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川連二高吹奏楽部~ここがハーレムだと、いつから錯覚していた?  作者: 譜楽士
第17幕 彼女たちには、意思がある
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進路の行方

※主な登場人物

・湊鍵太郎…二年生。吹奏楽部、部長。

・浅沼涼子…二年生。トロンボーン担当。

・城山匠…外部講師。プロのトロンボーン奏者。

・本町瑞枝…吹奏楽部顧問。城山の音大の先輩。

・藤原建次…社会科教諭。

 月が変わって、十二月となり。

 土曜日の音楽室は、晴れて練習に解放されることとなった。


「いやあ。感謝しますよ藤原(ふじわら)先生。約束、ちゃんと守ってくれて」

「……ふん」


 あのときのことを思い出したのだろう。

 湊鍵太郎(みなとけんたろう)の言葉に、社会科教諭の藤原建次(ふじわらけんじ)は不愉快そうに鼻を鳴らした。

 まあ、無理もない。この先生に対するやり方は半ば脅しのようなものだったのだ。

 それでも約束を守ってくれたことに対し、鍵太郎は笑顔を向ける。

 もしかしたらとは思っていたが、今のこの態度からして、この先生はきっと――


「演奏会、上手くいきました? 先生」

「何のことだ。それはおまえには関係ないことだろう」

「……そうですね」


 ギヌロと睨んでくる、けれども前のように怒鳴り散らさなくなった藤原に再び笑って、鍵太郎は視線を音楽室に戻す。

 この先生のことが一段落したように、薗部(そのべ)高校との合同バンドの件はひとまず一応の解決を見た。

 なので、あとは各々の学校がそれぞれ、演奏やパフォーマンスの精度を高めていけばいい。

 しばらく合同練習の機会がない分、これまでやってきたことを忘れないようにと、吹奏楽部の部員たちはそれぞれ自分たちのやれることに励んでいる。

 曲をもっと上手く吹けるようにしたり、演奏しながらの動きを、もっとキレのあるものにしたりと――

 そうやってワイワイと楽しげにやっている部員たちを鍵太郎が楽しげに見ていると、横から藤原が声をかけてくる。


「そういえば湊、こっちは大いに、おまえに関係してくる話だぞ。おまえ、これからどうするんだ?」

「は?」


 どうする、とは。

 どういうことだろうか。先生の言葉の意図が読めずポカンとしていると、藤原はそんなこちらに呆れた顔を向け続けてくる。


「は、じゃない。俺は学年主任でもあるし、進路指導部の責任者でもあるんだ。おまえ志望大学を書く紙、まだ出してないだろう」

「あ……」


 その言葉に、鍵太郎はしばらく前にもらった志望大学のプリントのことを思い出していた。

 そういえば、部活のことにかまけて自分のことを、すっかり忘れていた。



###



「大学、大学ねえ……」


 提出期限が間近に迫ったそれをヒラヒラと動かし、鍵太郎は首を傾げる。

 その紙には志望の大学を第三候補まで書くようにと記されていた。

 空白の記入欄を眺め、ため息をつく。自分が将来何になるかなんて訊かれても、今は正直、想像もつかない。

 そんなんだからまだ大学どころか、どんな学部に行くかも絞れていなかった。

 今は目の前のこと、特に部活のことでいっぱいいっぱいなのだ。

 ましてや、部長の身としてはなおさらだ。しかし藤原は、そんな風に悩む生徒などこれまで散々見てきたのだろう。

 進路指導部の先生は「まあ、今すぐ結論を出せという話でもない。けど、おまえはこれから受験生にもなるんだからな。その先のことも考えておけよ」と苦笑して去っていった。

 なにやら前回のお返しをされたような気分で、鍵太郎が渋い顔でプリントを見ていると。

 横からひょいっと、同い年の部員が顔を出してくる。


「わー。なんだか湊が、また難しい顔をしてる」

「おまえか、浅沼……」


 進路、という言葉から最も縁遠そうなアホの子、浅沼涼子の能天気な声に思わず脱力する。

