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川連二高吹奏楽部~ここがハーレムだと、いつから錯覚していた?  作者: 譜楽士
第14幕 いざ行かん、覚悟を決めに
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始まりへの口火

※主な登場人物

・湊鍵太郎…二年生。次期部長。

・平ヶ崎弓枝…三年生。トランペット担当。

・越戸ゆかり、越戸みのり…二年生。打楽器担当の双子。

『エル・クンバンチェロ』とは、『太鼓を叩いてお祭り騒ぎをする人』という意味である。



###



 まさに音楽室の中は今、お祭り騒ぎだった。

 打楽器(たいこ)隊に限らず木管、金管――先輩後輩問わず全部、全力全開で演奏を楽しんでいる。

 『エル・クンバンチェロ』。

 これは学校祭のミニコンサートで、アンコールとしてやる予定の曲だ。

 そして自身もその渦中にいながら、湊鍵太郎(みなとけんたろう)は熱に浮かされたような気持ちで楽器を吹きたくっていた。

 今やっているような曲の後半は、特に全員がそれぞれの旋律をノリよくかっ飛ばしてくる。

 騒々しく、華やかに、けたたましく――

 そしてどこか、狂ったように。

 それは演奏中にだけ許される、狂乱の騒ぎ。

 お祭りだからこそできるこの有り様。

 そんな部員たちの演奏を、鍵太郎はしかし大歓迎していた。

 コンクール予選直前のあの沈んだ雰囲気は、ここにはもう微塵もない。

 あるのはただ本番に向けて最後の仕上げをしようという、熱風のような気合いだけだ。

 吹き抜けるその熱さを心地よく感じていると、全員がそれぞれの楽器をかき鳴らし――曲が終わった。


「おっし! おまえら本番もそれで頼むぜ!」


 指揮を振っていた顧問の先生がそう言って下がり、これで今日の練習は終了となる。

 あとはただ、合奏で気力体力共に出し尽くした生徒たちが残された。

 確かに、本番で今のような演奏ができればコンサートは大成功となるだろう。

 間近に迫った学校祭。

 仕上がりは順調だ。

 ただ――それは、一曲一曲単発でやった場合の話で。


「ア、アンコールにエルクンバンチェロ(エルクン)とか、馬鹿じゃないの……?」


 珍しく疲労困憊といった様子でそう言ったのは、三年生のトランペット、平ヶ崎弓枝(ひらがさきゆみえ)だった。

 部活最後の本番ということで、彼女はいつもだったらあまりカラーではないであろう、派手な曲のトップ奏者も務めている。

 自他共に『地味』と認めるこの先輩である。

 こういった慣れないことをすると、体力の消耗が激しいらしい。

 吹いて吹いて吹いて、そして最後の最後に待っているのがこんな乱痴気騒ぎだ。

 弓枝でなくても、疲れきっているところに最後の力を振り絞る形になる。ああそういえば、去年の俺も曲順に関しては文句も言ったなあ――と思いつつ、鍵太郎は先輩に言った。


「まあまあ。先輩もこの部での最後の演奏になるわけじゃないですか。だったらやれるだけやっちゃいましょうよ」

「……むう」


 それ自体は弓枝も分かっているようで、こんな風に後輩に言われても反論はしてこない。

 とりあえず、あまりの疲れに愚痴のひとつも言いたくなっただけらしい。

 まあ、ガラじゃないことをするのは、この人じゃなくとも文句を言いたくなるもんだよな――と、のほほんと鍵太郎が考えていると。

 そんなどこか他人事の態度を引きずり倒すかのように、話題の矛先が自分に向いた。


「ああ、そういえばさー、エルクンバンチェロって最初に掛け声あるじゃん?」

「あれ誰やるの?」


 打楽器の越戸ゆかりと、越戸みのりの双子の姉妹がそう言ったとき。


 部員全員の視線が、一斉にこちらを向いた。


「ひっ――!?」


 そのあまりの光景に、思わず鍵太郎は悲鳴をあげる。

 心の準備もなしにその場にいる全員に見られるなど、恐ろしいこと以外の何者でもない。

 だがその口火となった二人は、むしろどこかニヤニヤしながら、さらに言い募る。


「あの『クンバンチェーロー!!』って叫び声さー、音源聞くと大体、男の人の声だよねー」

「渋ーくてかっちょいい、ナイスミドルって感じの男の人の声だよねー」

「ちょ……ちょっと待ておまえら! なんか話の展開がおかしい! おかしな方向に行きかけてるぞ!?」


 確かにこの曲の最初に、『エル・クンバンチェロ!』と巻き舌気味に叫ぶのは、鍵太郎も知っていた。

 それが、大抵の場合二人の言うように男性の声であることも。

 そしてその掛け声が、『太鼓を叩いてお祭り騒ぎ!』という意味の言葉であることも――知ってはいるが。


