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川連二高吹奏楽部~ここがハーレムだと、いつから錯覚していた?  作者: 譜楽士
第13幕 それって俺に務まるの!?
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太陽のような花丸

※主な登場人物

・湊鍵太郎…二年生。低音楽器、チューバ担当。

・春日美里…OG。元部長。現在大学一年生で、社会人バンドに所属。

・貝島優…吹奏楽部部長。三年生。

・宝木咲耶、浅沼涼子、千渡光莉…鍵太郎と同い年の部員たち。

 コンクールが終わって、次の日。

 今日も楽器の片づけやらなんやら、その他諸々の用事があるので湊鍵太郎(みなとけんたろう)が学校に行こうとしたら、その前に携帯に電話がかかってきた。


「……か、春日先輩!?」


 表示された名前を見て、思わず叫ぶ。

 電話を掛けてきたのは卒業した去年の部長、春日美里(かすがみさと)だ。

 鍵太郎にとっては同じ楽器で、直接の先輩になる。

 そして、それ以上の思いがある相手でもある。動揺して携帯を取り落としそうになるが、なんとか空中でキャッチして通話ボタンを叩いた。

 きのうの本番は、自身の本番のリハーサルと重なって来られなかった彼女だ。

 きっとそれ関連の話に違いない。しかし、それにしても電話というのは少し大仰ではないだろうか。

 もしかして、きのうの結果に対して何か思うところがあるのだろうか。

 というか先輩、あんたこれから本番でしょうが、なにやってんすか――などと。

 様々な感情を胸のうちに鍵太郎が「もしもし!?」と声を裏返らせると。

 携帯の向こうから、いつもの先輩の声が聞こえてくる。


『金賞おめでとうございます、湊くん!』


「……」


 ――なんか。

 心配して、損したなあ――と思うくらい相変わらずの美里の声に、鍵太郎は苦笑してその場にへたり込んだ。


『聡司くんたちから聞きました! 演奏、すごかったんですってね!』

「――ありがとうございます。あ……でも、ほら。ダメ金ですし」


 興奮気味の先輩へ、思わずそう口にしてしまう。

 創部初の金賞だったとはいえ、取れたのは県代表の権利のない、いわゆる『ダメ金』である。

 今年の部長が美里と違って厳しい人だっただけに、どうしてもこの結果には、あと一歩足りなかったという思いが鍵太郎にもあった。

 後輩や他の人の手前、落ち込む彼女らを励ます方に回らざるを得なかったが、さすがに胸を張って『金賞です!』とは自分でも言いにくいと思っている。

 だがそんな後輩の考えなど、どこ吹く風といった調子で――美里は、電話の向こうから叫んできた。


『ダメ金だろうがなんだろうが、金賞は金賞です!』

「……」


 ――あれ、なんか先輩、前より押しが強くなってないか?

 今年はこんな感じの先輩はいないので、鍵太郎は「……え、あ、はい。……え?」と首を傾げた。社会人の一般バンドに入ったからか、それともこれから本番でテンションが高いからなのか、美里は記憶にあるより力強くなっているように感じられる。

 なんなのだろうか。勢いに押されてなにも言えないでいると、今も楽器を吹き続ける去年の部長は、さらに続けてきた。


『結果がどうあれ金賞をいただけたということは、湊くんたちがすごくすごくすごく、がんばってきたということなんですよ! すごいんです、すごいんです! 湊くんはあのときの約束を、守ってくれたんですよ!』

「……あ」


 美里の言う『約束』とはなにかすぐに思い当たって、鍵太郎は声をあげた。

 それは彼女が卒業するとき、自分が口にした言葉だ。

 次のコンクールでは金賞を取る――と。

 結果的にその約束は、果たされたことになる。

 だが、そこに至るまでに自分自身が考えてきたことは、なんだったろうか。

 それを振り返ると――


「いや――やっぱり俺、その約束は守れたわけじゃないと思うんです」


 やはりそう判断せざるを得なくて、鍵太郎は首を振った。

 その約束を口にしたときと今では、美里に対する姿勢がだいぶ変わってしまっているのだ。

 それはなにより――例の『作戦会議』をしたときの、自分の言葉に表れている。


「取れないかも、って何度も思いました。どうしたらいいかわからなくて、ものすごい迷ってました。なにがなんだかわからなくなって、いろんなことをしてたら、取れて――でも、それは俺自身が取ろうと思って、取ったわけじゃないんです。だから」


 あのとき自分は、『このやり方で金賞を取れるかどうかはわからない』と、トランペットの同い年に言ってしまったのだ。

 それはすなわち、『約束を守れなくてもいい』と、自分自身で言い切ったということでもあった。

 春日美里()()()()