 得意科目は数学という、その言動からはかけ離れた驚くべき特技を持つ涼子だが――それでも彼女が理系の大学に進学するというのは、ちょっと考えにくい。

 しかし、ならば涼子はこの欄に、何と書いたのだろうか。

 参考にはならないだろうが、気にはなる。

 なので鍵太郎は同い年のトロンボーン吹きに、これからどうするのか尋ねてみることにした。


「あー、一応訊くけどさ。おまえ大学、どうするか決めてる?」


 どうせ決めてないとか、そんな紙あったっけとか、そういった返答だろうと思っていたのだが――

 予想に反して彼女は、存外あっさりとこちらの問いにうなずいてくる。


「決めてるよー」

「え!? マジで!?」


 このアホの子が、一体どんな選択をしたというのか。

 驚きと共に鍵太郎が同い年を見ると、涼子は手に持っている楽器を掲げ。

 いつものように元気よく、自分の行こうとする道を告げる。


「えーっとね、あたし、音大に行く!」



###



 考えてみれば、涼子が音大に行きたいと言うのは、当然といえば当然のことではあった。

 同じ学年の部員たちの中では、恐らく才能はトップクラス。

 素直で飲み込みが早く、上達も早い彼女は、今や川連二高吹奏楽部の主戦力と言っても過言ではないほどだ。

 あのビームのように飛んでいく涼子の真っ直ぐな音に、何度助けられたことか。

 そう思った鍵太郎は、一も二もなく同い年のことを応援すると決めたのだが――

 既に先を行く先生は、教え子の発言に意外にも顔を曇らせる。


「……僕は、あまり賛成はしない」


 涼子と鍵太郎の話を聞いて、反対をしたのは外部講師の城山匠(しろやまたくみ)だ。

 楽器は彼女と同じくトロンボーン、自身も音大を卒業し奏者や指揮者としてプロ活動をしているこの先生から、まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。

 あまりの驚きに顔を見合わせると、そんな生徒二人に向かって城山は言う。


「そりゃあ、僕も自分の教え子のことだ。応援してあげたいとは思う。でも……プロになってそれを仕事にしてお金をもらうっていうのは、大変なことだ。浅沼くんは、演奏することを音大卒業後の主な活動にしていくつもりなんだよね?」

「はい! この部活みたいに楽しく楽器を吹き続けられたら、すごくいいなーって思って!」

「俺も……浅沼のやりたいことには賛成です」


 むしろ快く協力してくれるものとばかり考えていたので、先生の反応に戸惑いつつ鍵太郎はそう言った。

 できうる限り、涼子の手助けになってやりたい。

 だからそれは、彼女の才能と人柄を信用しているからこその発言だったのだが――


「湊くん」


 先生はこれまで聞いたこともないようなゾッとする声音でもって、言ってくる。


「僕が、あるお金持ちの依頼演奏を受けたときだ。お昼ご飯付きで、なかなかいい条件だったから何人かのメンバーでその仕事を引き受けた。

 そして演奏が終わって、みんなでひと息ついてたら――そのお金持ちが、召使いの人に命令してたよ。『おい、そのブタどもにエサをやっておけ!』って」

「……」


 初めて聞いた城山の壮絶な過去に、鍵太郎は何も言えなくなってしまった。

 この先生も、プロとして苦労してきたことを知ってはいたが――具体的にその内容を聞くと、現実のあまりの過酷さに、反吐が出そうになる。

 ましてやその道に、涼子を放り込むなんて。


「その他にも……まあ、あまり口にはしたくないようなこともあったよ。そんな風に、人と違う道を歩くっていうのは、大変なこともある」


 楽しいことばかりではない。

 いい人ばかりでもない。

 けれど、それでも『その道』を選びますか――。

 このプロの先生は、教え子にその覚悟を問うているようだった。

 そして肝心の涼子は、そんな城山の言葉をただ黙って聞いている。


「だから――僕としては、あまり賛成はできない、なんだ。それに今から準備をするのは、遅すぎる。そのつもりだったら、僕は最初から浅沼くんのことをそう教えていた。これからやるんだったら、結構詰め込んで勉強していかないと……」

