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誰かと違うもの

※主な登場人物

・湊鍵太郎…二年生。低音楽器であるチューバ担当。

・本町瑞枝…吹奏楽部顧問。

・宝木咲耶…二年生。クラリネット担当。

・池上俊正…選抜バンドのメンバー。チューバ担当。所属学校は……?

 選抜バンド当日の朝。


「おい(みなと)。楽器持ってくならこっちのケースにしとけ」


 湊鍵太郎(みなとけんたろう)は顧問の本町瑞枝(ほんまちみずえ)にそう言われた。

 先生が指差したのは、鍵太郎が本町に以前買ってもらったソフトケースだ。

 いつも楽器をしまっている、ごっついハードケースではない。布と綿で作られた、持ち運びに便利なケース。

 これから鍵太郎は、楽器と荷物を持って選抜バンドの集合場所まで移動するのだ。

 だったら確かにそちらのケースの方が楽かもしれない。そう思って、鍵太郎は本町の言葉にうなずいた。


「わかりました。そっちにします」

「おう。そうしとけそうしとけ」


 ニヤリ。

 先生がなんだか不穏な笑い方をした。

 自分の言うことを生徒が素直に聞いてくれて、それで喜んでいるという感じの笑いでは、なかった。


「……なんなんですか、先生」

「いや? べっつにー?」

「わざとらしい……」


 口笛を吹いて視線をそらす先生を、鍵太郎はうろんな目で見た。

 まあ、なんだかんだ言っても、教え子にマイナスになることは言わない先生である。

 一応は信用してもいいはずだ。鍵太郎はそのまま、楽器をソフトケースに入れた。

 そのままケースについているヒモを肩にひっかけて、音楽準備室を出る。



###



 県の選抜バンド。

 それはこの県の高校の吹奏楽部員たちを選出し、一回限りのバンドを作って演奏会をやろうというものだ。


「お泊りなんだねー」


 本町に会場まで送ってもらう車の中で、鍵太郎と同じく、選抜のメンバーになっている宝木咲耶(たからぎさくや)がそう言った。

 選抜バンドは土日の二日間の日程だ。

 土曜日に練習して、日曜日の午後に本番をやる。

 なので一泊二日の合宿のような日程になっていた。選抜バンドは学校を越えて演奏する交流の場でもある。他の学校の生徒たちと親睦を深める、というのも目的のひとつなのだ。

 技術・考え方の両方で、鍵太郎は他の学校の吹奏楽部が、どんな感じの練習しているのかを聞きたいと思っていた。

 なのでこれはいい機会だ。いろいろ見たり聞いたりして、今後の部活に生かしたい。

 どんな連中と一緒に吹くことになるのだろうか。期待半分、不安半分で鍵太郎は窓の外を眺めていた。


「ま、いろんなやつらがいるだろうよ。どっちかっつーと受け身タイプのおまえらには、いい刺激になるだろうな……っと」


 本町がそう言ったところで、会場に到着した。

 鍵太郎は初めて来るところだ。本番の舞台になるホールと、宿泊施設が併設された建物。選抜バンドのしおりによればそういったものらしい。

 既に他校の生徒たちの姿もちらほら見えた。鍵太郎と咲耶も、受付に向かうため車を降りる。


「じゃ、先生。行ってきます」

「おう。行ってこい」


 そう言って、本町は再びニヤリと笑った。

 これは一体なんの笑いなのか。問い詰める時間を先生はくれなかった。やたら目立つ、赤い車が去っていく。

 それを見送って、鍵太郎と咲耶は会場に向かった。

 学校名と担当楽器を受付で言い、名札のついた首掛け(ネックストラップ)をもらう。八十人の大編成バンドだ。名前を覚えるのに必要なのだろう。

 それをつけて、鍵太郎は首をかしげた。


「なんか受付の人、ちょっと驚いてなかったか?」

「そうだね。なんか、私たちを見て最初ちょっと目をぱちくりさせてたような……」

「たち、っていうか……むしろ俺を見てたような気がするんだよな」


 自意識過剰だろうか。そんな会話をしつつ、二人は最初の集合場所に行ったのだが――


 ざわっ


「へ……?」