 目の前にいる彼女たちのことを守ると、あの瞬間決めてしまった。

 それなのに、臆面もなく約束を守ったなどと、言えるはずもない。

 けれど――


『そんなことないですよー』


 先輩は相変わらず、優しいままだった。

 様々な感情が入り乱れて溢れる中で、彼女の声はこちらの耳に、はっきりと聞こえる。


『湊くんががんばったから、その結果として金賞を取れたんじゃないですか。それを自分で否定しちゃうのは、とても悲しいことですよ』

「それは、そうなのかも、しれません。けど……」

『うーん。そうですか……じゃあ、こうしましょう』


 理屈はわかるだけに鍵太郎も言い淀んでいると、先輩はひとつ、提案をしてきた。


『湊くんは今回の結果に、納得いってないわけですよね。だったら次のコンクールは、自分の納得いく結果を目標にするというのは、どうでしょうか』

「納得いく目標?」

『はい。それをまた、次の約束にするということで』

「次の……」


 約束。

 その単語を鍵太郎は、おうむ返しにつぶやいていた。

 それは、誰に対しての約束なのか。

 春日美里か。

 今、周りにいる人たちか。

 それとも、自分自身への――


『はい。今度は湊くんが一番望む結果を、出してみてください』


 約束です、と先輩は、どこか遠い場所。

 けれど、どこかでつながってるはずの空の下から、告げてきた。


『大丈夫。今回ものすごくがんばったはずの、湊くんです。次も絶対、できるはずですよ』

「先輩……」


『きたかぜとたいよう作戦』――などと。

 同じ太陽の名を冠されても、その輝きはまだ彼女には遠く及ばない。

 だがそれは、まだそこへ近づく道が、残されているということでもあった。

 個人的な思いはどうあれ、この人が楽器を吹く上で目標であることには、変わりはない。

 だったら。


「――はい。また、がんばります」


 そこに向かってまた次も、がんばろう。

 そう言うと、先輩は『そうですよー! その調子ですよ!』と嬉しそうに言ってきた。

 きっと彼女は自分の記憶にあるのと同じように、笑っているのだろう。

 その笑顔を眩しさと、そして少しの悲しさをもって見つめていると――ふいに先輩が、それまでとは違う調子で言ってくる。


『……と、まあ、偉そうに言ってきたんですが』

「?」


 ここに来て急に美里の声のトーンが落ちたので、鍵太郎は再び首を傾げた。

 そういえば、彼女はどうして今、電話をかけてきたのだろうか。

 わざわざ自分の本番前にかけてくるならば、それ相応の用事があるはずだった。

 それも、今すぐに解決したい気がかりで、重要ななにかが――と思っていると、先輩は非常に申し訳なさそうな声で『じ、実は……』と告げてきた。


『……えーと、す、すみません。わたしも実は約束が守れなかったので、こうして電話したのです……』

「え?」


 この先輩と、他になにか約束したことがあったろうか。

 美里の本番はこれからのため、コンクール関連のことではなさそうだった。では、また別のなにかだ。

 思い出せないので鍵太郎が続きを待っていると、先輩はそれを言ってくる。


『前に、湊くんの今年の学校祭の演奏を見に行くって、約束しましたよね? で……あの……大変申し訳ないのですが、その日どうしても断れない用事が入ってしまいまして……』

「ああ」


 そういえば、去年そんな話をした。

 言われてようやく思い出した程度の、そんな他愛のないものだったが。先輩にとっては、それは大事なものだったらしい。

 元部長はまさに、断腸の思いといった様子で言う。


『……同じ楽団の、とてもお世話になっている方の結婚式でして……そこで余興として、楽器を吹いてくれないかと頼まれてしまいまして……。さ、さすがに、結婚式で、しかもそんな大事な頼みごとをされてしまっては、断るわけにもいかず……。

