其の輝きに惹かれるは
※主な登場人物
・湊鍵太郎…二年生。吹奏楽部部長。チューバ担当。
・黒羽祐太…二年生。野球部部長。
・千渡光莉、宝木咲耶、浅沼涼子…二年生の部員たち。
・野中恵那…一年生。クラリネット担当。
「なるほどなー。ということはおまえ、選手というより、監督とかコーチとかの才能があったってわけだ」
湊鍵太郎が進路について話すと、黒羽祐太はそう言ってうなずいた。
お互い受験の足音も聞こえてくる、二年生の後半。
学校からは志望校を訊かれ、どうするか首をひねっていたのだが。
学校の先生がいいんじゃないか――そんな部活の同い年の言葉を、鍵太郎はそれもアリだなと思って受け止めていた。
というか、自分が思っている以上に周りの人間はそのことに納得しているらしい。
祐太はうんうんとうなずきながら、こちらに言ってくる。
「いいんじゃないか。おまえにはピッタリだろ。ホラよくいるじゃん。現役のときはそこそこの成績でも、監督とかコーチになったら、名将って呼ばれる選手。おまえはそっちのタイプだったんだろ」
「いや、できれば選手としても、もうちょっとちゃんと活躍したいんだけど……」
野球部キャプテンである友人らしい例えに、鍵太郎は苦笑した。
監督やコーチは完全に指示する立場だが、吹奏楽部の部長たる自分は、まだまだ最前線で楽器を吹いている側の人間だ。
先頭に立って、部員たちを引っ張っていかなければならない。
まあ野球からは一度離れた身ではある。祐太からは余計にそう見えるのかもしれないが。
ベンチにどっかり座り込むのは、まだ早いのだ。そう言うと、友人は笑って肩をすくめる。
「いいじゃねえか。監督兼プレイヤーってやつ? それはむしろおれからしたら、羨ましい才能だよ。人を育てながら、チームを強くすることができるなんてさ。あーあ、おれも頑張らなきゃなあ」
そう言って祐太は手を後ろで組み、天井を仰いだ。
彼も彼で野球部をまとめるため、色々と苦労をしているのだろう。
部員の技術やメンタルのこと、さらに先生や他校との兼ね合いなど。
そういえばその他にも今度、各部活の予算会議にも出なければならないのだった――と。
部長としての仕事を並べて、同じ苦労をする友人のことを鍵太郎が苦笑して眺めていると、不意に祐太が言う。
「ていうかさ。その片柳さんて子、よくおまえのことそこまで見てたよな。他の人が向いてる職業なんて、普通そこまで考えたりしないだろ」
「ああ、それに関しては俺も驚いたよ。でもまああいつは真面目だし、将来のことちゃんと見据えてる感じだったからさ。そのついでに俺の相談にも乗ってくれたんだろ」
「……ちょっとだけ前言撤回するぞ。おまえ先生になるには、観察眼のある一点だけが異様に足りないと思う」
「え?」
友人の呆れたような忠告の意味が、本気で分からずきょとんとする。
確かに先生というのは、生徒のことをきちんと『見て』いなければならないのだろうが――
それは先日の合同バンドの件で、目の当たりにしてきたつもりなのだけれども。
では、彼が言っている観察眼とは何なのか。
思い当たらず首を傾げていると、祐太はそんなこちらを見て、処置なしという風に笑って言う。
「まあいいさ。それはこれからきっと、嫌でも思い知ることになるだろうから」
「え、なんだよそれ。教えてくれよ」
どことなく不吉な友人のセリフに、流石に鍵太郎もその意図を問いただした。
すると祐太はなぜかクラスをぐるりと見回し、いくつかのクラスメイトのグループの様子を確認して、言う。
「なんつーか、強すぎる光には虫が寄ってくるっていうか」
その中には、こちらをチラチラと見てくすくすと笑う女子たちの姿もあった。
今まで何度か見てきたその光景に、鍵太郎がびくりとすると、付き合いの長い友人はそんなこちらの様子を知ってか知らずか続けてくる。
「まあ、おれとしてはその虫が、悪い虫でなくいい虫であることを祈るよ。蛾とか羽虫とかじゃなく、例えば――そう、綺麗な蝶とかさ」
