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変化していく未来のカタチ

※主な登場人物

・湊鍵太郎…川連二高吹奏楽部、部長。

・片柳隣花…同吹奏楽部、ホルン担当。

・千渡光莉…同吹奏楽部、副部長。トランペット担当。

・柳橋葵…薗部高校吹奏楽部、部長。

・西宮るり子…同吹奏楽部、顧問。

 川連二高の音楽室では、吹奏楽部の部員たちが演奏をしながら、ダンスの練習をしている。

 吹きながら楽器をスウィングしたり、くるりと一回転してみたり。

 ベルを揃えて同じ方向や、わざと逆の方に向けたりと――楽しそうにきゃいきゃいと練習する様子を、湊鍵太郎(みなとけんたろう)は見守っていた。

 すると横で、片柳隣花(かたやなぎりんか)が憮然とつぶやく。


「……なんであいつは。演奏の練習をしないわけ」

「まあまあ、片柳。向こうの学校の人の音がでかいってだけで、千渡(せんど)だって吹けてはいるんだから」


 納得いかなそうにトランペットの千渡光莉(せんどひかり)を見る隣花に、鍵太郎は苦笑してそう言った。

 先日の相手校との合同練習で、ハイトーンの音量が相手方のトランペット吹きに負けていると、光莉に指摘した彼女だ。

 それを克服しようと励まないことが、信じられないらしい。

 不満げにしている隣花を見て、鍵太郎はやれやれと肩をすくめる。同じく合奏に参加した身としては、そこまでムキになって音量勝負をするほど、あの副部長が吹けていないとは思えないのだが。

 むしろ光莉がああして皆に混じって練習するのを、微笑ましく感じているくらいで――

 やはりそれをのんびりと見守っていると、隣花が今度は、こちらに半眼を向けてくる。


「……湊は。千渡に甘い。あいつに昔、何があったのかは知らないけど。それでも今をやらなきゃいけないのは、誰だって同じでしょうが」

「甘い……かあ? 別にきつく当たったところで、あいつの行動が変わるわけじゃないだろうし……。というかあんまり言うと殴られそうで、俺が怖いし」

「ちっ」


 割と本音を言ったら、なぜか舌打ちされた。

 中学からの経験者同士ということで、プライドなのかどうなのか、何かと言い合うことが多いこの二人ではあるが。

 しかしどうもここ最近は、隣花の方から突っかかっていることが多いように思える。

 この間も、それで口ゲンカになったくらいで――その内容を思い出して、鍵太郎は真面目なホルン吹きに言う。


「でも、ああいうのもオーディションの合否に関わってくる以上、踊りの練習はしなくちゃならないだろ。というかその練習を一番しなくちゃいけないのは片柳、おまえじゃないか」

「う……」


 そのトランペットの同い年に『ロボットみたいな動き』と言われた隣花は、こちらのカウンターに言葉を詰まらせた。

 演奏に関しては申し分なし、今回の最大の難曲である『魔法にかけられて』の主旋律も、堂々とこなす彼女ではあるが――

 パフォーマンスのことになると、これがもう、からきしなのだ。

 性格による向き不向きもあるかもしれない。

 ダンス練習の中心になっているトロンボーンの同い年を見ていると、とてもそう思う。以前もやって慣れているのか気負いがないのか、あのアホの子はこういったことまで天才的だった。

 それに引っ張られる形で、光莉は練習しているわけで――トランペットとトロンボーンのトップ二人がそうしている様は、鍵太郎にどこか、卒業した先輩たちを思い出させる。

 あの人たちも、あんな風に楽しげに練習をしていたものだ。

 その当時の記憶と眼前の景色を、重ね合わせるように見ていると――

 隣花は同じものを目にしながら、こちらに尋ねてくる。


「……ねえ。これがあんたが望む『未来の形』なの?」


 その眼差しは、遊園地の人工湖のほとりで話したあのときと、同じものだった。

 楽しく金賞を取りたい。

 そう言った自分に対して、気持ちはどうあれ現実的に考えて、それは『理想論』だと語った彼女は。

 やはり未だに、素直にこの状態を受け入れられないのだろう。

 吹きながら楽器をスウィングしたり、くるりと一回転してみたり。

 ベルを揃えて同じ方向や、わざと逆の方に向けたりと――そんな風に部員たちが楽しそうにしている様子は、確かに自分が望んだものに近いのかもしれない。

 けど――


「まだ、少しだけ……違うような気がする」

「……そうなの?」


 そこに至るためにはまだいくつか、足りないものがあるように感じられて。

 意外そうに顔を向けてくる隣花に、鍵太郎はうなずいた。

 これもこれで、もちろんいいものだと思うけれど――それでも決定的に、何か欠けているものがある。

 自分でもそれが何なのか、まだはっきりとは分からないが。

 けれど、例えば――


「ちょっとキザなこと言うなら、あれだな。まだ、おまえが笑ってないからだな」

「……はっ。本当。気障(きざ)


