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41話 キス、してもいいだろうか?

「か、壁ドンだわ……」

「え?」

「いえ、こういう体勢の話です」


 転生前の少女の親御さんが言っていたかしら。恋愛絡みの話ではありだと主張されてて、テレビの中の私を指差していた。そうだ、スプレでも旦那様は壁ドンをしていたわ。洗脳が解ける前も、解けた後も。リア充の特権だと、親御さんは話していたわね。


「かべどん……いや、それは後だ。他に何がある?」

「え?」

「私が洗脳されているかの判断基準だ」


 言うのが躊躇われたけど、なんだかいつもの旦那様じゃない姿にもしかしたらと思って、たどたどしくも応えてしまった。


「瞳、が……」

「目が?」

「瞳が、揺れなけれ、ば」


 私の言葉に旦那様が考えるように黙った。


「…………迷うなということか」


 そうか、そこかと腑に落ちた様子だった。

 空を仰ぎ、大きく一つ息を吐いて、すいっと顔を下げて私を見下ろした。

 その瞳に揺れはなかった。


「どうだ」

「旦那様……」

「洗脳は解けている。だから」


 目元を赤く染めて、揺るがない変わりに水気を溜めて、旦那様は静かに告げる。


「愛している」


 信じてくれ、と消え入るような音の量で耳に入ってくる。

 旦那様の瞳の揺るがなさ、剣も持っていない。照れ隠しと教えてもらった赤く染まる目元。

 島でも聞いた。馬車の中でも信じてほしいと言っていた。

 そうだわ。私は自分自身を信じるのと同じくらい、旦那様を信じなくては。信じなくてどうするというの。旦那様を信じる私は、自分自身を信じる私。そういうことなのだわ。


「…………はい」

「クラシオン?」

「……私も旦那様を愛しています」


 声というよりは悲鳴に近い音を立てて旦那様が唸る。耳まで赤くして。


「や、やっとか……」


 旦那様が顔を俯かせて搾り出した。

 この日がこんなにも早く来るなんて感慨深いわ。

 ああ、これでエスパダ戦が終わるのね。勿論、スプレ本編では中盤終わりあたりで済んでいた話だったけれど。

 でも、これで本当に旦那様を救えたの?

 大丈夫と思う半面、本当に大丈夫なのかという思いが混じり合う。自信を持つと言っておいて、私ときたら。


「よし……あ、クラシ、オン」

「……は、はい、旦那様」


 感慨深い思いに耽っていたら、旦那様が心配そうに見下ろしていた。

 いけない。折角洗脳が解けたというのに私ったら。


「不安か?」

「え?」

「その……これからはきちんと言葉にする。あ、愛してると言うし、避けたりもしないし、触れるのも……逃げないから、安心、してほしい」

「旦那様」

「なんなら、ひどいことをしたら殴ってくれていい。約束が違うと言って」

「そんな旦那様」


 城壁に手を着いていた内の片手が離れ、私の頬を撫でる。

 その優しい柔らかさが心地好くて、少し傾げて旦那様の掌に擦り寄るようなことをしてしまった。

 旦那様は、そのまま逃げずにいてくれる。

 ああ、それだけで、旦那様が戻ってきたと分かるわ。


「洗脳が解けた旦那様となら、きっと以前のような、いえ、以前よりも愛し合えると、思います」

「クラシオン」


 今までは面と向かうこともなかったけど、これからはそれが叶う。そしたら、私は旦那様とやりたいことが沢山あるわ。


「そうですね……ピクニックに行きましょう」

「え?」

「まだ行っていません」

「あ、ああ、そうだな」

「次の生誕祭では、修業はなしです」

「それは是非、そうしてほしい」


 旦那様の鍛錬にも丁度いいとは思うけど、それよりも優先して二人の時間を過ごしたいという私の我儘を旦那様はするりと肯定してくれた。


「デートで夜景も見ましょう」

「……ああ」

「食事もなるたけ一緒に食べたいです」

「ああ、早く帰るし、朝もクラシオンに合わせる」

「お話も普段もっとしたいです」

「時間を作る」

「あと、その……」


 こんな時にこんな場所で言うのは憚られるかしら。でも。

 

「夜は、同じベッドで、寝たい、です」

「……」


 はしたないことを言ったわ。

 頬や髪を撫でる旦那様の手が止まる。

 表情も穏やかに頷いていたけど、ここにきて、顔はそのまま固まってしまった。


「旦那様」

「……クラシオン」

「あの、私、」

「クラシオン」

「はい」


 旦那様の目元がより深く赤くなった。


「キス、してもいいだろうか?」

「……え?」


 両手が再び私を囲んだ。

 掠れる声で一瞬くしゃりと泣きそうな顔をして、静かに近づいてくる。


「旦、那様」

「駄目か?」


 そんな言い方は卑怯だわ。だって、私はずっと求めていたもの。ずっと。旦那様の元へ嫁いでから、ずっと。


「……いいえ」


 安心したように目を細め、まだ目元も耳も赤いままの旦那様が距離を詰めてくる。

 受けようと瞳を閉じた時。


「何故場所を変えたのです?」

「お前が先日しくじったからだ」


 人がやって来たことに、私も旦那様も目を見開いた。旦那様はみるみる首から赤みがせり上がり、私も恥ずかしさに頬に熱が灯った。

 けど、声の主達は気づいていないようだった。草を踏む足音はまだ距離があるし、こちらに近づいているわけではない。


「……っ」


 旦那様が瞳を一度強く閉じる。眉間に少し皺を寄せて、目を開いたその中は何とも言えない苦しさが見えた。

 小さく息を吐いて、離れようとする。

 その胸元の服を僅かに掴むと旦那様の動きが止まった。


「クラシ、オ、」


 掴む手に力を入れ、爪先立ちになった。

 息を止めた旦那様を最後、瞳を閉じて、そのまま勢いで唇を寄せた。

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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