「えー、勉強?」

「そこが嫌なのか、おまえはっ!?」


 ここに来てようやく口を開いたアホの子に、鍵太郎は思いっきり突っ込みを入れた。

 どうしてこんなに言われて、彼女が何も言わないのかが不思議だったのだが――どうも察するに、話がよく分かっていなかっただけらしい。

 これだから、こいつは。

 涼子らしいといえば涼子らしいのだが、彼女のこういう面を見るとそれがプラスに働くのかマイナスに働くのか、分からなくなるから非常に困る。

 それは城山も同じようで、ひどく複雑な表情で稀代のアホの子を見ていた。

 するとこれまでのやり取りを聞いていた、吹奏楽部顧問の本町瑞枝(ほんまちみずえ)が言ってくる。


「あー、おまえら。なんか変に深刻になってるようだが、ちょっとこれ見てみろ」


 そして本町が差し出してきたのは、吹奏楽関係の雑誌のようだった。

 開かれたページには大きく『変わりゆく音大・進化する音大の最新情報』と記されている。

 最近のもののようで、そこには大きく昨今の音楽業界についての記事があった。


「……」

「なんかさっきから、テメーの昔の話ばっかりしてたけどよ。今の音大は今の音大で、アタシらのときとは違うんだよ」


 食い入るようにそれを読む城山に、同じ大学の先輩である本町はそう声をかけた。

 鍵太郎も横から見させてもらったが――そこには『吹奏楽部での活動は、社会人としての基礎力に通じるものがある』とか。

『周りの音を聞きつつ全体を見てアンサンブルをしていく能力を持つ音大生は、就職先からしても非常に評価が高い』などと書いてある。


「……先輩。これって」

「どの音大もよー、ようやく気がついたんだよ。プロフェッショナルの音楽バカを作るだけじゃなくて、音楽を通じた人材育成――『吹奏楽部は社会の縮図』ってところから、社会にも通じる愉快で有能な大バカを育てればいいんじゃないかってことに」


 そう言ってニカッと笑う顧問の先生は、どうもこれを探すためにこれまで口を挟んでこなかったらしい。

 ひと通り目を通した後輩から雑誌を奪い取り、本町はページをめくりながら言う。


「浅沼がプロになるのかどうなのか、それはアタシらが選ぶことじゃない。それはこいつが大学に入ってから自分で選んでもいいことなんだ。そういう時代になったんだよ」

「そう、ですけど」

「アタシらの時代は、一般企業就職は負け組って感じだったもんな。でも今はそうじゃねーぞ」


 ホレ、見てみろ――と顧問の先生は、雑誌の一点を指差す。


「今は音大生も、そこで培った人間力で、ものすげえ一流企業に就職する時代なんだよ。見てみろこれ就職先。大手銀行に有名ブランドジュエリー会社。航空会社。もちろんプロの楽団や自衛隊の音楽隊もある。

 だからな。こいつが行きたいって言ったら、応援してやるのが先輩ってもんだ」

「……」


 ここみたいに、楽しく楽器を吹き続けられたら、すごくいい。

 それだけが志望動機の涼子に、今の段階でプロの厳しさを説いても何の意味もない。

 むしろそう言うことは、音大に行くことであったかもしれない彼女の可能性を、潰しかねないということでもあった。

 涼子だったらプロになれるかもしれない。

 けれどそうでなかったとしても、彼女の将来は決して暗いものにはならない。

 それが分かったことで、城山も折れたのだろう。

 そう、ですね――とうなずき、彼は言う。


「彼女がそうなりたいと言うのなら――僕はできうる限り、その手伝いをしましょう」

「おい、よかったな浅沼! 城山先生、おまえが音大行くの協力してくれるってよ!」

「え、ほんと!? やったー!!」


 きっとよく分かっていないであろう涼子に解説を入れたら、やはりよく分かっていなかったらしい。

 けれどもそのアホの子は、いつものように元気に飛び跳ねるのだ。

 その姿を鍵太郎が眩しく見つめていると――隣で城山が苦笑して言う。


「でも、勉強しなくちゃいけないことには変わりないからね。その辺りはこれからきっちり、やっていこうか」

「うげー、勉強……」

「おい浅沼。おまえ、志望大学書く紙持ってこい。おまえのことだからたぶん行きたいってだけで、具体的にどこがいいかまでは考えてないんだろ? 一緒に考えてやるから、何か書くもの持ってこい書くもの」

「か、考える……」


 どちらも涼子の苦手分野だ。

 大人二人に囲まれて、早速たじたじとなっている同い年に、しょうがねえなあ――といつものように苦笑いして。

 鍵太郎は、そのまま涼子に声をかける。


「大丈夫だ、浅沼。俺、すっげえ応援してるから」

「うー。湊がそう言うなら……がんばる」


 彼女にしては珍しくすぐにそう言ったことで、鍵太郎は噴き出しそうになった。

 こんなに早く涼子がうなずいたのは――おそらく彼女がそれだけ本気で、この先も楽器を続けたいと思っているからだろう。

 ならば――


「さて、じゃあ俺はどうしますかね、っと」


 いつも通り、目標に向かって真っ直ぐに突き進んでいく、そんな同い年の背中を見て。

 自分もこれからどうしようかと、将来のことに思いを馳せてみたりもする。

《参考文献》

2016年8月号バンドジャーナル 特集「進化する音大」

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