 冗談のように笑って言ったつもりだったが、隣花としては本気と受け取ったらしい。

 呆れたように鼻を鳴らし、彼女はまさしく気に障ったというように顔をしかめた。

 その仕草はこちらのことを処置なしと諦めたようにも、嘲笑しているようにも見える。

 しかしそれでも鍵太郎は、あのときと同じように笑って隣花に言った。


「テーマパークで演奏する気でいるんだ。少しくらい演出過剰でもいいだろ」

「演出、過剰――」


 その単語を噛みしめるように、同い年は額を押さえ、言葉の意味を考えようと目をつむった。

 自分がうまく認識できない概念を、どう扱っていいか分からないといった調子で――ややあって彼女は、やはりどうしても分からない、というように口を開く。


「……私は」


 その視線は、楽しげながらも一生懸命に演奏と振り付けに取り組む、部員たちに注がれていた。


「『楽しくやる』って。どこかで真剣にやってないような気がしてたの」


 真剣に音楽をやりたい。

 それが隣花の、心からの願いだったはずだ。

 だからこそ彼女は、一見おちゃらけているあの双子姉妹に反発を覚え、ひとりで苦悩する羽目になったのだから。

 しかし今は、すぐそこに真剣に演奏と演出の両方を行おうとする部員たちがいる。

 その姿を見ていれば、決して練習に手を抜いているわけではないのは分かるだろう。

 けれどその核心が理解できず、ロボットのようにギクシャクした動きしかできない隣花は――

 論理だけでは片付かない問いを、こちらに投げかけてくる。


「でもそれは……違うのかしら。楽しいっていうのは別にふざけてるわけじゃなくて。真剣にやってるからこそ、できるもの、なのかしら……?」

「……うーん。なんていうか、なあ」


 言葉にするのが、非常に難しい問いかけだった。

 どう伝えたものか。どう声をかけるべきかと迷っていると――

 ダンス練習の中心になっていたトロンボーンの同い年が、猛烈な勢いでこちらに駆け寄ってくる。


「ね! ね! 片柳さんもやろ!」

「え、ちょ……!」

「ほら、こうやるの! 真似してー!」


 そう言って、吹きながら身体を動かし始めたそのアホの子を見て、鍵太郎はしてやられたと笑った。

 自分も隣花と同じように、どこか理屈で考えがちなところがあるので、どうしても言い淀んでしまったが。

 こいつのように直感に従った方が、この場合はよかったのだろうから。

 演奏の技術も人を楽しませる魅力も、両方無自覚に持っている、羨ましいトロンボーン吹きは――そのままその天性の輝きでもって、突き進んでいく。


「膝も使うんだよ! 楽器を持ったままで、脚を動かすの!」

「こ、こう……?」

「そうそう! 上手い上手い!」

「片柳、腰も使うといいと思うぞ。こう、キレのある感じで……」

「あんたが言うとセクハラに聞こえる。本気で止めなさい」

「えっ!?」


 割と本気で隣花にアドバイスしたら、なぜか強烈なカウンターを食らった。

 完全に歌と踊りのお姉さんと化したアホの子と、それに巻き込まれた他の面子。

 彼女たちは、さらに演奏と演出の両方を練習していく。

 吹きながら楽器をスウィングしたり、くるりと一回転してみたり。

 ベルを揃えて同じ方向や、わざと逆の方に向けたりと――そんな、わちゃわちゃしながらも楽しげにしている様子を、鍵太郎は改めて見る。

 そしてその中には、不器用ながらも少しだけ滑らかに動けるようになった、隣花の姿も加わっていて――


「ああ――楽しいなあ」


 そんなどこか不完全ながらも、少しずつ『なにか』に近づいていく光景を。

 鍵太郎はやはり、微笑ましく思いながら見守っていた。



###



 そして、同じ頃。


「ああもう、本当に、どうしよう……」


 薗部(そのべ)高校の音楽室では、部長の柳橋葵(やなぎはしあおい)が頭を抱えていた。

 少し前に言い争いになってしまったトランペットの部員とは、未だに口をきけていない。

 というか向こうが話しかけるなというオーラを全身から放っているため、下手にこちらからコンタクトを取れば、また論争が勃発しかねなかった。

 今だってその楽器から出る音は、明らかにイライラしたもので――年内最後の合同練習が近づいているというのに、彼女とは一向に話し合いができるような雰囲気ではないのだ。

 もう本当に、どうすればいいのか分からない。

 このまま何も変わらないまま、ただ時間だけが過ぎていってしまうのではないか――そう、葵が焦っていると。


「……」

「……先生?」


 顧問の西宮(にしのみや)るり子が、じっとこちらを見ているのに彼女は気づいた。

 この先生が無言でいるというのも、葵にとってはかなり不気味である。

 部長になってからというもの、この顧問には散々振り回されてきた。大人しくしている方が逆に怖い。

 何事かと思っていると、そこで西宮はボソリと、奇妙なことを言ってくる。


「……『見てる』わよね。ちゃんと」

「はあ。見られてますが」


 意味不明な発言をする先生に、こちらとしてはそう返すしかなかった。

 話が通じないのは相変わらずだ。

 噛み合わないのも、いつも通りだけども――


「一体なにが言いたかったのかしら、あの先生は……? それが薗部高校の復活への、大きな足がかりになりそうなのだけど……」

「先生……?」


 これまでとはどこかが違う顧問の口ぶりに、葵は怪訝な声をあげた。

 ぶつぶつと、何かを考え続けている先生。

 そして、あまりよい感情でないとはいえ、それまでまるで無視だったにも関わらずこちらに目を向けるようになった部員。

 周囲のそういった反応は、自分が部長になってからは、そういえば一度もなかったもので――


「あれ……?」


 どこかで何かが変わり始めていることに、葵は首を傾げる。

 一時期は絶望的なくらい、どうしようもなく思えたこの状況ではあるが。

 それでも確実に、何かが変わっていきていることが――彼女には、不思議でならなかった。



###



 年内最後の合同練習まで、あと少し。

 まるで魔法にかけられたように、それぞれがそれぞれの思いを少しずつ、変化させていく。

 その先にあるのは、果たして夢か、現実か――

 変化していく未来の形。

 その結末は、まだ誰にも分からない。

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