その蝶を見て、千渡さんはどういう反応をするのかな――と祐太は言ったが。
鍵太郎にはその言葉の真意を、改めて訊くほどの余裕はなかった。
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そして友人の言葉の意味は分からなかったものの、部活はいつものようにある。
さらに――
「ちょっとー、何でそこで音間違えるのよー」
「すまん、なんか最近視力が落ちたらしくて……楽器吹いてると、音符がブレて見えるんだよ」
観察眼がどうのこうのいう以前に、物理的に目が悪くなったらしくて、鍵太郎はその同じクラスの千渡光莉にそう返事をした。
これまでは特に問題なくどんな楽譜も吹けていたのだが、最近は受験勉強やら何やらをやっているせいか、少し視力が下がったような気がする。
「普通に楽譜見てる分なら、問題ないんだけどさ。吹いてると顔面が振動するから、微妙なラインが分かりづらくなって……くそ。こうやって見ると分かるのに、ソなのかラなのか一瞬わかんなくなるな……」
「……顔面が、振動?」
「なんだか、チューバならではの問題って感じだねえ」
若干引き気味の光莉に、一緒に練習していた宝木咲耶が困ったように笑った。
バスクラリネットの咲耶には多少分かってもらえるようだが、トランペット吹きの光莉には『顔面が振動する』という現象自体が信じられないらしい。
低音楽器は楽器が大きい分、反動も大きい。
吹いている間はもう気にならないくらいに馴染んでいるその反動ではあるが、楽譜が読めないほどになっているのなら、何らかの対策をしなければならないだろう。
具体的に言えば。
「コンタクトにする?」
「馬鹿野郎!? あんな目に異物を入れるなんてこと、怖くてできるわけないだろう!?」
「うーん、男の人ってなんか嫌がるよね、コンタクト」
浅沼涼子が気軽に言ってきた視力補正案を、鍵太郎は即座に却下した。
涼子は不思議そうだが、こちらにしてみればコンタクトは管理が面倒そうで、なにより眼球に何かを貼り付けるという行為自体が恐ろしくてしょうがない。
というわけで、コンタクトはナシだ。
とすると。
「じゃあメガネ?」
「あんまり気は進まないけど……そうするしかないのか」
「な、ならさ……今度の休みに、みんなでこいつのメガネ、選びに行きましょうよ」
「あ、いいね。湊くんも自分だけで選ぶより、人の意見を聞きながらの方が安心でしょ?」
「ま、まあ。そうしてもらえると、助かるかな……」
何やら面白半分で遊ばれそうな予感がプンプンするが、それでも一人でああでもないこうでもないと迷うよりは、だいぶマシなのかもしれない。
自分のセンスもちょっと疑わしいし、彼女たちに選ぶのを手伝ってもらえれば、案外と似合うものが見つかるのではないか――などと。
そんなことを考えていた、そのとき。
「あ、あの……っ」
後輩の野中恵那が話しかけてきて、その場にいる全員の視線がそちらを向いた。
引っ込み思案な彼女が、こうして声をかけてくるなんて珍しい。
というか普段だったらこうして一斉に目を向けられたら一目散に逃げ出してしまうこの気弱な後輩が、ビクリと震えつつもその場から立ち去らないのが、まずあり得ないことだった。
何か、よほど言いたいことでもあるのだろうか。
そういえば、その長い前髪でも隠せないその頬は、これでもかというくらい真っ赤に染まっていて――
さらに前髪の僅かな隙間から覗く瞳も、これ以上ないくらい潤んでいるように見える。
そんな恵那は、震える手で後ろに隠していた何かを取り出し。
思いのたけを、鍵太郎に対して解き放ってきた。
「み……湊先輩! 好きです! 付き合ってください!」
『…………』
その、衝撃の告白と。
彼女が差し出してきた、どう考えても、ラブレターにしか見えないものに。
『――はああああああああああああぁぁぁぁ!?』
先輩たちは揃って音楽室に、驚愕の叫びを響かせたのだった。




