ」
「だから止めろよ、おまえはあああああああっ!?」
上を下への大騒ぎとは、文字通りこのことだ。
携帯は一階のリビングに置きっ放しだ。今度は鍵太郎は階段を駆け下りて、二人の確保に向かった。
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「見つけたー!」
「あったー!」
「てーめーえーらー!?」
一階に下りたら携帯は既に奪われた後で、鍵太郎は鬼気迫る形相でゆかりとみのりに詰め寄った。
いい加減にしろ――と言いかけたところで、キッチンにいた面子から声がかかる。
「ちょっと、何の騒ぎ?」
「湊の秘蔵ショットを探してるんだよ!」
「湊がどんなエロ画像を隠し持ってるか、嗅ぎまわってるんだよ!」
「エロ……っ!?」
「だーっ!? おまえら、そういう誤解を招くような言い方をするなあああああぁぁぁぁッ!?」
光莉が絶句して、何か汚いものを見る目をこちらに向けてきたので、鍵太郎は今日一番の大音量で叫び声をあげた。
二階でやり合った面子はともかく、こちらの調理組はまだ真面目に、自分のことを気遣って来てくれたメンバーだ。
妙な雰囲気になることは避けたい。だがその大音声が、余計な疑惑を呼んでしまったらしい。
恵那がキッチンから、泣きそうな声で叫んでくる。
「だ、大丈夫です……! わたしは湊先輩がどんな趣味を持っていても、受け止める覚悟はできています……!」
「だからそういうことじゃないって言ってるでしょ野中さん!? ていうかこないだ俺、きみにはもっと自分を大切にしなさいって言ったよね!?」
「平気です、わたし何でもしますから……!」
「男の人に向かってそんな軽々と、『何でもします』なんて言っちゃいけません!」
後輩に対してマジ説教をしつつ、双子姉妹から携帯を取り返そうとする。しかしゆかりとみのりは巧妙に携帯をやり取りしながら逃げ回り、なかなか捕まらない。
すると固まったままの光莉に対して、今度は朝実が言う。
「わたしも湊先輩がどういうものが好きか、知りたいですねー。千渡先輩も、興味ありますよね?」
「だ、誰がっ……!?」
後輩の発言に、先輩は顔を真っ赤にして、やっとそれだけを言った。
まずい。非常にまずい。
このままでは誤解が解けないまま、話が進んでいってしまう。
何とかして自分の無実を証明しなければ、今後もこの話題でからかわれること必至だ。
そう思ってこれまで以上に鍵太郎が追求の手を厳しくし、やっとみのりの服の裾を掴んだ瞬間――
「えいっ」
彼女は予想外の方向へ携帯を投げた。
姉ではなく違う人物に対してそうしたことに、こちらの反応が一瞬遅れる。
そして、その携帯を受け取ったのは――
「た、宝木さん……! お願いだからそれを返してくれ……!」
この場で最も清らかな少女、宝木咲耶で。
鍵太郎はもはや懇願と言っていいレベルで、彼女に対してそう口にしていた。
調理途中だったらしい咲耶は、ガスコンロの前でびっくりしたように、渡された携帯を見つめている。
しかし彼女は少し立ち直ったのか、こちらに対して困ったように質問をしてきた。
「ええっと……今までの話から察するに、この中には湊くんの煩悩が詰まっているのかな?」
「違う!? 誤解だ、そんなことは――!」
「じゃあ」
返答を聞かずに、咲耶はガスコンロのツマミを一気に最大火力まで動かす。
ボウッ――と恐ろしくその火が燃え盛ったのは、目の錯覚だろうか。
蒼く光る炎の中に、彼女の笑顔と不動明王が見えた気がした。
「煩悩は、燃やしちゃえばいいんじゃないかな」
「やめて!? 俺の携帯を焚べないで!?」
意外とまだ混乱していたらしい咲耶を、必死になって押し止める。
ダメだ。なんだかもう、いろんなものがダメだ。
他の調理場にいたメンバーも、ぎゃあぎゃあとその奪い合いに参加し始め、混迷ここに極まった――そんなところに。
二階から降りてきた祐太が、持っていた紙袋を掲げてのんびりと言ってくる。
「あ、そうだ湊。これ『例の本』な」
「ちょ、おまえ――!」
この流れでそれを言ったら、確実にエロ本だと思われるではないか。
案の定、越戸姉妹が「どれどれ!?」「見せろ見せろー!」と言ってその紙袋を奪っていく。
ああもう、なんてことしてくれるんだ――と、鍵太郎が頭を抱えたところで。
「え……?」
「何これ……?」
『その本』を見たゆかりとみのりが、呆然と声をあげた。
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「『人は組織で作られる』……?」
「『人を教えるために~野球に学ぶ育て方』……って、これ……?」
本のタイトルを越戸姉妹が読み上げるのを聞いて、鍵太郎はそれ見たことか、と恥ずかしくなった。
同じ部長同士、こういった本を読んで勉強しようとこっそり数日前に話し合っていたのだが、まさかこんなことになるとは。
「……だから、止めろって言ったんだよ」