 そこについた途端、他の学校の生徒が明らかに鍵太郎を見てざわつき始めた。

 ひそひそ、ひそひそ、と言葉が交わされている。だが別に、笑われているという感じではない。

 むしろ、戸惑っているという雰囲気だ。あとは少しの好奇の目。そんな顔をちらちらと向けられている。

 まったく知らない人たちから一斉にそんな風に見られて、二人は顔を引きつらせた。


「た、宝木さん、俺、なにかしたかな……!?」

「わ、わかんない。とりあえず楽器と荷物を置きに行こう……!?」


 逃げるように荷物置き場に向かう。部屋の隅のそこは参加メンバーの荷物と、楽器が整然と置かれていた。

 なんとなくそれを乱さないように、きれいに置いていく。

 あとはこの部屋でオリエンテーションが始まるのを待つだけだ。

 オリエンテーションは、担当楽器別に並んで待つようにということだった。なので、鍵太郎はここで咲耶といったん別れることになる。


「……なんだか、よくわからない状況になってるけど。湊くん、がんばろうね」

「うん。宝木さんもがんばって」

「うん、がんばる。じゃあ、また」


 小さく手を振った咲耶は鍵太郎から離れ、クラリネットの大所帯の中に入っていった。クラリネットは楽器の特性上、バンドの中でも最も人数が多いパートになる。

 咲耶が輪の中に入っていったのを見届けて、鍵太郎もチューバパートの列に並んだ。

 選抜でチューバを吹く人間は、鍵太郎を入れて五人だ。そのうちの三人が既に列に並んでいる。

 四人目のイスに鍵太郎が座ると、前に座っていた他校の男子生徒が話しかけてくる。


「よう。最初っからパンチ効かせてきたな、おまえ」

「なんでこうなってるのか、自分でもよくわかってないんだが……」


 ニヤニヤ笑っているそのメガネをかけた男子生徒に、鍵太郎はそう返すしかなかった。

 むしろ、理由がわかるなら教えてもらいたいくらいなのだ。

 すると鍵太郎のその返事は、男子生徒にとって予想外のものだったらしい。「は? わざとじゃねーのかよ?」と彼はきょとんとした顔をする。


「だってオマエ、チューバでソフトケース使ってる高校生なんて、普通は他にいねーぞ? 社会人バンドの大人ならともかく、高校で使ってるのは、正直見たことねえよ」

「だからあのときニヤニヤしてたのか、あの顧問は……っ!?」


 先生の顔を思い出して、鍵太郎は頭を抱えた。そう言われて見てみれば確かに、チューバでソフトケースを使っているのは自分だけだ。

 普通とは違う恰好をして、悪目立ちしてしまっている。

 戸惑いと好奇の目を向けられた意味が、ようやくわかった。話すきっかけを作りたかったのかなんなのか、あの先生はわかってて自分に指示を出したのだ。

 ちくしょう帰ったら文句言ってやる、と決意した鍵太郎に、男子生徒は「なんだ、おまえの学校、なんか変なトコだなー」と言ってきた。


「ま、いいや。これから二日間、一緒に吹くことになるんだ。よろしくな」

「ああ、よろしく……。ええと」

「ああ、まだ名乗ってなかったな」


 男子生徒は自分の首にかかっていた名札をつまみ上げ、鍵太郎に見せてきた。

 そこにはこう書いてあった。

 『宮園(みやぞの)高校』、と――。



「オレは宮園高校二年の、池上俊正(いけがみとしまさ)っていうんだ。

 選抜はいろんな学校の寄せ集めだけどよ。オレは他のやつらとは別格だぜ。ま、そういうことだから――覚悟しとけよな」



 なんかすごいのに目をつけられた。

 県下トップの強豪校の部員を前に、鍵太郎は素直にそう思った。

 これが吉と出るのか凶と出るのか。

 選抜バンドはまだ、始まったばかりである。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんと! 見事先生に嵌められましたね笑 でもこれで、注目を浴びたからこそ、今の湊くんにとってはいい感じなのかもしれないですね。 それにちょうど目をつけられたのが、例の高校と、これはなんだか…
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