 え、ええと、うちの代のみんなの話を聞いたら、やっぱりみんな日曜日……お式の日に行くというので、な、ならわたしは、ひとりだけでも、なんとか土曜日にと――』

「ああ、それはもう……しょうがないですよー」

『ご、ごめんなさいっ!? この埋め合わせは、また後日させていただきますから!?』

「いや、大丈夫ですって……」


 さすがに結婚式で演奏してくれと頼まれたのを、断れとは言えない。

 大事な本番のはずだ。土曜日も土曜日で、前日ならリハーサルとかもあるのかもしれない。

 きのうの本番に引き続き、美里と会えないのは寂しかったが――今の彼女には、今の彼女を必要とする場所がある。

 それを邪魔するわけにも、いくまい。

 悲しいけれど、それはしょうがないことなのだ。

 しょうがないことなのだ――そう自分に言い聞かせて、鍵太郎は先輩へと言った。


「先輩は先輩で、本番があるわけじゃないですか。だったらそれを大切にしてくださいよ」

『ううう……本当に、本当に申し訳ございません……』

「いいんですって。ほら、先輩これから本番なんでしょう? シャキッとしてください、シャキッと!」

『は、はいっ!』


 しゃきっ――と、しおれていた美里の背筋がピンと伸びる光景が目に浮かぶようで、そこで鍵太郎は、笑うことができた。

 そしてその流れが終わらないまま、先輩に告げる。


「じゃあ先輩、これから本番、がんばってくださいね!」

『はい! では湊くんも、お互いがんばりましょう!』


 そうですね、では、そろそろ時間なので、これで、また――と。

 その言葉を最後に、先輩からの通話は途切れた。

 鍵太郎も、携帯を耳から下ろして――

 そして盛大に、ため息をつく。


「あーあ……」


 声を出しながら、美里と交わした会話を思い出す。

 先輩は今の用件を、メールで伝えるにはあまりに申し訳ないと思って、電話してきたのだ。

 だがそれ故に――こちらははっきりと自分の口で、美里の背中を押す言葉を言う羽目になってしまった。

 わかっていた。

 昨日の時点でもう、これは既にわかっていたことなのだ。

 けど――


「案外心にくるもんだな、これ……」


 それでも、まだ心のどこかでつらいと感じていることには、変わりなかった。

 女々しい男と言いたければ言え。

 まだまだ割り切れない心を抱えて、もう一度ため息をつき、携帯をしまう。

 お互いがんばりましょうと言われたが、それには一体、どうすればいいのだろうか。

 そう思いながら、鍵太郎は今日も学校に向かった。



###



「ではこれより、これからの学校祭に向けての会議を始めます!」


 学校に行って、きのうの演奏を聞いたり、反省会をしたりして。

 その後で今年の部長の貝島優(かいじまゆう)は、明日からの話をしてきた。


「学校祭でなにをやるか、どんな曲をやるか――それをこれから決めていきます。ですが、その前に」

「?」


 他になにかあっただろうか、と部長の言葉に首を傾げた。だがその疑問は、その後のセリフですぐに氷解する。


「次期部長・副部長選をやります。今後、来年。どんな人が部長がいいと思うか。よく考えて投票してください」

「ああ……」


 そういえば、そんなものもあった。

 今まで目の前のことでいっぱいいっぱいだったが、これからはその次のことを考えなければいけない。

 投票のための紙を受け取って、そこに誰の名前を書こうか、鍵太郎は首をひねった。

 投票は部員ひとり一票で、全員による多数決で行われる。

 それは、去年と同じだ。元部長、そして現部長のことを思い出して、鍵太郎は部長をやっていけそうな何人かの同い年を思い浮かべた。


 宝木咲耶(たからぎさくや)は、部長という感じではない。

 やるとしたら副部長で、一歩下がって全体を見渡しながら、うまく部活をまとめていくといった感じだ。

 なら浅沼涼子なら、その才能でリーダーとしてみんなを引っ張っていけるだろうか。いや、いかんせん彼女は判断が直感的なので、人を選んでしまうだろう。

 むしろ本当に彼女のためを思うなら、役職に就くというより、自由に泳がせておいた方がいい気がする。


 だとしたら――千渡光莉(せんどひかり)か。

 うん、そうだな、部長なら千渡がいいな、と鍵太郎は部長の枠のところに光莉の名前を書いた。強豪中学出身で、現部長と近い考え方を持っている彼女だ。

 光莉だったらさらなる高みを目指して、これからの部活を率いていってくれるだろう。

 言い方がきついところが心配ではあったが、最近はその態度にも、少しずつ変化がみられるようになってきている。

 ならば、今年のようなことにはなるまい。フォローとして副部長に咲耶の名前を書いて、うむ、と鍵太郎はうなずいた。これで今年の路線を継承しつつ、さらに違った部分を目指せるはずだ。

 他の部員もそれぞれ名前を書いたようで、みなが箱に紙を入れていく。

 そして、全員が投票し終わったのを確認して、優は開票を始めた。


「部長、千渡光莉。副部長、宝木咲耶――」


 そうそう。俺もそれがいいと思ってたんだ、と鍵太郎はその内容を聞き流していた。

 正直、来年のことを考えて投票しろと言われても、よくわからないのだ。

 ぼんやりとしたビジョンならあるが、それに誰が当てはまっているかと訊かれたら、誰だろうと首を傾げざるを得ない。

 だったら印象で選ぶしかない。

 だがそれはきっと、みな同じはずなのだ。

 なので鍵太郎は、次の優の声を聞いたときに耳を疑った。


「部長、湊鍵太郎。副部長、千渡光莉――」

「……はあ!?」


 あまりにびっくりして、思わずそんな声をあげてしまう。

 だがそうしている間にも、投票の読み上げは続く。


「部長、湊鍵太郎。副部長――」


 ちょ、待っ――と鍵太郎は、自分の名前の下にどんどん増えていく『正』の字を見送っていた。

 なんだろうか。

 これは、幻聴幻覚なのではないだろうか。

 心臓がバクバクいって、喉が干上がっていく。汗が止まらず震えも止まらない。

 耳鳴りがしてくる。視界が歪んでくる。このまま倒れて保健室に運ばれて、目が覚めたらなにもなかった、ということにならないだろうか。

 そんな現実逃避をしている間にも、開票作業は続いていく。

 やがて――


「――はい、ではこれで開票終了ですね」


 最後の一枚を読み上げて、優は大きくうなずいた。

 まあ途中からもう誰になるかは、わかってましたけどね、と部長は後ろの黒板を振り返る。

 そこには――


 部長、湊鍵太郎。


 確かにそうはっきりと書かれていて――その名前の上にはでかでかと、太陽のような花丸が記されていた。

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