「別にいいだろ。なーんにも、やましいことなんてないんだから。なあ?」
「くそ……」
いけしゃあしゃあと言ってくる祐太に、毒づく。
この男、全部分かっててここまでやりやがったのだ。
下げて下げて下げて――全員の反応を十分に楽しんだ後、最後に上げる。
元から場の空気を読むのが上手いこの友人のことだ。最初から全て、計算ずくで行動していたに違いない。
その証拠に、本の内容を確認した越戸姉妹は、しゅんとした様子で謝ってくる。
「ごめん、湊……。私たち、誤解してたね……」
「ちゃんとこういうの読んで、勉強しようとしてたんだね。ごめんね……」
「い、いや。まあ、分かってくれればいいんだよ」
先ほどまでの大混乱は、どこへやら。
疑いが晴れたことで正気に返った部員たちに対して、鍵太郎は顔を引きつらせつつもそう言った。
しかしおかげで何とか、部長としてのメンツは守れたようだ。
携帯を無事返してもらい、なんとか事なきを得る。何だかどうも祐太の手のひらの上のようで癪だが、これ以上混ぜっ返すのもそれはそれで危ない。
この場はこれで、収めておいた方がいいだろう。
一件落着。
そう思っていたのだが――
「……あれ、なんか焦げ臭くない?」
その言葉に。
調理場にて、新たな大混乱が発生したのだった。
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「いただきまーす」
と、すっかり焦げたホットケーキを。
涼子はメープルシロップをかけて、もしゃもしゃと食べ始めた。
結局こいつ、うちの家に食いに来ただけじゃねえか――そう思いつつ、鍵太郎も何だかよく分からない模様がケチャップで書かれたオムライスを口にする。
その味は、やはりというか大変に美味で。
思い切り叫んで動き回った身体には、ひどく染み入るものだった。
このために走り回ったとは思いたくないのだが、やはり美味いものを美味いと感じるのはいいことだ。
それはいいのだが――
「というか、どんだけ焼いたんだよこのホットケーキ。食えねえだろこんなに……」
「う、うるさいわね!? 初めに言ったでしょ、また温めれば食べられるって!」
袋の粉を全部使ったのか、大量に並んだホットケーキを見渡して鍵太郎は言った。
それに光莉が反論する。まあ確かに温め直せばまた食べられるのだが、それにしたってこんなにたくさんの焦げたホットケーキを食べられはしない。
なら、せっかくこうして大人数が集まったのだ。
だったらそれこそ――今回のように、自由に。
「みんなで分けて食べればいいだろ。なあ千渡。それでいいか?」
「ま、まあ別に。いいけど……あ、あんたも、一口くらい食べなさいよね?」
「分かってる」
全員で楽しく、食べればいいじゃないか。
光莉は少し不満げではあったが、こちらの提案にはうなずいてくれた。
そのまま先ほどまでのように、騒々しいながらも賑やかに食事会が始まる。
メープルシロップを回し合い、サクサクになったホットケーキをみなで食べた。
そのきゃあきゃあとした景色を、いつも音楽室でしているように、鍵太郎が眺めていると――
祐太がそんなこちらの顔を見て、笑って言う。
「ああ。やっぱおまえ、楽しそうじゃねえか」
「別に。ていうかてめえ、後で覚えてろよ」
風邪を引いていつもの調子が出ない中、無理矢理元に戻させてくれたこの友人には、礼を入れるべきか蹴りを入れるべきか。
そんなことを考えていると、朝実がホットケーキを食べながらのんびりと言う。
「クリスマスも近いですし、なんだかホームパーティみたいでいいですねえ」
そうだ。そういえば、クリスマスももう近い。
冬休みに入って、そうすれば年なんてあっという間に明ける。
そうしたらまた、忙しい日々の始まりだ――そう思っていると。
いち早くホットケーキを食べ終えた涼子が、ハイハイと手を挙げて提案してくる。
「あ、じゃあ今度のクリスマスは湊んちで、クリスマスパーティーしようよ!」
「ちょ、おい、本人の許可なく勝手に決めんな!?」
「さんせーい」
「もう場所も覚えたもんねー」
「ああああもう、てめえらは!?」
嫌だと言っても押しかけてきそうな彼女たちに、鍵太郎は処置なしといった気分で天を仰いだ。
やはり友人には蹴りを入れておくべきだ。そして自室には、鍵をかけておくべきだ。
部員たちの再びの来襲に備えて対策を立てていると、光莉がホットケーキをつつきながら言う。
「別にいいじゃない。みんなで材料持ち寄って、また何か作ればいいんでしょ」
「千渡、おまえまで……」
「あんたがいないときは、みんなこんなに元気じゃなかったのよ。そ、それに……」
と、そこで彼女はもじもじとして、焦げた部分に目をやり、口ごもりながら言ってくる。
「今度はちゃんと綺麗に焼くから……そのときまでには風邪、きちんと治しておきなさいよね」
これは副部長命令なんだから――という、その言葉に。
鍵太郎は降参して、一刻も早く風邪を治す決心をするしかなかった。