「いや待て、だっておかしいだろ!? 何でそんな観客からしたら意味不明の掛け声を、俺がひとりで叫ばなきゃならんのだ!?」


 だがしかしそんな分かる人にしか分からないレッツパーリーの合図を、どうして自分が一人で出さなければならないのか。

 それはある意味去年の真面目なソロより緊張する、さらに妙に責任重大な場面だった。

 しかも恥ずかしさは、去年の数段上ときた。

 それを自分にやれというのか、みんな――と鍵太郎が焦っていると。

 ゆかりとみのりはニッコリ笑って、揃って小首を傾げて言ってくる。


「いやほらだってさ。男の人って湊だけだし」

「しかも学校祭が終わったら、晴れて部長になるわけだし。だったらその前祝いしちゃう? 的な」

「祝ってない! それは祝ってないぞ!!」


 むしろいじってるだけじゃねえか――とさらに鍵太郎が反論しようとしたとき。

 すぐ傍からひどく問答無用の威圧を込めた声が、自分に向かって、放たれてきた。


「やりなさい」


 その、殺気すら感じ取れる声に――

 ひっ、と悲鳴すらあげらず、短く息を呑んで鍵太郎は固まる。

 そして、恐る恐るそちらを向くと。

 弓枝が完全に目を据わらせて、こちらを見ていた。


「やりなさい。いくら恥ずかしくても、性に合ってないと思っても。わたしだってやってるんだから」

「いやでも、先輩のそれと俺のコレは、ちょっと趣が違うような……っ!?」

「違わない。『武器』を持ち替えれば、わたしだってあなただって、なんとかなる」


 その瞬間、ジャコッ――と。

 彼女が『武器』を持ち変えたような音が聞こえた気がして、鍵太郎は顔を引きつらせた。

 平ヶ崎弓枝。

 彼女の特技は、正確無比な遠距離狙撃。

 これまでこの先輩が持っていたのは、鍵太郎のイメージではそのまま『弓』だと思っていたのだが――

 今弓枝が持っているのは、むしろ『銃』だった。

 しかもライフルのような、いわゆる狙撃銃ではない。

 マシンガンとか、ガトリングガンとか――そういった類の思い切り弾を撒き散らす、機関銃だった。

 これを本番どれだけぶっ放す気なんだ、この人――と戦慄を覚えるが、そういえば先ほど彼女を焚きつけたのは自分だった。

 もはや言い逃れはできない。

 そしてその銃口をこちらに突きつけながら、弓枝は言う。


「やれるだけやる。もういい。やってしまえばいい。学校祭はお祭り騒ぎ。その最後を飾るその演奏を――あなたとわたしで、やらかしてしまえばいい」

「うわあ、先輩がなんかもうヤケクソだ!? 何ですか、その死なばもろともみたいな目は!? 俺を道連れに爆死する気ですか!?」

豊浦(とようら)先輩が、昔言ってたのを思い出した」


 するとそこで弓枝は、卒業した先輩の名前を出した。

 それは鍵太郎にとっても印象深く、そして――

 彼女自身も手に届かない存在として、でも密かに憧れていた人の名だ。


「死ぬときは前のめり。トランペットはそうでなくちゃ、って。

 だったら最後に、わたしはあの人と同じところに立ってみたい」

「……っ、わかった、わかりましたよ!」


 そうまで言われては、こちらとしても引き受けざるを得なかった。

 手に届かない存在に、それでも手を伸ばしたくなる気持ちは、鍵太郎にも十分に分かる。

 そして自分と違って弓枝の場合は、おそらくその先輩が当日本番を聞きに来るのだ。

 だったらその願いを、その咆哮を。

 聞き届けてやらなくて――何が次期部長か。


「でも、二日目だけですからね!? 先輩たちが来ない一日目は、絶対にやりませんからね!? 絶っ対に嫌ですからね!?」

「えー! 湊のけちー!」

「いくじなしー! ビビりー!」

「いくら言われても、おまえらの願いは聞き届けてやらんからな!?」


 はやし立ててくるゆかりとみのりを一喝して、断固拒否の姿勢を取る。

 こっちだって、羞恥心というものが存在するのだ。

 そこまではさすがに勘弁してほしかった。

 でも。


「……『太鼓を(エル・)叩いてお祭り騒ぎ(クンバンチェロ)』」


 あとは、もっと楽しそうにやるといいですよ――と。

 去年、自分もあの人にそう言われたことを思い出して。

 鍵太郎はその単語を、小さくつぶやいた。



###



 そしてその小さな囁きから、お祭り騒ぎの幕は上がる。

 はっきりとした始まりの掛け声は、未だに上がらぬまま。

 しかしそれぞれの心に――そのための準備だけは、着々と進んで。

《参考音源》

エル・クンバンチェロ(声あり版)

https://www.youtube.com/watch?v=Y1rR8v687iE

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